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 夏休みだ。

 こちらの世界では一年ぶり、あちらの世界での時間を加えると六年? ぐらいぶりの夏休み。

 湿気まみれの日本の夏。年々ひたすらに気温を上げまくる狂気の夏。

 夏休みだ。

 俺たちはプライベートな高速船で瀬戸内海を脱出すると、太平洋でさらにデカい船と合流した。

 クルーズ客船とか豪華客船とかいう奴だ。

 プールやらカジノやらパーティ会場やらと色々ある豪華客船。

 乗船するのは俺こと封月織羽と瑞原霧、エロ爺こと封月昭三とその従者の鷹島、それから護衛チームとそれを率いるアーロンと、いまだに危険物を抱えたままの五井華崇。総勢十名の途中乗船を受け入れて、豪華客船クラウン・オブ・マレッサは航海を続ける。

 千鳳も来るはずだったのだが、彼女はこの船には来ずこの後の南の島で合流予定となった。

 アーロン率いる護衛チームはアサルトライフルやサブマシンガンとはいかないが拳銃の所持は許された。そしてもちろんそれ以外の装備はアイテムボックスに入っている。

 拳銃程度、なんてことがないような連中がこの船にはひしめいているのだ。この程度は違反でもなんでもないそうだ。


「物騒な話よね」

「だな」


 乗船を追えた俺たちは送ってくれた高速船が去るのを見送り、自分たちの部屋へと案内してもらう。

 この手の豪華客船となると客室数は千を超えるものらしいのだが、なんとこのクラウン・オブ・マレッサの客室数は五百ほど。

 その分、一つ一つの部屋は広く立派だ。

 今回は三部屋並びで取り、俺と霧、エロ爺、その他という部屋割りになっている。その他がすし詰めになっているような気がしないでもないが、気にしても仕方がないので気にしない。


「おお……すごいすごい」


 宿泊施設特有の空気感はここでも変わらない。

 こっちの世界のホテルは数える程度しか経験がないが、向こうではそれなりに利用した。不特定多数が止まることを前提にした部屋というのは個性がない。バリエーションと個性の間にある微妙な差異みたいなものかもしれないが、そこから受ける肌感覚というのは明白だ。

 生物的に言えば、マーキングされていないということなのかもしれない。

 広さとしては普通の四人家族がストレスなく過ごせそうだ。寝室とリビングが別にあって、風呂とウォークインクローゼットもある。

 とはいえ客数を半分以下に削った末の広さかというとそういうわけでもないそうだ。


「ここは色々と特殊じゃからな。この船はそれ専用に作られておる」


 とエロ爺が自慢げに話す。

 別に爺さんの所有物ではないそうだが、鷹島が代わって説明するところによると造船の際に出資をしたそうだ。

 本当にいろんなところに顔が利く爺さんだ。


「それにしても、こんなところで売れるものなんてあるの?」

「あるさ」


 霧には当然、この船に立ち寄った理由は説明している。

 というか、実際に必要になったのは霧を仲介して連絡が来たからだし。

 そう。いまの俺たちには金が必要なのだ。


「クラン起業の資金……ね。本当に協力する気?」

「正直に言えばダンジョン漁りにはそこまで興味はない」


 なんか企みがあるみたいだからこれからもちょくちょく潜ることはするだろうけどな。金儲けにもなるし。


「とはいえどこかと喧嘩するときにいつまでも『無名の一個人』でいるのもカッコ悪い」


 なにより何かやることがある方が暇じゃなくていい。

 うん、これに限るな。


「面倒な部分は剣聖様がやってくれるって言ってるんだし。俺はせいぜいお飾りの社長を楽しむのさ」

「どうなっても知らないわよ」

「どうなるか知ってる?」

「……いまはまだ」

「そうか」


 と……話の流れでだいたいわかると思うが、前に剣聖、佐神亮平が異世界帰還者による起業を計画していると言っていた。

 俺もそこに参加することになったのだが、なぜだか社長という訳目を押し付けられている。

 で、亮平はあちこちのダンジョンを潰して日本では初の異世界帰還者によるダンジョン攻略企業……クランを設立するための予算を集めていたのだ。

 で、そこで俺にも出資を……ということになった。

 会社を設立するためだけの出資ならそれこそ一千万ぐらいでもよかったと思うが、実際の設備投資なんかも考えるとそんなはずがない。

 企業は亮平の夢なんだから俺を社長なんかにせず勝手に頑張れと言いたいところでもあるが、わざわざ社長にしてくれるというのだし、前述の色んな理由もあるので資金を提供することにした。

 で、その前から決まっていたこの豪華客船でのイベントを利用して資金を作ろうとなったのだ。

 通帳にある金をそのまま渡しても良かったんだが、こっちとしてもアイテムボックスにある向こうの世界でもらった示談金(品)を換金しないといけないしな。

 そう……ここは前に爺さんと東京に行ったときに聞いた換金方法の一つが行われる場所なのだ。


「あいつらもくればよかったのにな」


 あいつらというのは亮平たちのことだ。日本中のダンジョンを巡ってるんだし、青水晶や金剛水晶以外のドロップ品も溜まってるだろうに。


「綺羅ちゃんの話だと、佐神さんはきっと売るより買う方に熱中するだろうって」

「へぇ?」


 車に関しては堅実っぽかったけどなぁ。


「やっぱり武器へのこだわりが強いみたいよ」

「なるほどな」


 一流の武人ならそんなもんだろうな。

 本当に仲間になるんなら、魔神王の骨で剣を作ってやるのも考えてみるかな。


「そういえば、あいつって異世界でもあんな軽装だったのか?」


 と、武器のことからあいつがダンジョンにいた時の格好を思い出して疑問を口にしてみた。


「え? そうね。戦争の時はもっと重厚な鎧を着ていたときもあったみたいだけど……ごめんなさい戦いのことはよくわからないわ」

「そうか」


 村上辰らもそうだったが、武器はファンタジーだったけど防具はそこまでゴテゴテしたのを着ていなかったしな。特に辰は戦斧なんて一発狙いの隙だらけな武器を使っていたのに鎧を着ていなかったし。

 ダンジョンでは少しぐらいは見たような気もするけど、多数派という感じではなかった。金属鎧で重装しなくてもいいぐらい、防具の質が良かっただけかもしれないが、ちょっと気になった。


「いなかったわけじゃないんだな」

「ええ。魔法の補助を受けてロボットみたいにゴテゴテの人なんかもいたわよ」

「それは面白そうだ」


 ああ、いいなそれ。

 面白い指揮官が手に入りそうだから、もう一部隊作ろうと思ってたんだよな。ただのアンデッドでもなく、ただのゴーレムでもなく、うまく混ぜ合わせたみたいな……なんかそんな部隊を作ってみようかなって。少数精鋭の機動部隊みたいな奴。


「なにか悪いことを考えているわね」

「まぁね。それよりどうする? だらだらする? それともプールにでも行ってみるか?」


 まだ午前だ。

 空調の利いた部屋でだらだらするだけというのもつまらない。


「……こういうところのプールって憧れるけど、行っていいのかな?」

「さあ?」


 さすがに俺も豪華客船の作法なんて知らない。


「爺さんに聞けばわかるっしょ」


 そんな感じで爺さんに電話をかけて確認する。船内でのスマホはwifiじゃないと使えない。船の方がその先をどうしているのかは知らない。俺たち使っているスマホはいつものではなく旅行前にアーロンに渡された物なので後でびっくりするような額の通信料を請求されることもない……はず。

 そんなわけで爺さんに聞くとここで着替えて向かっていいという返事をもらった。びしょ濡れで帰って来ても問題ないそうだ。途中でクルーにタオルを渡されるだろうと。

 というわけで二人して水着に着替える。

 二人そろってビキニ。だけど霧は可愛い系で俺はスポーティな感じのを買った。日焼けしたかったので被服面積が少なそうなのを選んだのだ。


「さて、行きますか?」


 とはいえ水着のままで移動するのは気が引けるからラッシュガードは羽織っておく。

 部屋を出ると丁度移動中の男女がいたので彼らを避けてプールへと向かった。



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