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「うん?」
死霊の兵士たちが消えたところで広くフィールドを囲っていた黒煙の一部が消えた。
俺はばらばらとフィールドに散らばった青い石を【無尽歩兵】に集めさせアイテムボックスに放り込みつつ霧に話しかける。
「あの先に行けるってことか?」
「あ、見て、あっちも行けるみたいよ」
霧が示した方向も同じように黒煙が晴れている。
「敵を全滅させたら次のフィールドに行けるようになれるのか」
「どうもそうみたいね」
「ふむ……どっち行った方がいいと思う?」
やはりここは占い師の意見を聞いてみるべきだろう。
「あなたの選択で間違いはないわよ」
「そうかい? それなら」
最初に見つけた方……方位の感覚はあいまいだが、たぶん西の方に俺たちは向かった。
「あっちに行こう」
「私はあなたについていくだけよ」
「よしよし、ならすごい光景をもっと見せてやるよ」
そんなことを言いながら俺たちはそちら側に向かった。
†††††
カルデミア古戦場は三つのフィールドで構成された比較的単純な構造のダンジョンだ。侵入者はそのフィールドに課された目的を達成しなければ次のフィールドに行くことはできない。
織羽たちが次のフィールドに移動して少し後にその場に現れた者たちがいた。
三十代の男を中心にした十人ほどのパーティだ。
「うん?」
「あれ? アンデッドどもリポップしてないですね」
「ああ」
「誰か侵入した?」
「でも、外の連中に異世界帰還者はいないはずよ」
「なら、他の異世界帰還者?」
「この辺りの雑魚たちが近づいてくるはずないだろ?」
「それなら?」
「噂のクリア請負人が来たとか?」
「それは困るな」
パーティから零れ出た言葉にリーダーの男が顔をしかめた。
「クリア請負人。冒険者ギルドが内密に設定している能力評価でSランク以上の実力者にのみ提示される依頼……か」
ダンジョンの出現は誰にも制御できない。
だから、困る場所に出現された場合はそういう連中に高額で依頼し、即座に消滅させている……という噂がある。
「そんな連中に来てもらっては困るんだがな」
ダンジョンにはまだまだ謎が多い。インスタントダンジョンと通常ダンジョンの違い。そして存在が固定されたダンジョンを放置した場合のメリット・デメリット。青水晶の有効性だけが先行しているが、それらの危険性も検証しなければならない。
この男たちは青水晶を母国へと持ち帰るためにいるわけではない。
ダンジョンを長期間保持した場合どうなるのか。それを確かめるために犯罪者たちを利用してそれを行っている。
国外で行えば、なにが起きたとしても母国には関係がない。いまのところ、どの国も異世界帰還者の存在を明るみにはしていない。
つまり、彼らの行為は犯罪にもならない。
「ともあれ、この国の異世界帰還者が来ているのなら排除しないとな」
「ダンジョンの中ならなにしたってばれないですもんね」
「ああ」
「ここを全滅させて、俺たちと出会っていないならあっちに行ったんでしょうね」
「よし、行くぞ」
リーダーの号令とともに、彼らは織羽を追いかけて進み始めた。
†††††
黒煙でできた大きなトンネルを抜けると、そこには大きな砦があった。
巨大な石を積み上げて作られた城壁と堀。健在ならばずいぶんと頑丈だったのかもしれないが、すでにそれは名残でしかない。
いまはもう半壊状態でやはりあちこちから黒煙が昇っている。
ひしゃげて地面に転がる門扉を踏みつけて中に入るとそこからが始まりだったようだ。
砦内の広場にある陰惨な結果を示す地面からそいつらが起き上がる。
出てくる敵はやはりアンデッドだ。
姿は違う。まともな全身鎧を着た騎士たちだ。
だが、鎧の隙間からはあの黒煙が昇っている。目を守るバイザーの隙間からは赤黒い光が零れている。
持っている武器は剣や槍、戦斧に弓と様々だ。
騎士たちの奥にひときわ大きな赤い鎧の騎士がいる。あれがボスか?
『赤将軍』
カルデミア古戦場に配置された不死系魔導兵器。かつての古戦場に倣って西軍大将モローを模している。
東軍大将ハイドンを模した青将軍とともに倒すとカルデミア古戦場は消滅する。
「ふむ……」
【鑑定】の結果を見て、俺は戦い方を決めた。
「ちょっと運動する」
そう言って腰に吊るしたレイピアを引き抜く。
「大丈夫?」
「ああ、守りを付けるから離れたところで見ててくれ。あそこらへん」
「わかった。気を付けて」
と、砦内の広場を指さすと霧は大人しくそちらに移動する。
そっちに騎士の何体かが向かおうとしたので【無尽歩兵】で壁を作った上でそいつらを切り捨ててやった。
「お前らの相手は俺だ」
【戦闘気功・覇龍】
仙法による肉体活性と黒魔法の能力増強を混合させた独自魔法を発動させる。
さすがに織羽の肉体の素の能力では一人でこの数をさばくのは無理だ。織羽の素のステータスは最終戦の装備を持ってようやく序盤の雑魚戦をこなせるレベルだ。
まぁ実際、そんなステータスで普通は最終戦装備なんて装備できるわけないんだけどな。重くて。
「だが、これで……」
素のステータスはまだまだ低いが、訓練の甲斐もあって魔力への順応度は上がっている。村上辰とやりあった時には使えなかった【戦闘気功・覇龍】にもちゃんと馴染んでいる。
「よし、かかってこい」
レイピアを突き付けて騎士たちを煽ると連中が向かってきた。
雑魚騎士は総勢で百体ほどか。
いつものキャリオンスライム召喚でまとめて処分っていうのもいいが、それだと芸がない。
アレは俺の中で数は力戦法の究極の姿の一つだと思っているけど、究極っていうのは偏っているということでもあるとも考えられる。
つまり苦手な物はとことん苦手。
なので他のこともできるようになるのがいい。数は力戦法も何種類も用意するし、俺個人の力量も上げていく。
この戦いでは個人の力量を問うていくとしよう。
「体も馴染んできたんだから戦闘行動にも慣れさせないとな」
押し潰さんばかりに迫って来る騎士たちに自ら踏み込み、レイピアを振るう。
閃く斬線は大量の火花を生み出すが、細いレイピアの剣身が折れることはない。
【火霊剣】
精霊魔法によって火の属性を付与しレイピアを守護しているからだ。大量の火花はそちらが原因で斬線の跡は赤く熱され、やがて斬線に沿ってずれていく。
うーむ、鉄もまとめてすらりと切り捨てるはまだできないか。
「おっと……」
そんなことを考えていると雑魚騎士の隙間から赤将軍の槍が襲いかかって来た。
豪風を纏った槍の一閃に織羽の軽い体が浮いてしまう。
「ちっ」
これ幸いと距離を詰めてきた騎士たちを蹴ってさらに距離を開けて体勢を立て直す。
「よし、燃えてきたぞ」
仮面の下から流れてきた汗を舐め取り、俺はにやりと笑った。
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