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【アストラル・シャーク】
魔導技師ルーサー・テンダロスが開発した魔導兵器。幽体によって構成された人造物。瞬間的物質化能力を持つ。
「へぇ」
瞬間的物質化能力というところに興味が湧いた。
幽体によって構成された人造物というのは、つまり幽霊を作ったということだ。そして幽霊というのは物理的干渉能力を持たない。
簡単に言えば幽霊はなにかを殴れない。殴ったように見えたのだとしたら、それは魔力や魔法でそう見せているだけだ。
瞬間的物質化能力というのは、そんな幽霊が魔力に頼らずに物を殴れるようになったということのはずだ。
なにより人造幽霊というのは俺や死霊魔法の師匠ナイアラにも造れないものだ。
「天才か。ルーサーとかいうのは」
是非ともとっつかまえて解析しないとな。
できればそのルーサーとかいうのも確保したいぐらいだ。
「おっと、そっちに行くな」
先を急ごうとする千鳳と崇を引っ張って止める。
すぐに俺たちの行く手に待ち受けていた鮫が大口を開けて通り過ぎていく。
「なんでわかるんだよ!?」
「お前より修羅場を経験してるから」
崇の悲鳴に簡潔に答え、俺たちは非常階段を目指す。
エレベーターなんか使ったら逃げられないからな。
とはいえ非常階段にも誰かが待ち受けていそうだが。
「こっちは危険です!」
「とはいえ、他に行く道もなし」
千鳳も同意見のようだが対案がないのであればここを進むしかなし。
「防弾は任せろ。行け」
「はいっ!」
素直に応じた千鳳が先頭を行く。仕方ないので崇を真ん中において後方を俺が守って階段を下りていく。
予測通りに階下には兵士が待ち受けていた。
遠慮のない銃撃がばらばらと襲いかかってくるが俺の展開した結界に弾かれて壁に穴を開けるだけだ。
【幽鬼兵】
そして壁から現れて襲いかかって来たアストラル・シャークには死霊軍団の魔法使い達に対応させる。
「確保しろ」
幽霊には幽霊だ。
「汝ニ逃ゲ場ナシ」
【幽鬼兵】たちは宙を舞い、【対霊結界】をこの場に張った。アストラル・シャークは自ら檻の中に飛び込んだことになる。
状況の変化にアストラル・シャークは結界に何度も巨躯を打ち付けて暴れた。だが、そんなことで破れるようなやわな結界ではない。やがて元凶が何かを悟ったのか【幽鬼兵】に襲い掛かっていった。
もちろん想定済みだ。
【幽鬼兵】はさらに小規模な【対霊結界】を展開して徐々にアストラル・シャークの行動半径を狭めていく。
「っ!」
その状況を見上げなければならない状況故に見逃すことができない敵兵士は【幽鬼兵】に向かって銃撃を放った。
俺の意図を読んだのだろう。
とはいえそれは隙だ。
戦闘を行く千鳳が見逃すはずもなく、握っていた自動拳銃を連射して敵兵士たちを打ち取っていく。
兵士たちが倒れたことで余裕ができた。
「待った待った」
先を行く千鳳の足を止めさせると、【幽鬼兵】たちによって動きを止めさせられたアストラル・シャークにあるものを投げつける。
アイテムボックスから出したそれは凶魂石という。アイテムボックスに死霊たちを収める際に使う封印具だ。
凶魂石が当たったアストラル・シャークはそこから発生した力に抗おうともがいたが、無駄な努力だ。魔神王の魂でさえ封印できるアイテムだぞ。たかが鮫の魂に抗えるはずがない。
気になる点は瞬間的物質化能力による霊性の変質ぐらいだが、どうやら問題はないようだ。
すぐにアストラル・シャークの半透明な姿が薄まり、対して凶魂石は中に魂が入ったことを示す赤黒い光を放った。
「ゲットだぜ」
落ちてくる凶魂石をキャッチしてお決まりの台詞を言ってみたのだが、二人ともいい反応はくれなかった。
役目を終えた【幽鬼兵】たちも凶魂石に戻してアイテムボックスに片づける。
「なかなか楽しいな」
二人の冷めた反応はともかくとして、魔導爆雷やらアストラル・シャークやらと面白い物を手に入れられた。
まったく楽しい限りだ。
さっきと同じように非常階段のあちこちに穿たれた弾痕を白魔法で消していく。アストラル・シャークは目標以外は無視する性質のようで、ホテルの宿泊客には誰一人として被害は及んでいない。
上々の結果だと満足しつつ、俺は倒れた敵兵士に向かっていった。
死体を片付けないといけないんだが、ちょっと思ったことがあって死体の耳に付いていた通信機を外した。
千鳳に使い方を聞き、他人の耳に入っていたものだからそのままではバッチイので服の端で拭いてから耳にはめる。
「あっ、あ~、ヘローヘロー」
「……誰だ?」
「俺だ」
お、日本語が通じるみたいだな。よかったよかった。
「まずは感謝を。二つも素敵なプレゼントをありがとう」
「……何を言っている?」
「やだな。魔導爆雷とアストラル・シャークのことだよ」
「…………」
「ルーサー・テンダロスというのはたいした魔導技師みたいだな。是非とも仲良くしたいんだが」
「なにを言っているのかわからないな。それよりもゴーを返してもらおう。彼は我々の大事な仲間だ」
「いやいや、あのおもちゃを投げるしか能がない奴に彼の真髄は引き出せないだろ? 大人しく俺に引き渡しな。それともお前も俺の部下になるか?」
「貴様……ふざけるなよ」
「お前はおまけなんだよ。ただ、お前の自滅にルーサーを巻き込まないで欲しいんだけなんだが」
「俺が誰だかわかっていないようだな」
「自己主張の激しい負け犬だ。ああ、おもちゃの使い方も知らないな」
「貴様、絶対に、生きてそこから出られると思うなよ」
「なら、俺も予言してやる。お前がここを去る時には負け犬のレッテルを張られている」
通信は無理矢理に切られた。機械を壊されたか。
振り返れば呆れた顔の二人がいる。
「どうして、煽る?」
震える声で崇が聞いてきた。
「人間、冷静じゃない方がミスをするもんだぜ」
「ですけど、冷静じゃないから無茶をしだすかもしれませんよね?」
と、千鳳も少し責める様子だ。
「なら聞くけど、この戦いの終わり方って考えているか?」
「うっ……」
「それは……」
「敵を潰さない内にここを脱出したって、結局また別の場所でドンパチするだけだろ? それなら、ここで決着をつける方が結果的に被害は少なくなる」
なる。なればいいな。
自信がないのかよって話だが、そんなことはおくびにも出さない。
疑いのまなざしは完全無視する。
「……まさかとは思いますが」
「うん?」
「敵の隠し玉を期待して煽ったのでは、ないですよね?」
「…………」
「お嬢様?」
「出迎えの準備をするか」
「お嬢様!?」
「やばい! こいつ何も考えてない!」
なにを失礼な。
この程度の敵、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処することなんて簡単だ。
簡単だからな。
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