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 唖然とした千鳳の表情が面白いような、さすがにちょっと悪いことしたような……そんな微妙な気分になりながら成果を眺める。

 成果というのは縛られた敵たちだ。異世界帰還者と思われる連中は特に念入りに目と口も封じている。


「これは、どういうことですか?」

「すまないな、チホ」


 彼女の質問に答えたのは俺ではない、アーロンだ。

 ショットガンで頭をくちゃくちゃにされて死んでいたのではないかという話だが、実はそうではなかった、ということだ。


「やられたというのは嘘だ」

「でも、あの死体は?」

「あれは私のスキルだ。欺瞞作戦という」

「そんな……」

「ずっと調べられていたらばれていたかもしれないが、お嬢様が回収して証拠を処分してくれたからな。助かりました」

「どういたしまして」

「お嬢様は……ご存じだったのですか?」

「割と最初から」

「なっ⁉」


 驚く千鳳には悪いが事実だ。

 アーロンの中には今回の戦いの勝ち筋は戦場に向かう前から見えていた。このホテルに入ったのもここしか開いていたのではなく、最初からここを確保していた。

 ちなみにこのホテルには一般人はいない。宿泊客は誰もいないし、ホテルの職員はアーロンの部下たちだ。

 そして俺は、そのことをメールで知らされていた。

 山に着いてからぽちぽちとスマホをつついていたのは遊んでいたわけではなく、アーロンから作戦とそこでの俺の立ち位置を確認するためにやり取りしていたのだ。


「ガイルは各国の対麻薬組織から巨額の懸賞金がかけられている大物賞金首だからな。五井華崇の件がなくともチャンスがあれば確保したかった。お嬢様にはなにかお礼をしないと」

「んじゃ、崇の持ってる物、俺にくれ」

「は?」

「そっちで手に入れても使い道ないだろ?」

「お嬢様はなにに使うのですか?」

「とりあえず研究だな。爺さんは俺が説得する」

「まぁ、雇い主を説得していただけるのであれば構いませんが」

「あと、このおっさんからルーサー・テンダロスの情報を引き出しといて欲しいんだけど」

「誰ですか?」

「こいつらの兵器開発担当……だろうな。面白グッズを作る才能があるみたいだから。できれば玩具仲間としてこちら側に置いておきたい」

「こちら側……ですか?」

「ああ」

「お嬢様はなにか……軍隊や組織のようなものを作るおつもりでしょうか?」

「……それ、あんたに何か関係がある?」

「ありませんな」


 笑顔で尋ね返すとアーロンが緊張した様子を見せた。

 俺の力は山とホテルの二か所ですでに見せている。山はわかりにくかったろうがホテルの戦いは奴のスキルで十分に観察できたはずだ。


「冗談だって」


 アーロンの理解度を確かめてから俺は笑顔を浮かべた。


「別に軍隊も組織もいらない。軍隊はもう間に合っている。組織は爺さんが作ってる。俺が特別な何かをする必要はない」

「では?」

「俺は楽しくいきたいだけだよ。ルーサー・テンダロスは俺の遊び仲間にできそうだから顔を見ておきたいのさ」

「そうですか」

「さて、後の問題は彼の移送ですが、できれば日本に内密でアメリカに運びたいですね。あの国が一番の高値を出してくれますから」

「なら、俺が運んでやろうか?」

「え?」

「どうせもうすぐ夏休みだし、アメリカで銃を撃ちまくりたい」

「それはありがたいですが、方法が?」

「ああ、ある」


 キャリオンスライムで密閉にしてアイテムボックスにぽいだ。

 村上辰らにやったのと同じ方法だ。仮死状態になるので移送途中でトイレだ食事だと隙を見せることもない。

 俺がそれを説明するとアーロンは驚き、そしてため息を吐いた。


「お嬢様は異世界帰還者の中でも規格外ですね」

「その自覚はある」


 なにしろ俺だけやったことが違うしな。

 ともあれ方針はそれで決まり、ガイルその他の生き残り連中は装備を全て剥ぎ取ってからキャリオンスライムに包んでアイテムボックスに入れた。

 タイヤが潰れた車なんかも次々とアイテムボックスに入れていったので崇にまで驚かれた。


「僕よりアイテムボックスの容量がある?」

「そんなことは知らね」


 とはいえ大容量アイテムボックスは崇のアイデンティティの一つだったようでショックは隠せていない。

 ショックといえば千鳳もいまだに秘密にされていたことにショックを受けている。


「千鳳さん」


 仕方ないので俺も声をかける。


「お嬢様?」

「信用されるぐらい強くなれ」

「…………」


 ぐっと親指を立ててそう言うと、千鳳はさらに落ち込んだ表情を見せた。


「お嬢様、真実を突けばいいというものではないと思いますよ」

「あれぇ?」


 だめか。

 うちの師匠連中にずっと言われ続けてきた言葉なんだがなぁ。「文句があるなら強くなれ」って。

 うん。つまりこれは師匠たちが悪いってことだな。

 そういうことにしておこう。

 どうせ「だからどうした戦場にいるのに弱いんだから仕方ない」とか言うに違いない。彼女たちに……少なくとも同類に対して慈悲の心はない。

 だって教育を受けた俺がそう思っているんだから間違いない。

 とはいえこのまま落ち込まれているのもまずい……のか?

 まずい気がする。なんとなくだけど。

 うん、うちの運転手さんだからな。


「あっ、そうだ。千鳳さん」

「なんですか?」

「今度アメリカ行くじゃん?」

「行かれるそうですね」

「千鳳さんも一緒に行くじゃん」

「行ってもいいのですか? こんな弱いアタシが」


 おお、相当落ち込んでるな。


「そこで俺に銃の扱い教えてくれよ」

「そんな技術、お嬢様にひつようなんでしょうか?」

「必要」

「しかし」

「ああうるさい。落ち込むほど弱いのが嫌なら強くなれ。鷹島なんかもっと強いだろ」

「やはりお気付きでしたか」


 当たり前だ。あの爺さん執事は人畜無害忠誠一途みたいな顔してるけど割とやば目の強さを持ってるぞ。

 あんなのを使えさせてるところからもエロ爺の不可思議さがあるよな。

 なんとなく【鑑定】してこなかったけどやっぱりしてみるか?

 でも、その瞬間に鷹島が邪魔してきそうでもあるんだよな。


「そういうわけで、銃のレクチャーよろしく」

「……わかりました」


 さすがに落ち込みっぱなしも格好悪いと考えたのか、千鳳は少し持ち直したようだった。

 やれやれ、世話が焼ける。

 その後はアーロンたちの撤収準備を終えると崇の持っている物や彼の今後のことを話し合うために移動を開始した。



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