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 駐車場からすぐにところにある狭い山道を抜けると個人が作ったと思しき祠のようなものがある。ダンジョンの入り口はすぐそこでビニールシートに覆われて隠されていた。

 ダンジョン攻略が始まる。

 大勢で一度にダンジョンに入るのは初めてだ。

 そういうわけなんで衣装もいつもと違う。

 ヒーロー系の格好は誰かに素顔を見られたくない時用だ。

 今回はもう知られているので隠す必要もない。

 二人でお揃いを作った。とある吸血鬼退治の映画にいた戦うヒロインの衣装を参考にしたものだ。胴体を守るコルセットがカッコいいんだ。

 そしてこの格好を霧がすると自然とバストアップされてエロカッコよくなる。

 俺? 俺は美脚の方で売っていこう。いや、どこにだよ。

 胴から上と腕を守るジャケットっぽいのが色違いで、俺が赤、霧が青。


「こんなの、いつ作ったのよ」

「夜なべをしたのさ」

「いつ……」

「それは秘密」

「あなた……テスト期間中に」

「いやぁ……気晴らしにちょうどいいんだよ」

「それをやめていたらもっといい点を取れていたかもね」

「まぁまだ結果出てないから」


 霧のジト目をさらっと回避し大勢を引きつれる亮平たちの後からダンジョンに入る。



『ダンジハール宮殿舞台』

 #####世界の道化師ポットナードが活躍した宮殿舞台を模した移動式迷宮要塞。内部兵力構成は機密事項。開示にはコードが必要。コードを入力しますか?



【鑑定】の結果を視界の端に置きながら周辺を確認する。

 舞台と名がついているためか、確かにそういう雰囲気があった。床には赤い絨毯が敷かれている。

 全体的に円形の造りのようで入り口から左右に道が分かれていた。


「それじゃあ、君たちはどっちに行く?」

「選ばせてくれるのか?」

「もちろん。僕たちの方が有利だからね」

「そうかい?」


 非戦闘員をたらふく抱えたあっちの方が動きが鈍くなりそうだけどな。


「それじゃ、俺はこっち」


 とはいえ深く考えても仕方がない。近い方の道を選ぶ。


「なら、僕たちはこっちに。行き止まりなことを願うんだね」

「そっちもな」


 そう言い合って、俺たちは別れた。



†††††



 ダンジハール宮殿舞台に現れる敵はオーガばかりだ。

 冒険者ギルドが様々な異世界帰還者から聴取して集めた情報によると、オーガは平均身長が二メートルほどの大柄な人種で一本から複数本の角を頭部から生やし、さらに生息地によって体色が違うという共通項があることが判明している。

 往々にして攻撃的で排他的。生産的なことはほとんどせずに物資は略奪するか、あるいは支配した他種族にさせることが多いという。

 では、オーガにこんな宮殿のような舞台会場を作ることができるのか?

 行く手を塞ぐオーガたちはピエロの格好をしていたり、闘牛士のような恰好をしている。棘の付いた球に乗って突進してきたり、レイピアやエストックを優美に振るったり、あるいは火の息を吐いてきたり、あるいは高い天井から空中ブランコに乗って飛び降りて来たり、あるいは猛獣を引きつれていたりする。


「舞台っていうより、サーカスじゃない?」


 焔導師の綺羅が火の息を奪い取り、数倍の火炎球に変えて投げ返すとオーガたちは黒焦げになってその場に倒れた。

 その死体が消えて、代わりに現れた欠片のような青水晶を後続の運搬係が拾っていく。誰がどれだけ拾ったかはギルドから派遣された職員が記録しており、彼らの不正を防止している。


「ずいぶんと楽し気なダンジョンよね。場所が場所なら人気があったかも?」

「オーガのこの格好はきもい」


 そんな感想を漏らしながら賢者の春は通路の奥から現れた次のオーガたちにデバフをかけ、結界師の纏は非戦闘員たちに敵が流れないように不可視の壁を作り出す。


「まぁまぁ、いつも同じのを相手にするよりは刺激的でいいじゃないか」


 ゆるく笑いながら亮平が前に出る。結界によって進路を限定されたオーガたちは彼に殺到するしかなかった。

 さらりと下げていた彼の剣が、一瞬、風を巻いて消えた。

 次の瞬間、彼の前にいた十数のオーガが全身から血を吹いて倒れていく。

 彼の見えない剣技には自身も異世界を体験して来た運搬係たちも唸らざるを得ない。


「それより、疲れていないなら先を急ごうじゃないか。間違っても彼女たちに負けるわけにはいかないからね」


 そんな畏怖と称賛の視線をゆるい笑みで受け流し、亮平は先を促す。


「あんたが馬鹿な約束するからでしょ!」

「おや、綺羅は気に入らないかい?」

「どこを気に入れっていうのよ!」

「亮平、私たちもわからない」

「なにをかんがえているの?」

「そんなに難しいことじゃないよ」


 女性陣から疑問の声にも亮平の表情は変わらない。


「いまの個人攻略任せのダンジョンのやり方も次第に変わっていくって予感があるんだ。その内、異世界帰還者たちも結託して起業化する。ダンジョンの研究結果次第では鉱山を掘るみたいないまのやり方は廃れてしまうかもしれない。どちらにしろ、有能な人材は早めに集めておくに限るよ」

「それでなんであいつらなわけ?」

「僕の嗅覚かな? 信じない?」

「それは……」

「あっちでは、僕が霧ちゃんをスカウトしたんだよ。みんな占いなんて信じてなかったけど、僕は彼女を信じた。その結果、僕たちは勝ち残れた。そうでしょ?」

「うっ……」

「それは……」

「だから、僕の勘を信じて欲しい」

「本音は?」

「あの子やばい。マジ美少女なのにずっと見てると男の子に欲情してるみたいな背徳感がある。本気でやばい。こんな感覚初めて……あ」

「やっぱり」


 するりと投げ込まれた纏からの質問に素直に答えてしまい、亮平は女性陣からの冷たい視線に晒されることになるのだった。



†††††


「へぇ、そんなことが」

「そう。だから私、佐神さんにはちょっと頭が上がらないの」


 異世界での霧と亮平の関係を聞いた。

 異世界で戦国シミュレーションのようなことを強いられた彼女たちだが、占い師として戦闘能力がないも同然だった霧が勝利勢力に入ることができたのは亮平の推薦があったからだという。

 他の連中……勢力の王でさえも当初は霧の能力に懐疑的で信じてもらえない場面が何度もあったのだそうだ。

 そんな中、亮平だけが彼女の占いを信じ、結果として勢力の窮地を救った。

 そういうことがあったので信頼を得るようになったのだそうだ。


「とはいえ、佐神さんはあの通りの手の多い女好きだし、私は男の人に興味ないし……」

「ああ、いろいろ苦労したんだな」

「そう」


 佐神はあの通り複数の女性を侍らせているし、女たちもそれでいいという連中が揃っているようだ。

 そんな中で霧は佐神のアプローチを拒みつつ、しかし彼に目をかけられているから女性陣には嫌われ、そしてモテることを隠さないから反感を持つ連中もそれなりにいただろうから目をかけられている霧はその連中からも嫌われ……という感じか?


「うへぇ、めんどくさ」

「もうあの人のことは良いわよ。それより、敵よ」

「だな」


 通路の先から奇天烈な格好をしたオーガたちがやって来た。


『ポットナード曲芸団団員』


 と【鑑定】の結果が来た。

 曲芸団団員とはまた大雑把じゃなかろうか。


「じゃ、霧」

「え?」

「やってみようか」

「え? 私なの!」

「そうだよ。せっかく瞳術士なんてクラスを手に入れたんだから使ってみないと」

「そ、そうよね」

「大丈夫大丈夫。威力は俺のバフで底上げするから」

「ありがとう。がんばってみる」


 瞳術士の使う力は魔力を基礎としているのはもうわかっている。

 え? どうやってわかったかって?

 霧って【鑑定】されてると感じやすくなるから奥の手として……ね。まぁ、それでもいまだに黒星ばっかりなんだけどな。なぜ霧に性豪のクラスがないのか。それが謎だ。


「それじゃあ、いくわ」


 戦闘でスキルを使うのが初めてなのだ。緊張した様子で霧はそれを使うように念じた。

 念じるだけで使えるって、スキルって便利だよな。


【火眼】


 瞬間、彼女の眼前が火に飲まれる。

 瞳術士……己の視線、あるいは視界の全てで己の望んだ状態を発生させるというクラスだ。

 威力が伴えば強力な存在になるな。


「さあ、どんどんいこう」


 通路の奥からはまだまだオーガたちがやって来ている。

 ここで一気に霧のレベルを上げてしまおう。



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