63


 ホテルから破壊痕が消えるという光景をガイルはその目で見た。


「なんだと!?」


 部下を送り込んで状況を眺めていたらあるタイミングで突然に元に戻った。


「中との連絡は?」

「ありません」

「むう……」


 ここに来るまでの間に短時間ながら情報を集めた結果、敵はホルスナー警備会社であろうということになっていた。

 ここ数年で力を付けてきた民間軍事会社だ。

 日本の資産家に雇われているという話だった。

 社長はアーロン・ホルスナー。異世界帰還者であるだろう。

 暴力を商売道具にする業界は異世界帰還者の存在に早くに目を付けていた。最近では彼らがいなくては立ち行かなくなるとまで言われている。

 そんな時世で存在し続けているホルスナー警備会社は異世界帰還者が所属しているだろう。

 ガイルは彼自身が異世界帰還者であると予測している。

 では、これは彼が行ったのか?


「……いや」


 そんなはずはない。


「さて、ではどうしたものかな?」


 真偽を見抜かんとホテルを睨みつつガイルは呟く。

 あのホテルの修復が幻なのか、それとも本当なのか。

 どちらであれこれは誘いだとガイルは判断した。

 生き残りがいるのは確実だ。そしてその連中がゴーを確保しているのだろう。

 そこまではわかる。

 だが、そんな憔悴した兵力で外にいて補給や補充が可能かもしれないガイルの部隊に挑発を仕掛けたりするだろうか?


(いや……)


 あるいは……卓越した実力者がいるのか?

 魔導爆雷の件がガイルの脳裏に浮かぶ。


「だとすれば、これは本気の挑発か?」


 攻めてこいと言っているのか?

 だが、正気なのか?


「どういうつもりだ?」


 ガイルは唸る。

 ゴーを、奴に持たせたアレを諦めるわけにはいかない。

 だが、こちらも兵力が減った状態で無理をするわけにもいかない。


「……実験にはちょうどいいか」


 わずかな逡巡の後にガイルは割り切った。

 そうだここは日本だった。

 何人死のうが知ったことかと思える大嫌いな国だ。


「おい、アレの準備を始めろ」

「アレ……ですか?」

「ああ、アストラルの奴だ」

「了解!」


 ガイルの言葉でアレを理解した兵士が走っていく。


「さて、今度はどう対処する?」


 魔導爆雷はうまく対処したようだが、今度はどうなるか?

 ガイルは楽しそうに唇の端を吊り上げた。



†††††



 俺たちはいまだにホテルにいる。

 出ることもできたかもしれないが、いま外に出れば「目標です」と看板を掲げているようなものだ。

 それはそれで街中でカーチェイスとか高速道路の死闘とかできたかもしれないし、刺激的だったかもしれないが被害が洒落にならない。

 目立てば魔法で元に戻すのが不可能になる。

 実力的にとかではなく、目立ってしまうからやりたくない。

『勇者として世界中から期待の視線→目標を達成したのに低評価連発』という体験をしている身としては不必要な連中にまで名前を知られたくはない。


「本当にこれでいいんでしょうか?」

「いいんじゃないでしょうか?」


 いま、俺たちは一つ下の階にある空き室にお邪魔している。

 騒ぎを確認してホテル中を動き回っていた従業員に【催眠】をかけて部屋を開けてもらったのだ。


「そんなことより、もう食べないのか? 腹が減っては~だぞ?」

「いえ、もう十分です」

「僕も」


 アイテムボックスに溜め込んでいた非常食のコンビニ飯を勧めるのだが二人とも首を振る。

 遠慮なんていらないんだけどな。

 このホテルは廊下に電子レンジを置いてくれているのだけど、外の連中が電力を断ってしまっているので使えない。

 仕方ないので電子レンジ風の魔法を自作してみる。

 なんだっけ……電波を使って水分子を振動させるだったか?

 カルビ弁当で実験。

 お、成功だ。

 家の電子レンジでやる時みたいな一部分だけ熱くなりすぎて硬くなるとかもない。

 やっぱりコンビニ弁当は温かくないとな。

 新しい魔法を開発して気分がいい俺を、崇が不可解という顔で見ている。


「ていうか、こんな状況でなんでそんなに食べられるんだ?」

「そこまでひどい状況でもないだろ?」

「ひどいだろ!?」

「そんなことより」

「そんなことより!?」

「そう、そんなことより、奴らが取り返したがってる物の正体、そろそろ教えてもいいんじゃないか?」

「うっ」

「もう一回説得しないといけないとか、勘弁してくれよ」

「わ、わかってるよ。でも、ここじゃ無理だ」

「どうして?」

「デカすぎるんだよ。それに重い。こんなごちゃごちゃした場所で出して挟まれでもしたら潰れてしまうよ」

「ふうん」

「……なぁ、あんたはこれを手に入れたらどうする気だ?」

「そうだな。とりあえず解析して、本当に脅威なら同じものを作るかな」

「つ、作るのか?」

「無効化手段とかの研究も必要ならするけどな。核の前例もある通り、こういうのは誰か一人が持っている方が危険なんだよ。ゼロにできないなら百に増やしてばら撒いておく方がむしろ安全だろ?」


 みんなが牽制をし合えばいいんだ。


「銃社会みたいになるんじゃないですか?」

「はは。核を銃みたいに乱射できるようになったらそもそも世界が終わるよ」


 俺の考えが正しいと確信しているわけでもない。とはいえ誰かが一方的に殴れる社会構造が間違っているという前提が存在するのならば、それに対抗する手段を手に入れようという思いや行動を押しとどめておくのは不可能だ。

 だから対抗手段は手に入れる。

 誰も平和に至るための完全な答えを持っていないのならば、皆が不完全な答えを振り回して行き違うしかないのだ(ドヤァ)


「それが偶然の産物で量産不可能だってんなら、壊すなり封印するなりでもよかったんだが……」

「どうしました?」


 俺の変化に千鳳が気付いた。


「なんか仕掛けられた」

「え⁉」

「部屋を出るぞ」


 気配は壁や床を無視して下からこちらへと向かってきている。

 速いな。

 二人を急かして廊下に出るのと、そいつが床から飛び出してきたのは同時だった。

 青く半透明な大きな存在。


「鮫?」


 それは一瞬で天井に駆け上がっていったが、形は確かにそう見えた。



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