23
「白魔法ってどうやって身に着けるの?」
朝はまだ来ない。
早めの朝食だと雑炊を三回おかわりしたところで霧に質問された。
その顔は呆れている。
「お、やる気になったか?」
「少しは。……でも、なにをするの?」
「まずは瞑想だな。無自覚で行っていた部分をなるべく意識して行うようにするため精神世界を旅してもらうことになる」
「……なんだか急に胡散臭くなった気がする」
「もっと胡散臭いことを体験した後だろ?」
「そう言われればそうね」
「集中できる邪魔の入らない空間が必要だし、しばらくは俺が監督してないと変なところに精神が迷うと困るし……俺の部屋ができるまではお預けかな?」
「あなたの部屋?」
「そっ。嫌なら別の場所でもいいけど」
「……別にいいけど」
「なんだよ?」
「あなたって、どうして男言葉なの?」
む、ついに来たかその質問。
「やっぱり変かな?」
「変」
ううん。言い切られてしまった。
とはいえ女性っぽい喋り方にいきなり変えるというのもなぁ。
「うん、慣れてくれ」
「もう……困るのよね。ときどき、変な気分になるから」
「なんだって?」
「なんでもない!」
なんだかブツブツ言っている霧に首を傾げ、特に話題も思いつかなかったのでだらだらとスマホを見て時間を潰した。
「そういえば、なんでこの時間にここにいるんだ?」
「言いたくない。そっちは?」
「プチ家出だって言ったろ?」
「…………」
「なんで怒ってるんだ?」
「怒っていないわよ」
「そうか?」
「そうよ」
「ならいいけどさ」
わからん。女……いいや霧の考えていることがわからん。
クラス委員長なんてやってるんだから優等生なんだろうと大雑把に思っていたら異世界帰還者だし……いや、それは性格とは関係ないか。とはいえこんな夜中に出歩くのは優等生のイメージとは違うよな。
それにいまここにいる霧は、学校や他の異世界帰還者仲間といる時とはまた違う暗い表情をしている。
学校でこれからは名前で呼び合うって話し合っていたのにさっきから「あなた」だしな。
気にならないと言えば嘘だ。
「あっちで嫌な目にでもあったか?」
「戦国時代がいい世界だと思う?」
「そりゃ、いい世界ではないだろうな」
「あなたは?」
「魔王を一人で倒して来いっていう世界」
「それも……ひどいわね」
「だろ? ……まぁ、不幸自慢はきりがない」
「そうだね」
「だが、喋ってすっきりしたいことがあるんなら聞くけど?」
「…………」
「なんだよう。もったいぶるのかよ」
「織羽が話してくれたら話すわ」
「なにを?」
「あなたの身の上話」
「うーん……」
「話したくない?」
「いや……あんまり感情が入らない感じでもいいなら話すけど?」
「それでもいい」
いいのか。
話すのは織羽の身の上話だからな。記憶はあっても感情はない。
だからエロクソ爺の執念から始まる封月織羽の不幸な家族模様を淡々と話してみた。
最初はぼんやりと聞いていた霧だったが、その顔つきもやがて引き締まり、最後には頬がひきつり痙攣していた。
「ごめんなさい」
そして遂にテーブルに額を付けんばかりに謝られてしまった。
「どした?」
「私が軽率だった。他人よりも自分の方が不幸なんて……」
「不幸なんて体感でしか測れないんだからいちいち謝ることでもないさ」
「でも……」
「実際、いまの俺がやられっぱなしになっていると思うか?」
これからきっちりと復讐ターンを始めるんだ。
「あ」
「爺さんのボケを治して、財産を俺の好きに使ってやる。な? こうなってくるといい人生だろう?」
「…………そうね」
「どうせ、いま用意してる俺の一人暮らし用の部屋だって普通じゃないんだろうぜ。よかったら一緒に住むか?」
「え?」
「なんか、家を出たそうな顔をしているからな。心配すんな。あっちから持って帰って来たお宝もある。俺の人生十回くらい繰り返しても余るぐらいの金になるぞ?」
まぁ、まだ換金方法を見つけてないけどな。
冒険者ギルドで換金できるか試してみないと。
「いいの?」
「もちろん」
「にっ」って感じで笑ってみせると霧が驚いたみたいな顔で固まってしまった。
「だから、改めてあの約束の履行を求める」
「約束?」
「名前で呼ぶって話だよ、霧」
「あ、ああ……そうね、織羽」
そう言って俺の名前を呼ぶ霧は気恥ずかしそうで、なんだかこっちまでドキドキしてしまった。
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