62


 静寂が逆に緊張感を煽る。

 敵はすでに動いている。認識阻害系の結界でホテルを包み、電話線と電力をカットした。

 断ち切られた明かりによってもともと薄暗いホテルの照明が真っ暗になる。


「出ないでください」

「しないよそんなこと」


 上下の階からの騒ぎが聞こえてくる。

 千鳳はこの騒ぎに乗じて襲って来ると思っているようだが、俺はもう一押しするのではないかと思っている。


「どうすると思う?」

「え? 俺?」


 俺は崇に聞いてみた。


「だって、この間まで仲間だったんだろ?」

「仲間って言っても……僕は運び屋だ。戦いは手伝ったことがない」

「一度も?」

「ああ」

「異世界でもか?」

「……それならあったけど」

「なにをしたんだ?」

「あのときは捕虜になった仲間を助ける作戦で、僕は商人に化けて敵地に潜入して捕虜がいる場所を探してたんだけど、聞き込みだとうまくいかなくて、それで……」

「それで?」

「見つからないときは騒動を起こせって」

「どうして?」

「なにも知らない連中は驚いて騒ぐけど、襲撃を予想してる連中は……」


 その瞬間、俺は崇を引っ張ってベッドの影に押し込んだ。

 窓ガラスが割れたのはそのすぐ後だ。


「……じっとして襲撃に備える」


 それを利用して場所を特定する。

 なるほどね。

 屋上からロープを使って飛び込んできたのは山にいたのと同じ装備の連中だ。

 入って来たのは二人。一人は千鳳と揉み合いになっている。もう一人は俺にサブマシンガンを向けてくる。


「遅い」


【瞬象牙】


 一瞬だけ現れた牙の列が兵士を呑み込み、サブマシンガンを持っていた腕だけを残して消えた。消えた部分はよく噛んで肉と骨と内臓に分解された後でアイテムボックスに放り込まれている。死霊魔法と召喚魔法をかけ合わせて作った俺のオリジナル魔法だ。

 これなら倒したと同時に死霊魔法の素材にできるからとても便利だろう?

 手に入れたサブマシンガンの安全装置を確認する。これじゃないけどモデルガンを持ったことがあるからだいたいこれだろうというのはわかる。うん、解除されているな。

 ではさっそく……と、千鳳と揉み合っている兵士の腹を蹴って彼女から引き剥がし、サブマシンガンの銃口を向けて引き金を引く。


 バラララ!


 軽い音と小気味よい反動とともに兵士が小刻みに踊る。断末魔のダンスだ。


「ふうむ」


 威力の割に硝煙反応やら音やら弾痕やらと跡が残り過ぎるのがネックだな。


「まっ、ロマンか」


 なにかのときのために純粋な地球での戦闘技術を学んでおくのも必要……かなぁ?

 やはりロマンの範疇を出ないかもしれないと思いつつ、サブマシンガンをアイテムボックスに放り込む。


「大丈夫か?」

「……はい」

「さて、他の場所も騒がしそうだな。どうする?」


 俺たちの部屋と同時に廊下や他の部屋から騒々しい音が発生しだした。

 どこもかしこも最初の接敵で勝負がついたのだろう。音は小さくなっていく一方だ。


「……状況が落ち着くまで待機すべきかと」

「ふむ?」


 戸惑う千鳳を少しだけ眺め、俺はその言葉に従うことにする。

 とりあえず、見苦しい死体が一つあるのでそれもアイテムボックスに放り込む。

 再び誰かが入って来るようなことが起きるかと思ったがそんなことはなく、五分もしない内に音は止んだ。

 誰も部屋に入って来ない。


「落ち着いたな、確認しに行くか?」

「お嬢様! 危険です!」

「かといってここでじっとしているわけにもいかないだろ?」

「うっ」

「お互いの目標はここにあるんだ。勝ったのか負けたのか、それを確認して行動すべきだろ?」

「……はい」

「じゃっ、行こうか」


 ここで別行動を提案するような二人ではなく、おとなしく俺の後に付いて来る。

 ドアを開けるとすぐに火薬と鉄の臭気が鼻を突いた。

 廊下には死体が転がっている。

 うちの傭兵連中と俺の部屋に押し入って来たのと同じ装備の兵士……山中の戦いと同じ格好の二種類がそこら中に倒れている。

 この階はアーロンが借り切っていたので他の犠牲者はいない。とはいえここまで音を立てて他の階が気付かないわけにもいかないだろう。連中の認識阻害系の結界はホテル外にしか通用していないようだしな。


「さて、アーロンはどこだ?」


 死体を避けながら部屋を順番に覗いていく。どれもこれも窓が破られて奇襲を受けてという流れが垣間見える。

 ただ、奇襲が成功したとも言えない。

 防衛に成功したとも言えない。


「誰も動かないな」


 俺たち以外に動いている者がいない。見える場所だけでなく、見えない場所でもそうだ。魔力そのものに温度はないはずなのだが、死が溢れている場所ではそこに流れている魔力までも冷たく感じる。

 おそらくは魔力に付着する生者の気が温度を感じさせているからだろう。

 いまこの場からは冷たい魔力しか感じない。

 つまりは、そういうことなのだろう。


「先生っ!」


 千鳳がそう叫んだのは四つ目の部屋でだった。

 壁にもたれかかり派手に頭部を破損させた死体の前に立ち、彼女は震えている。


「先生? アーロンか?」

「……はい」


 沈んだ声で返事をする。ショットガンを至近で食らいでもしたのか、顔の判別がつかない。俺より付き合いの長い彼女が言うのだから間違いないのだろうと思っておく。


「俺たちを覗いて全滅……引き分けってことか?」


 こちら側は実働部隊のトップがやられたんだから実質敗北か?

 とはいえ目標の崇を奪われていないのだから、やはり引き分け、痛み分けってところだろう。

 動揺している千鳳には悪いがこの場をこのままにしておくわけにもいかない。


「場と死体の処理をしてからここを去る。俺はその作業をするからその間に落ち着いておいてくれ」

「わかり……ました」


 千鳳たちを元の部屋に戻してから死体や荷物を全てアイテムボックスに収める。血飛沫や肉片、空薬莢や鉛玉なんかもキャリオンスライムと魔法を使って一つ残らず回収する。ベッドの染みを抜き取るのと同じ要領だ。

 その後で村上辰らとやり合った時のようにホテルの破損部分を白魔法で回復させておく。これで俺たちがいなくなったという以外の異常はなにもなくなった。


「後は着替えて脱出だな」


 俺もそれなりな格好をしているし着替えもある。崇もどこかで手に入れた普通の格好をしているが千鳳は兵士のままだ。

 戦闘には向いてるかもしれないが外をうろつくには目立ってしまう。

 服をどうしたものかと思っていたが回収した荷物の中に千鳳がここに来る前に来ていた服があった。


「よし、これでなんとかなるな」


 俺は二人の所に戻った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る