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 奇妙な二人組だった。

 格好のことではない。素性を同じ異世界帰還者にも隠したがっている者はいる。なので鬼の仮面を被った女と、アメコミヒーローのようなアイマスクをした女であろうともおかしなことだとは思わなかった。

 おかしいと思ったのは、二人だけでこの古戦場を切り抜けられるような実力者には見えなかったことだ。

 異世界帰還者にも色々いる。

 この二人は見る限り、雑兵か非戦闘能力者としか思えなかった。

 だというのにこちらの警告を無視する。

 その自信の意味が分からず強者がどこかに隠れているのかと思った。

 だがそれは違う。

 それだけ気配の手を伸ばして隠れている者はいない。

 ならばこの二人だけ?

 信じられない。

 だが、実際にここのボスである赤将軍が倒されている。

 ならば油断するわけにもいかない。

 試しに一当てしたところではっきりと分かった。

 鬼の仮面の方が非常識に強いのだ。



†††††


 突如として現れた馬に乗り、キムが高所から槍を突き下す。


「おっと」


 纏った勢いは激しく、穂先が触れた地面が爆砕する。その破片に紛れるようにして俺は距離を取った。


「逃ゲラレナイゾ」

「逃げやしないさ」


 鬣の代わりに気を逆立てる青い馬はなんらかのエネルギーが寄り集まった魔法生物だ。そのエネルギーがキムのスキルに呼応してパーティに分配される。


「#####!!」


 その途端、パーティの動きが変わった。

 追加の能力増強か。

 前衛の攻撃は速く強くなり、後衛の魔法攻撃も激しくなる。

 そしてキムはというと……。

 上空から蹄の音が響く。

 あの馬、空を駆けていやがる。


「チェアッ!」


 上空からキムが槍を突き下ろす。

 しかも連続で。

 本来の槍の長さでは届かない高さなので、馬のエネルギーが槍に纏わりついて射程を伸ばしている。

 これはもう爆撃だ。

 誤爆でパーティメンバーに当たりそうなほどの連撃だが、連中は気にした様子がない。追加の能力増強効果で恐怖心を抑制しているのか、完璧な連携が出来上がっているのか。

 たった一人を相手にした連携なんてそう訓練しているわけもない。精神共有しているにしても反射神経が追い付くとは思えない。

 ああ、わかった。

 キムがコントロールしてるな。

 こいつらの動きをキムが完全に制御して俺を追い詰めようとしているんだな。

 やるな。



†††††



 まさかこの攻撃が通じないとは。

 青の神馬を召喚して搭乗者の能力を大幅に増強する【闘将勇躍】から配下に力を分け与え、その行動を完全に制御する【神の軍配】のコンボ。これで倒せない敵はいままでいなかったのだが。

 この女は完璧に計算された連携すらもなんなく回避してしまっている。

 やはりこいつは噂のクリア請負人か。

 このダンジョンは自分たちとの相性も良く青水晶を持ち帰るには立地的にも適しているし、なにより例の検証を行うためにも攻略されるわけにはいかない。

 なんとしてもここで倒す。

 そのためには……。

 やはり、あそこで参加していないもう一人を。



†††††



 その男は戦闘が始まったとほぼ同時に影に潜んでいた。暗殺者というクラスを持つその男はそういう役割だ。正面切って戦うのではなく、ここぞというときに敵の最大の弱点を突く。

 そのために影に潜伏して命令が来るのを待っていた。

 リーダーが【闘将勇躍】し【神の軍配】を解き放ったことで暗殺者の彼もその恩恵に授かる。

 そしてリーダーの命令もより明確に、迅速に届くようになった。

【闘将勇躍】から【神の軍配】のコンボはこのチームが誕生した異世界にいた時から磨き上げてきた連携だ。異世界では数千の部隊を率い、このコンボでいくつもの戦場を勝利に導いてきた。

 そしてその威力は元の世界に戻ってきてからのダンジョン攻略にもいかんなく発揮されてきた。

 自分たちからしたら、このコンボが発動した時点で勝利が確定したようなものだ。

 これはもう自分の出番はないかと思ったのだが、違った。

 鬼の仮面を被ったあの女は嵐のような猛攻を悠然とかわし続けているのだ。

 そんな場面なんてこれまで見たことがなかった。

 信じられない思いで影の中から戦いを見守っているとき、リーダーから命令が飛んできた。

 あの女を人質にしろ……と。

 あの女というのは戦闘に参加していないアメコミアイマスクの女の方だ。

 最初の衝突の時に無数の召喚兵士のようなものでガードをしていたが、それ以来は戦いに参加している様子がない。

 鬼仮面の女が何かを言っていたが、彼は日本語を理解しない。あちらの方が脅威だと感じていたから今まで無視していたが、リーダーが使い道があるというのなら人質にするだけだ。

 戦いはきれいごとではないのだ。

 アメコミマスクの女を守っていた骨の召喚兵士は姿を消している。強化されたいまの暗殺者であれば再召喚の隙も与えずに即座に接近して彼女を捕らえるのは簡単なことだ。


(いまだ)


 足下がお留守な女の背後に回り、影から飛び出す。腕を取り、首にナイフを突きつける。簡単な仕事だ……そう思っていた。

 だが、思っていた結果とは違うものが暗殺者には突きつけられる。

 影から飛び出したその瞬間に暗殺者が見たのは、さっきまでいなかった骨の召喚兵士たちの姿だった。


(いなかったはず!)


 そう思うのだが、女がいたと思っていた場所には骨の兵士がいる。そして目的の女は暗殺者からかなり離れた場所に立っていた。


(騙された!)


 幻覚を見せられていたのだ。

 しかし、そう気づいた時にはもはや遅い。

 飛び出した彼の胸に槍が突き立てられる。避けることはできなかった。強化された彼の身体能力をもってしても、その短い距離からの一撃をかわすことはできなかった。

 そして、槍は一本ではない。

 次から次へと……彼が理解してもいなかった約束を破った不埒者へと突き立てられていく。心臓が破れ、肺は引き裂けただろう。口から血の泡を吐いて絶命した彼は骨の兵士たちによって天高く持ち上げられたのだった。




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