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 骨バイク久しぶりに登場。骸骨ヘルメット着装。正体を隠して夜を疾走。爆走。追いかけるは悪党。悪党に無双。俺は奔放。正義は無用。闘争は本能。決着は圧勝。

 ああもう無理だよう。YO.

 まぁそんな感じで特に語る内容もなく、黒のSUVで移動中だったガイルのバックアップチームを見つけて骨バイクで体当たり。もろとも海に落としてから中身の連中を確保ということをやってからマンションに戻った。


「そういえば、朝のワイドショーで一瞬だけ話題になったわよね、これ」


 骨バイクを見て霧が呆れたため息を零す。


「戻ってきた当初は仮面なヒーローもどきでもやるかとか思ってたんだよなぁ」


 その思惑はなんていうか全然うまくいかなかったけどな。

 よく考えると俺ってヒーローに必要な信念がないものな。不殺は気取れないし、悪に対しての強い執着もない。近い位置でデップーさんくらいじゃないかな。やれて。でもデップーさんにも哀しい過去はあるんだよ。


「そういえば村上辰たちの逮捕がニュースになっていたけど……もしかしなくてもあれもあなたよね?」

「もしかしなくても俺なんだけどね」


 そういえばあいつらの裁判がどうとかってニュースでやってたっけ? たくさん死体が見つかったからそれなりに話題になってるよな。


「あいつらのことはいいや。ともあれ楽しい夏休みに向けて準備を進めよう」

「はいはい」


 いまさらな霧とのテンションの違いを確認し、書斎に移動した。もちろん霧は来ないし、見せるつもりもない。

 スマホの翻訳アプリを使えばあいつらとの意思疎通も問題ないとわかったのだから存分に活用させてもらう。


「さてさて、お待たせ?」


 遮音結界とか外に情報が漏れないように色々と仕込んでからガイルを出す。

 首から下はキャリオンスライムでがっちり固めている。自殺防止に口内にも待機させているし、怪しい薬の類を仕込んでいないかどうかもチェック済みだ。

 仮死状態から復帰した小太りおじさんは状況の変化への混乱を最低限に抑え、半眼で睨みつけてきた。


『さすがは誰かに膝を屈した覇王。落ち着いていらっしゃる』


 と嫌味を翻訳してスマホを見せる。


『今度は俺の膝下に落ち着くかい?』

『お前みたいな小娘になにができる?』


 ガイルが鼻で笑った。


『確かにお前は強いが、しょせんは一人だ。いつかは誰かに追い詰められるぞ』

『そうかもな。だがそれは巨大組織だって同じだろ? いまの人類になっていくつの国が滅びた? 南米の麻薬組織っていまどうなってるんだっけ? 麻薬は残っても組織とその頭がいつまでも同じだったことがあったか? メデリ・カルテルもいつまで世間に覚えておいてもらえるかわかったもんじゃない』


 諸行無常に個人も組織も関係ない。


『いまのお前みたいにな』


 そう言ってやるとガイルが低く唸る。

 ブルドックみたいな様子に俺は遠慮なく笑い、それからさっき捕まえたバックアップチームの首を並べていく。

 もちろん殺していない。新幹線で尋問した時と同じやり方をしているので、全員生きている。うるさいのは嫌なので喋ることはできないようにしているが、目は動かせる。

 自分の前に並べられた『生きた生首』がせわしくなく血走った目を動かす様には、さすがの覇王様も息を飲んだようだ。


『貴様、狂っている』

『ありがとう。で、その言葉がいまのお前の状況を改善するのに役立つと思うか?』

『何が望みだ?』

『玩具職人ルーサー・テンダロスの居場所。それから、お前が知っている異世界帰還者たちの世界的な情勢、だな』


 玩具職人という訳を見てガイルが奇妙な顔をしたが、すぐに誤訳と受け取ったようだ。

 俺からしてみたら玩具職人なんだから仕方がない。


『……それを教えたら、俺はなにをもらえる?』

『ふむ……何が欲しい?』

『身の安全の保障』

『まっ、妥当か』


 捕らわれの身なんだから、まずはそれを欲しがるだろうな。


『元の自分に戻れない覚悟があるなら、新しい身分をやるよ』

『わかった』


 あっさりしたもんだ。逃亡するときに整形するとか身分を偽るとか……自分が自分でなくなるなんてこいつらからしたら普通のことなのか?

 それからガイルが語ったのはなかなか興味深いことだった。

 玩具職人ルーサー・テンダロスのついてはその場で連絡させて南の島で合流する約束を取り付けさせた。

 本当に来るかどうか……来たら面白いなとは思うが一応挑発も投げかけておいたので俺が思う通りの人物像ならきっと来るだろう。

 来なかったら……その時は……別にいいか。

 約束を破られたからと恨みに思うほどの執着でもないな。

 ただまぁそのときは……少し後悔するかもしれない。

 ガイルの話を聞いて、俺はどんどんと楽しくなってきた。そして日本にいる異世界帰還者たちは、やはり根本的に平和好きなのかもしれないとも思った。

 あるいは長年の日本人の習性もあるのかもしれない。日本人は勢力争いをしても頂点となり替わる気は全くなかったからな。それが一番都合がよかったというのもあるのだろうけれど、長い年月がその事実を神聖化しているのかもしれない。

 あとはなんというか……政治に関わることを下品と思っている節もある。下品でも何でもないとは思うけれど、そんなことを考える俺自身も政治に関わりたいかというとノーだったりするので、この辺りは俺も日本人ということで。

 そんな平和に溺れた日本人のことはともかくとして……。

 海外では報道されていないだけで異世界帰還者の存在が激しく勢力図を書き換えるべく蠢動している。

 すでに多くの小国では異世界帰還者が王や首相などの国トップにすり替わっているし、そうでなくとも軍権を掌握していたりする。

 笑えるのはガイルたちの商売相手だったN国の将軍様だ。

 なんと自身が異世界帰還者で……しかもどうやら向こうの勝利勢力のトップだったようだ。

 独裁者は独裁者のまま、手慣れたもののように人心を掌握して異世界を謳歌した上に新たな力をひっさげて帰って来たのか。

 そういえば、一時期だけど姿を隠して妹が表舞台に立っていて話題になっていたか。もしかしたらその頃に異世界に行って帰って来たのかもしれない。霧たちの話からして異世界への転移と帰還は一瞬。だけど獲得した力と現実感を馴染ませるのに少しばかり時間が必要だったのかもしれない。

 世界は異世界の力によって大きく動き出そうとしている。


「俺が楽しく暴れる舞台はそこら中にありそうじゃないか」


 日本語はガイルに通じなかったはずだけれど、なぜか奴は俺を見て顔を青くしていた。

 楽しい楽しい異世界帰還者たちのショーが近々開幕するのかもしれない。

 だがまだまだ、いまは準備編……ってところか。



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