107 世界的変化のあれこれ
アキバドルアーガの消滅を持って日本における騒乱は終了した。
だが、今回の事件の問題とするべきは実のところ秋葉原で何人死んだかという数値化できる部分ではない。
世界のほぼ全ての人々に異世界帰還者という存在とダンジョン、そしてそのダンジョンが崩壊するという危険性を知らしめてしまったことにある。
剣や魔法を持って人間よりも強大なモンスターを殺せる存在がすぐ側に潜んでいるという事実。人を殺せる武力を持った者たちが法に規制されないまま存在しているという事実。
異世界帰還者をヒーローとして扱う熱が上がれば上がるほど、その危険性を叫ぶ声も高まっていく。
全国ネットでドーンと顔出しし、ドラゴンを指先一つでダウンさをしてみせた俺なんてその両極端の扱いを受けることになる。
学校に顔を出せばすごいすごいと言ってくれる者がいる反面、おそろしいものを見る目をしてくる者もいる。
とくに陰子時代の俺に冷たくしていたような連中の恐怖に歪んだ顔はなかなか面白い。それはそいつらの自業自得なので知ったこっちゃないんだが、その裏で保護者連中のクレーム猛攻が発生しているらしい。学校としては頭を抱えるしかないだろう。
まぁ、いまさらそんな動きなんて気にしない。秋葉原が燃えている映像を見た時からこうなる未来は予想できていた。
異世界帰還者を法律で規制すべきという声はもちろんあがる。だが、規制しようにもできるものではない。異世界転移は自分で望んで行えるものではないのだ。
登録制にして数の変異を見守るぐらいしかできないだろう。そしてその役はすでに冒険者ギルドが担っている。
そして次には冒険者ギルドやここ数年で改革された電気事業が異世界帰還者の活動を根幹にしていたことが発覚されて大炎上した。
つまり、国家は早い段階から異世界帰還者の存在に気付きながら隠蔽していた。国家の陰謀だ。という論調だ。
隠蔽していたのは事実だが別に陰謀というほどでもないだろう。ただ、こんな存在が世界にたくさんいますよということを、どの国家も一番に発表したくなかった。そこから予想される世界的混乱の火付け役になりたくなかったというチキンレースを演じていたに過ぎない。
そして異世界帰還者排除論なんていうものも出てくる。
極端なことを叫びたい人々というものは必ずいるもので、そしてそういう連中の声がでかいのはお約束だ。
そしてそういう論調をテレビのワイドショーが特に好んだ。
だが、それに対抗する論者の用意はすでにできている。
まず、異世界帰還者たちもまた被害者であるという側面。
とつぜんに異世界に拉致されて戦争を強要された被害者であるという情に訴える作戦。もちろんこれにはゲスト出演した異世界帰還者たちの悲痛の体験談が添えられることになる。
次は生活に根差した面だ。
異世界帰還者がダンジョンから持ち帰る青水晶によって行われる魔力式発電所はすでに全国各地に存在し、日本での電気代を十年前と比較して二分の一にまで安価にしている。
その上、五十数基存在する原子力発電所のうち、五基がすでに活動を停止しており、さらに数年以内に十基以上の停止が予定されている。
異世界帰還者の活動を認めないということは、電気代の倍増という生活費面での圧迫と、原子力発電の復活というエコ嗜好面での逆行という圧力が消費者に伸し掛かる。
三つ目。
すでに存在し、そしてこれからも発生し続けるだろうダンジョンに対抗できるのは異世界帰還者しかいない。
より正確に言えば、低コストで対抗できるのは……という注釈が付く。
これには秋葉原の騒乱で自衛隊が消費した弾薬や装備の内訳が発表されたのが大きい。特に対モンスター用の特殊弾薬の価格と消費量が凄まじく、もしもダンジョンの攻略を今後自衛隊に一任した場合、かかったコストの部分がそのまま電気代か税金に伸し掛かることになる。
異世界帰還者もノーコストで戦っているわけではないが、自衛隊ほどではない。撤退を自分の意思で決定できるダンジョンでは、装備の管理は簡単だし、魔法使いの魔力は休息すれば回復する。
ダンジョン・フローという危機の存在が明らかになった以上、これらを無視することはできない。
そして最後。
排除された異世界帰還者が海外へと流れた場合、周辺諸国の武力の増加という認めたくない事態へと繋がっていく。
その他にもこまごまとした問題があるが、これらの理由が最も大きく作用して異世界帰還者を受け入れる流れへと繋がっていく。
さて、海外に目を向けてみようか。
その後、無事にアメリカ大統領になったホーリー・ギルバーランド。
彼もまた批判と称賛の板挟みにあうことになるのだが、「隠したところで世界的な変化を無視できるわけもなく、トップ・オブ・アメリカであるためには早い段階からこれを認めるしかない」というホーリーの主張はおおむね認められていくことになる。
もちろん、そこにはダンジョン・フローの解決にむけて自ら陣頭に立ったという英雄的行動の結果でもあるが、聖王として異世界で王になったこともある彼にとってはまさしく『慣れたもの』だったことだろう。
ダンジョン・フローは世界中で起こったのだが、これを鎮圧できたのは半々だったりする。
特に国土の広い中国、ロシアなどは複数の場所でダンジョン・フローが発生し、いまだ混乱の渦中にある。
EUやヨーロッパの諸国も同じような状況ではあるが各国の協力が他国よりはスムーズに行われ、鎮圧に向かっている。
そして異世界帰還者が台頭することを選んだ国も多い。
ホーリーが行ったのが民意を掴みシステムを利用したスマートな台頭であるとすれば、その他は革命に近いものである場合が多かった。
近隣でそれが目立ったのは半島だ。
異世界帰還者となった将軍様はホーリーと同じように手馴れた様子で国内のダンジョン・フローを制し、その上で混乱していた隣国の救援を行った。両国は以前の戦争がいまだ終戦を宣言されていない状態であり、明らかな侵攻だったのだが、彼は略奪や重要施設へと破壊行為などを認めず自らダンジョンに赴いてこれを鎮圧する。
ダンジョンから出てきた彼は「同士民族の危機を救っただけである」と宣言し、帰国。隣国での彼の人気が上昇し、逆に事態を収拾できなかった政権の支持率は底なしに下がるという事態となる。
民意を無視できない隣国のお国柄からしてこのまま終戦がなされ、それどころか半島統合が実現するのではないかとさえ囁かれている。もちろん将軍様がそれを狙って行ったのは明白であるのだが。
これもまたスマートな事例だ。
スマートではない事例は南米、東南アジア、アラブ諸国、一部のアフリカなどの元々政情が安定していない国々で起こった。
元より彼らは異世界で徒党を組んで世界統一を経験した者たちだ。同じようなことを繰り返すことに抵抗の少ない情勢であれば、同じことをやることに躊躇もない。ダンジョン攻略を行いながら勢力を拡大し、フローを契機に国盗りを行ったという流れだ。
スマートでないとしているのは、そのほとんどがダンジョン・フローの解決を後回しにして政権を奪取したことにある。彼らはまず国を盗ってから自分たちの正義を証明するためにダンジョンの攻略に出向いている。
成功しているのがほとんどだが、中には失敗している事例もある。
そういう国は革命の混乱で軍隊の機能も麻痺してしまい、モンスターの被害が留まることを知らないという状況となっている。
まさしく、「地獄の釜の蓋が開いた」ようだ。
この流れは中国とロシアでも起きているという。ニュースになっていないから日本ではあまり知られていない。
さて、そんな世界的情勢の中で俺が何をしていたかというと……
テレビ番組の大食いコーナーに出演していた。
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