124 深淵狂騒曲 11


 拳と拳がぶつかり合う。

 素手の衝突だ。

 一呼吸の間に虚実交えて百手以上の攻防が当たり前に起きる。

 こんなに集中がいる戦いは実戦ではそうない感覚だ。

 戻って来てからは亮平以来かもしれないな。

 衝突した二つのエネルギー。

 混沌より別れた陰陽のせめぎ合い。そんなイメージが脳内を過ぎ去っていく。少しでもバランスが乱れたら瞬く間に崩壊する。二つの液体が混合した瞬間に爆発する危険物のような感覚だ。

 馬鹿みたいに激しい殴り合いをしながら爆発物処理班のような繊細な神経を求められる。そんな気分に追いやられながら戦い続ける。


「…………」


 金さんはその体格に似合わない機敏な動きをする。その腹には巨大な気功炉でもあるのかもしれない。スキルで手に入れた莫大な力を確実に物にし、さらに倍加させている印象だ。異世界で手に入れた能力に驕っていない堅実さがある。腹に比して短い手足だが、動きが鈍いわけではない。

 むしろ長くて美しい俺の手足より回転が速くてクソ厄介。

 かつては黒電話と揶揄されたその髪型は大量の闘気で逆立っている。

 初代魔女っ子のパパみたいになっている。

 ちょっとどころじゃなく面白いが、それに笑ってしまうとその瞬間に拳の爆雨に襲われることだろう。

 なんと卑怯な視覚戦術だ。


「お・も・し・ろ・い・ねぇ!」


 千合かけてお互いで練り合った気を叩きつけてやる。

 だが、金さんは両手で器用に流して、流れを変えて俺に戻してくる。俺も同じことをやり返す。

 余波が空気をバンバン叩いてやかましい。

 いつの間にか戦場を移動していて周りは火の海だったが、熱さを感じる前に吹き飛んでいく。

 かき乱された気流に足をかけてさらに場所を変える。

 そんなことをずっと繰り返している。

 俺たち二人の戦いがもはや巨大な仙丹の炉だ。

 自分でも意識しない内に【昇仙】を果たし、さらに上に昇っている。アキバドルアーガで戦ったバシアギガなんて俺たちの戦いに巻き込まれただけで削り殺されることだろう。

 隣国のダンジョン・フローを救ってみせるなんてそれこそ簡単なことだっただろう。

 間違いのない超人がここにいる。

 ここまでガリガリに厳しい戦いというのも久しぶりだ。


「っ!」


 戦いの余波を切り裂いて炎の波が通り過ぎていき、俺たちは強引に引き離された。

 なんて恋愛ドラマな表現だ。

 悲劇だね。

 リアルは無理だが。

 邪魔したのはイグナートの炎だ。

 あっちはあっちで戦闘中。

 よくも邪魔してくれたなと【気功弾】を飛ばしておく。

 その一手が余計な一手。

 奴の集中力は一度として俺から離れない。俺のわずかな揺らぎも見逃さない。

 わずかな眼球の動きから死角を突いて接近し、掌打を放つ。迎撃のための肘打ちは間に合わず、わき腹に深くえぐりこまれた。

 肋骨の粉砕する感触。

 内臓が中で破裂する激痛。

 暴れ回る痛覚よりも呼吸を乱されたことが痛い。

 口内に満ちた血を吹きかけて目潰しを仕掛けたが失敗。さらに深く入り込まれて顎を蹴り上げられた。


 ゴギッって……首の骨が折れた。

 だが、宙に浮いたことでこっちにも時間ができた。白魔法で全部戻す。


「っ!」


 金さんが一瞬だけ目を見開いた。驚いたが、すぐに呑み込んだってところか。

 呼吸も戦闘も仕切り直し。

 とはいえ……厄介な。

 亮平とやり合った時とは違う。亮平の場合はメインスキルの関係もあって剣の戦いではあいつが圧倒的に有利になる。

 だが、金さんの場合はちょっと事情が違う。崇拝者が多ければ多いほど強くなったとしても拳法や戦闘技術での巧みさはまた別の話のはずだ。

 俺に負けないだけの戦闘経験が金さんにはあるってことか?

 それとも……?

 もう一度、最初から打ち合い。

 拳を重ね、気功を練る。

 今度は邪魔者なし。

 よしここ。

 隙が見えた。

 奴の連打の隙を縫ってカウンターの一撃……届かず。

 俺の手刀は奴の喉を突かず、その寸前に腕を掴まれて関節を極められる。

 抜けない……ならこっちから関節を砕いて可動域を広げるのみ。

 鉄をも貫く俺の指突きを不意打ちに喰らわせる。

 が、効かず。

 うっは、指まで折れた。

 反撃の拳はみぞおちに突き刺さり、横隔膜が破れて呼吸が止まる。

 こっちの攻撃が通らず、向こうの攻撃は通り放題。

 もう、これではっきりした。

 基礎能力で負けてるな。

 間違いない。

【昇仙】を果たしたっていうのに、まだ身体能力で負ける相手がいるか。

 まったく、まいったな。

 折れても腕を離さないので逃げられない。近距離からの暴行、暴行、また暴行。なんてひどい扱いだ。

 掴んで離してくれない腕を自切して脱出。これぞトカゲの尻尾切り。

 そして白魔法による完全回復。

 うーん。

 だが、これだと亮平戦の焼き直しだな。

 だめだめすぎる。

 どうしたものか。

 勝とうと思えば、勝つ方法はある……。

 一つは、スキルの長所を潰す方法。金さんの強さの源泉である信奉者たちを先に潰すというやり方だ。

 大虐殺になるが、できないことはない。

 だが、これは俺の主義に反するからやらない。

 目の前にある壁は殴って壊す。

 となるともう一つの方法だ。


【昇神】


【昇仙】の先にある仙法の奥義。生きたまま神へと至る方法。

 イングのときにはできた。

 だが、織羽の体だとまだまだ仕込みが足りない。最近ようやく仙薬を飲めるようになった。あの赤いドリンクがそれだ。

 イングは俺の師匠連中……あっちの世界での超人たちが魔神王を倒すことを視野に入れて作った肉体だった。

 だから仙薬を飲むとかいう肉体的な仕組みは全く必要なかった。

 が、封月織羽は普通の人間だ。

 だから仕込みが必要になる。


 だけど、まだ早いよなぁ。


 能力差を覆すには【昇神】しかない。

 金さんに亮平の時のような遊び心はない。重い瞼のせいで細くなった目からは俺を殺す方法を探る冷静な殺意がある。


 うう、どうしようかなぁ……。

 ああ、くそ、また捕まれた。

 げ、マウント取られた。

 ああくそ、痛い痛い。

 簡単に骨が砕けて肉が裂ける。

 撲殺待ったなしだ、これ。

 ああもう……残る手段は一つか。


 やるか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る