33


 硬い物を斬るには完璧に正確な斬撃が必要になる。そして完璧な斬撃の軌跡を可能にするには筋力が必要になる。

 柔よく剛を制すという言葉があるが、柔が弱いという意味だとは誰も言っていない。


「うーむ、鍛錬が足りない」


 五分ほどで戦いに勝利した。

したのだが……【火霊剣】による火力ごり押しの結果に俺はひどく不満足だった。斬鉄をするための線は見えていてもその線をなぞるために剣を維持する筋力が足りない。能力を増強する【戦闘気功・覇龍】も結局は倍力機構のようなもの。細かいずれを修正するような作業は素のステータスに頼るしかない。

 そして圧倒的に素のステータスが弱い。

 村上辰の気を奪って能力育成にブーストをかけてみたがまだまだ足りない。


「私にはなにが足りないのかぜんぜんわからないのだけど?」


 近寄って来る霧には驚きよりも呆れがあった。俺の勝利が見えていたのは間違いないようだ。


「上を見ればきりがないって話だよ」


 ああくそ、残骸を回収する前に消えちまった。


「うん?」


 後に残った青水晶を集めているとその間に赤い籠手が落ちていることに気付いた。


「もしかしてこれは?」

「ドロップアイテムね。運がいいわ」

「ドロップアイテム……ますますゲームじみてるな」


『赤の籠手』

 カルデミア古戦場の守護者、赤将軍の装備品。赤将軍を倒すと確率でドロップする。全てを装備するとセット効果が発動する。

 防御力+15


「ほんとにゲームかよ」


 なんだよセット効果って。


「それよりも織羽」

「うん」

「まだ終わっていないわ」


 霧がそう言ったところで新しい気配を感じ取った。


「誰かが近づいて来ているな」

「大丈夫?」

「なにが起きても見て見ぬふり、できるか?」

「向こうでなにを見てきたと思っているの?」

「心強い言葉だ」


 場合によっては現代社会的にアウトことをするかもという意味で言ったのだが、霧は正確にその意味を理解してくれていた。

 無慈悲な世界があると知っているとやはりその辺りの切り替えは早い。

 なにしろダンジョンなんてものは公にされていないのだ。

 公に存在が認知されていない場所で法律が通用すると考えるのは愚かだ。


「来たな」


 手札を隠す意味でレイピアを鞘に戻し、霧の護衛をしていた【無尽歩兵】も消した。

 やって来たのは十人のパーティだった。


「#%#%#%#%#%」


 外国の言葉で何かを言っている。


「そういえば、翻訳系の能力ってあるか?」

「いえ、ないわ。でも、あっちにいる間はなぜか言語の壁はなくなっていたわね。たぶん、他のみんなもそうだと思う」

「俺もそうだったな」


 いまも師匠たちと話ができているのだから自然と向こうの言葉を喋っているのだとは思うのだが、それを意識的に行っているわけでもない。


「言語の完全理解みたいな能力があったらそれだけ食っていけただろうにな」

「最強の通訳ね」

「オマエタチ、ナニモノダ?」


 俺たちがスルーをしていると、向こうが片言の日本語で問いかけてきた。


「こんなところにいるんだから素性なんてわかりそうなものだろう」

「ココカラ出テイケ」

「その言葉に従う理由はないな」

「ココハ我々ノモノダ」

「ああそうかい。それで?」


 予想通りの主張に俺は内心で笑い、連中に【鑑定】をかける。

 名前からしてアジア系。東南アジアよりはC国やK国って感じがする。装備は西洋ファンタジー風だ。


「なぁ、ああいう連中、見たことあるか?」

「いいえ、ないわ」

「なら、別の異世界帰還者か」


 だが、どいつにもクラスとレベルが表示されている。

 レベルはどれも60代だ。クラスも平凡そうなのがほとんどだが、俺たちに話しかけてきたリーダーっぽいのだけは違う。


 クラスは勇将。

 レベルは86。


 名前は向こうの言語になってたからわからない。なのにその下のクラスとレベルの表記が日本語になっているのはどういうことか。

 個体名は名付けられた国の言語が正確であり、それ以外はどの言語でもたいして違わない、ということかもしれない。

 しかしそうなるとモンスターの名前もその世界の言語で表記しなくてはならないのではないかという疑問が出てくるのだが……まぁ、どうでもいいことか。

 勇将……村上辰の猛将とは別進化っぽいな。それよりもレベルの高さがどれだけ実力の違いになるか。村上辰は60だったか。

 奴よりも実力が上なのは確かだ。

 それよりも気になるのはクラスとレベルというものを霧とは違う異世界に行っただろう者たちも当たり前に使っているということだ。

 やっぱり作為感が強い。


「コレガ最後ダ。デテイケ」


 考えに浸っているというのに。邪魔をする。


「吠えるな。安く見えるぞ」


 名前がないのは面倒だな。とりあえずキムにしよう。なんか多そうだし。


「殺気を隠せてもいないくせに安い嘘を吐くな。黙って帰す気なんてないだろう?」

「カエレ」

「俺はここに攻略に来たんだ。それが終わるまで帰らんよ」

「警告ハシタ」

「はいはい」


 次の瞬間、連中が一気に動いた。

 近接戦担当っぽいクラス五人の内二人が霧に向かい、二人が俺に来る。キムは様子見か。


【無尽歩兵】


「##っ!」

「%%っ⁉」


 霧の前に突如として立ちふさがった骨の兵に二人が驚き、足を止める。


【風霊剣】


 抜き放ったレイピアに風の精霊を宿らせ、俺に来た二人は風圧で弾き飛ばす。


「あっちに向かっていったら問答無用で殺す」


 霧を指しながら日本語で話しかける。どこまで通じているかわからないが、次でわからなければ実例を示すだけだ。


「遊びたければ俺のところに来い」


 言葉が通じているかわからないが、カンフー映画な感じで手をちょいちょいっとすれば挑発だってわかってくれるだろう。

 実際、殺気が濃くなった。

 さきほどの衝突は軽く奇襲という感じだったが今は違う。


「#%#%#%#%……」


 後ろに控えていた後衛連中がバフを撒き、俺にデバフを振りかけてくる。

 もちろんそんなものにかかってやるつもりはない。


【叫び唱える首塚】


 俺の背後に髑髏を積み重ねた塔が出来上がる。

 その髑髏たちは瞳に鬼火を宿し、その口は休みなく動き続け、魔法を唱える。

 担保した魔力が尽きるまで命令した魔法を使い続けるのが【叫び唱える首塚】だ。

 今回は俺にかかるマイナス効果の魔法の解除を命じている。

 魔法を使うだけならアドリブまでできる奴もいるんだが、あっちはアドリブで敵への嫌がらせ行為とか始めそうだからな。


「「「「っ!」」」」


 俺の魔法に驚き、これ以上何もさせてはいけないと考えたのか近接連中が同時に距離を詰めてくる。キムはそれから一歩遅れていた。とどめだけもらおうというせこい連携だな。

 四人が半包囲でそれぞれの武器を振るう。

【風霊剣】の宿ったレイピアが風を撒き散らし、風圧で四人の行動を乱し、その隙を塗って一人の間合いに踏み込み、その喉にレイピアを……突き刺す前に退避する。

 中衛に収まったキムが仲間の隙から槍の一閃を放って来たのだ。

 四人とは違う風圧をものともしない動きだ。


「おお、危ない」


 こちらの動きが止まったところで前衛が切り刻みにかかるが、仕切り直しに距離を開けようとする。

 が、俺の数歩先を読んで後衛連中が魔法を撃っていた。

 命中はしなかったがこちらの動きを制御された。逃げた先に前衛連中が回り込んでいた。


「やるなぁ」

「####っ!」


 なに言ってるのかやはりわからない。どうせ「死ね!」とかだろう。


「###」


 完全に相手の掌の上に載ってしまった状態での攻防を続けていると、質の違う声が聞こえた。

 落ち着いた声はキムの物だ。

 力を持ったその声は魔法だろう。


「なにをする気だ?」


 ちょっとワクワクしながらそちらを見ると、そこには青い巨馬に乗るキムの姿があった。


【人馬一体】


 それが魔法だとするなら、俺ならそんな名前を付ける。

 後衛連中の使うバフなんかものともしない増強効果あるのだろう。キムの放つ殺気が濃度を増している。


「##」


 なにかを短く呟き、俺に向かって槍を放った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る