30
赤毛のお姉ちゃんの名前は鷹島千鳳(たかしまちお)と言った。
鷹島の孫なのだそうだ。
「お嬢様の専属になるように言いつかっております」
「それはご苦労様」
言葉遣いは丁寧だが、俺を見る目には不遜さがあった。こういう目には何度も出会っている。自分の立場を不満に思っているのだろう。
「千鳳さんは大学生?」
「はい」
「なら、暇な時のバイト気分でやってくれればいい。いないときには自分でなんとかする」
「……そうですか」
「で、いまはいるわけだから使わせてもらう。S県##市まで今すぐ行きたい。どれくらいかかる?」
「……とばしてよければ一時間以内に」
「ではよろしく」
マップアプリで検索した時間よりもはるかに短い。
俺が微笑むと千鳳はわずかに表情を揺らがせた。
俺たちを待っていたロールスロイスは学校に迎えに来たのと同じものだった。織羽専用としてこのマンションの駐車場に置いておかれることになったようだ。
前後の座席の間は隔絶されており、マイクを通さなければ会話ができないようになっている。
視線も通らないからこっちがなにをしていようと運転席側からは確認できない。
「どうしてそのダンジョンに行く気になったの?」
座席の座り心地に慣れた頃、霧が口を開いた。
「心配か?」
「いいえ。私が驚いたのはね。あなたが私たちには絶対できないような無茶を笑いながらこなす光景が見えたから」
「ふむ……」
なるほど、占えなかったわけではないのか。
「そこのダンジョンは不人気なんだろ?」
「ええ」
「なら、なくなっても困らないよな?」
ダンジョンは攻略されると消滅するという。
だけどまだそれを自分の目で確認できていない。
だから確認したい。
理由としてはそれぐらいだ。
「自分の目で確認しないと納得できないんだよ」
小遣い稼ぎなんて安っぽいことをして満足なんてできない。
魔王を倒して魔神王を倒して、巨万の報酬を持ち帰って……そして戻ったら現代にもファンタジーが混ざりこんでで、それなのにMMOの経験値狩りみたいなことをやって満足しろって?
別のゲームを始めただけだとでも思えって?
冗談じゃない。
スキルやステータス、記憶や経験まで引き継いだっていうのに、たかが身体能力が弱体化した程度で別のゲームになるわけがないじゃないか。
だから俺にしかできないことをやろう。
パーティプレイ必須な連中のことなど相手にせず、いまの俺が好きにやったらどれくらいのことができるのか?
それを確かめさせてもらうとしよう。
「それで、どうする?」
「もちろん一緒に行くわ。守ってくれるでしょう?」
「まぁね。動揺とかはないのか?」
「言ったでしょう? 結果は見えている。貴方の勝つ姿を私は間近で見ている。確かなのはそれだけ。問題は過程が見えていないこと」
「ふうん」
「喜ばないのね」
「なにが?」
「あなたが勝つって言っているのよ? 私がそう言えば、かつての仲間は大喜びしたものよ」
「そりゃ、勝つか負けるかわからないぐらいに拮抗してればそうだろうな」
「あなたは違うの?」
「だからそれを確かめに行く」
勝敗がわからない戦い?
そんなものはまだここにはない。それぐらいのことは空気を嗅げばわかる。強者というのはどんなに気配を消していたって焦げた臭気を感じさせる。お互いの存在感のぶつかり合いがそんな錯覚を生み出すのだ。
それは霧に占ってもらわなくてもわかることだ。
千鳳は言葉通り、一時間もかからずに目的の市内に入った。
そこからさらに五分ほど走らせて目的地近くで止まらせる。
「明日は休み?」
「はい」
「なら、この辺りで時間を潰していてくれ。待てなくなったら帰ってもいい」
「そんなことをしたら怒られます」
「なら、怒られない内に帰れるように努力する」
「あの……ここでなにを?」
「秘密のパーティ」
顔をしかめる千鳳に別れを告げて少し歩いてから、霧を路地裏の影に誘い込んだ。
「なに?」
「ダンジョンにいる連中に顔を覚えられたくない。だから変装をしたいんだけど、付き合ってくれる?」
「付き合うって……」
「実はもう用意してある」
「どういうこと?」
「これ」
「……なにそれ」
「テーマはアメコミヒーローのサイドキック」
「最低」
そうか最低なのか。
悪くないと思うけどなぁ。
「車で着替えればよかったんじゃないの?」
「魔法で目隠しするから大丈夫だって。それより、この格好をあの運転手に見せたかった? 俺は大丈夫だけど」
「……いや」
「なら、ここで」
「…………」
不貞腐れた霧と二人で着替える。
俺は以前と同じライダースーツと鬼骸骨風ヘルメット。
で、霧なんだけど俺と同じぴっちりライダースーツに目元を隠すアイマスクを着用させている。
体のラインがはっきり出るから貧富の差も明白だね。
「どうしてセクシー路線なの?」
「ゴテゴテの方がよかった?」
「そっちの方が完全に隠せそうよね」
「なら、プレデターっぽい奴も作ってるからそっちに……」
「待って」
アイテムボックスを開いたところで止められた。
「待って……………………わかった、これでいい」
「オッケー」
というわけでこの格好でダンジョンに向かった。
「このまま目隠しの魔法を使って中に入るから、あんまり声とか出さないようにな」
「待って。それならどうして今から着るの?」
「さすがに戦闘中も誤魔化し続けられるかどうかわからないし。……それとも、ここにいる連中に顔を覚えられたいか?」
「織羽。あなた、ここを誰が独占しているか知っているでしょう」
「そりゃ、軽くでも情報を漁るぐらいはするさ」
冒険者ギルドアプリには地方ごとの意見交換の場がある。独自の略語が使われているけれど、その中でここのダンジョンについては『K多し』という情報が目立つ。『K』というのが最初はなんなのかわからなかったが、ログを漁っている内に海の向こうにいる特定の国の人々なのだということがわかった。
どうやら異世界帰還者というのは日本だけでなく海外にもいるようだ。まぁ日本だけ特別というのもおかしな考え方だよな。
それでさらに気になって調べてみると、在日外国人が多いイメージの地域にあるダンジョンなどはだいたいその国の異世界帰還者連中に占拠されているのだという。
「織羽って外国人が嫌いなの?」
「うん、別に」
「それなら、どうしてわざわざここを選んだの?」
「うーん、特定外国人に政治的な思考で好き嫌いは別にないかな。でも」
「でも?」
「わざわざ他人の国でそういう独占とかするのってさ。『力で奪い取ってやったぜ』的なドヤ感があると思わない?」
「え、ええと……そうね、そうかも」
「それをドヤり返すのって、すごく面白いと思わないか?」
「……あなたの性格が悪いのはよくわかった」
「お褒めにあずかりうんぬんかんぬん」
目的地が見えて来た。指示しなくても霧は黙り、後ろから付いてくる。
建物と建物の距離感が広く、なんとなくゆったりとした空気が夜を漂っているのだが、その周辺だけはひりついた空気がある。
そこはかつては家畜小屋だったのかもしれない。
車がなければ移動もままならない地域なのでそこにも車が何台も止まっている。
それだけでなく簡易テーブルがいくつも置かれ宴会が行われているようだ。甲高い外国語がアルコールに焼かれて飛び交っている。
ダンジョンの入り口は家畜小屋の中にある。
入ってみると、かつては牛か豚かが飼われていたのだろう柵などがあり、入り口は中央部分に出っぱなしになっていた。
地元にあったアプリを使って解除する魔法的な隠蔽などは破壊されているようだ。
人はそこそこいるが冒険者ギルドの職員らしき連中は一人もいない。
本当に好き勝手やっているんだな。
しかしこれなら記録にも残らないから楽でいい。
俺たちはそのまま入り口に足を踏み入れた。
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