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「いま、なんか変じゃなかったか?」

「あん?」


 日本語ではない言語が朽ちかけの家畜小屋の中を漂う。


「いや、入り口が揺らいだように……」

「誰か入ったか?」

「いま入ってるのはリーダーたちだけだ」

「だよな」

「俺たちはここを見張るしかないしな」

「異世界から戻ったとか頭おかしくなったかと思ったけど、あの変な青い石が金になるのはいいよな」

「ああ。ここを見張って酒飲んでるだけでいいとか楽でいい」

「まったくだ」


 そう言って笑う。

 彼らは海を渡ってやって来た。観光でも就労でもなく不法行為を行うために。窃盗強盗転売……金になるものをこの国から奪って国に持ち帰るために。

 だが、そんな彼らの前に現れたのがリーダーと名乗る男とその部下たちだった。彼らはボスの紹介で現れ、仕事を手伝うように命じられた。

 仕事というのはこの場を占拠し、誰も近づけさせないようにすること。

 そして彼らが手に入れる青い石を国へ持ち帰る手伝いをすること。

 その青い石が何に使われるのかはわからない。宝石としてみればきれいだが、どこか安っぽさもあるような気がする。

 なにより、あの光の球の向こうがどうなっているのかわからない。

 彼らの言う『異世界帰りたち』しかあの光の球の中へ消えていくことはできない。


「今夜、リーダーが戻って来たら国に帰る。そうしたらしばらくあっちでゆっくりしよう」

「ああ、それもいいかもな」


 なんだっていい。あの青い石は自分たちがせこく危ない橋を渡るより何倍も儲かっているようだ。それは自分たちに下りてくる分け前の額でわかる。


「楽しい人生に」

「乾杯」


 気楽に笑い、彼らは杯を打ち合わせた。



†††††



『カルデミア古戦場』

 #####世界の死霊呪術師カルデミアがかつてその名をとどろかせた戦場を再現した移動式迷宮要塞。内部兵力構成は機密事項。開示にはコードが必要。コードを入力しますか?


【鑑定】がダンジョンの名をそう告げた。

 死霊呪術師ね。

 俺とは相性がよさそうだ。


「広いね」

「ああ。で、空気も悪そうだ」


 そこは軽い起伏が連続する平原だった。丘陵地と呼ぶにはそこまで急ではない。平和な時なら羊でも解き放たれて牧畜とかヤッヒホッヒホーとか歌いブランコする少女がトライさんに流用されるような光景が広がっていたかもしれない。

 だがいまはあちこちから黒い煙が立ち上り、地面は赤黒く汚れ、鉄臭いぬかるみがそこかしこにできている。

 ある程度から先は黒煙が霧のように視界を塞いでみることができなくなっている。


「この光景、私知ってる」

「奇遇だな。俺も知ってる」


 俺も霧も乾いた声を漏らし、その光景を見やる。


「薄汚い戦場」

「まったくだ」


 とはいえきれいな戦場なんて見たことがない。


「さて……これはどうなるんだ?」


 なんて呟いたところで爆発音が平原に広がった。爆竹のような乾燥した短い爆発は余韻を薄く広げていく。

 その音の波紋が古戦場の過去を呼び起こす。

 黒煙が炎の渦となった。大地の汚れは自ら立ち上がり、ぬかるみからも多くの者が身を起こした。

 戦場で散り地面に踏み混ぜ込まれた多くの兵士たちが過去を再現せんと立ち上がる。


「なるほど。侵入者が現れるとその周辺の死体が起き上がるのか」

「大丈夫なの?」


 土と血で練り上げられた体がボロボロの鎧をまとい、錆びた武器と盾を持って近づいてくる。

 その数は数百……千はいかない数だ。


「どう思う?」

「大丈夫だと信じてる」

「信じるか。素敵な言葉だね」


 とはいえ、今回はそれが正しい。


「さて、久しぶりの戦場だぞ。お前たち」


【無尽歩兵】


 俺の声に軍団が目を覚ます。

 アイテムボックスから吐き出される素材たちが影に仕込まれた魔法陣に従って組み立てられていく。


「ああ、やっぱりいい」


 これぐらいの魔力消費がないと「やった」って感じがしない。


「な、なんなのこれ?」

「あいつらよりは洗練されてないか?」


 戸惑い、体を摺り寄せてくる霧に笑いかける。

 あらゆる骨が組み合わさり、あらゆる肉が組み合わさり、あらゆる残骸が再利用される。

 繋ぎ合わせの骨と錆び鎧の皮。胸に込められた魂代わりの鬼火が炎を零す。ただそれだけ故にいくら壊れてもすぐに組み直し立ち上がる【無尽歩兵】


「どっちも不気味よ」

「残念だ。迎撃せよ」


 俺の命令で【無尽歩兵】の雑兵たちが死体の軍団を受け止める。

 洞穴に風を通したような鬨の声が響き渡る。【無尽歩兵】を突き動かす偽魂の鬼火が勢いを増して漏れ出して合流し青い炎が天を突く。

 うん。良い燃え具合いだ。


「勝てるの?」

「楽勝だな」


 俺の言葉通り【無尽歩兵】と古戦場の死霊軍団とのぶつかり合いは【無尽歩兵】に軍配が上がりそうだ。

 奴らでは【無尽歩兵】の進軍を止めることはできない。

 青い炎が勢いを増し続けるのは敵の魂を喰らっている証拠だ。


「ここの連中は攻略しない限り存在し続けるんだったよな? それなら、無限にこいつらも出現し続ける?」

「……いえ、ここは初めてだけど人形城と同じなら一度倒せば再出現までに時間がかかるものよ」

「ああ、そういえば」


 人形将軍・少将がリポップするまで三十分ぐらいかかったな。


「それなら、ここを全滅させるのに時間はかからないな」


 俺の言葉通り、五分ほどで【無尽歩兵】が勝利を収めた。



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