22
「じゃっ、お前らはこのまま警察で自首して来い」
ダンジョンから出たところで俺はそう命じた。
「異世界関係のことは喋るな。無駄に裁判を長引かせるな。刑が決まった段階で洗脳は解けるようにしておく」
「わかった」
辰たちの顔色が青いのはこれからの自分の運命を考えて悲観している……だけではないだろう。
どうもさっきの俺のやり方が圧倒的過ぎてビビっているようだ。あの程度でビビられても困るんだがな。
なにしろ全然スカッとできてない程度の攻撃だ。
「なぁ?」
「なんだ?」
「姉御は異世界で一体、どんなことをしてきたんだよ?」
「そうだな……お前らより、ちょっと深めの修羅に遭って来ただけだよ」
辰の質問にニヤリと笑って答えると青い顔をして震えあがった。俺の笑顔に記憶でも透けて見えたかな? いや、素直に殺気でも出てたのかもしれないな。
「洗脳が解けても完全な自由になったとは思うなよ。俺は見てるからな」
最後にもう一度脅すと、連中は何度も首を縦に振ってからすし詰め状態でミニバンに乗って警察に向かった。
そしてライダースーツ姿をやめた俺はさて……と考える。
現在は深夜……というかもうすぐ早朝という時間だ。
家にはもう帰らないと決めたのでエロ爺が部屋を用意するまでは帰る場所がないが、ここは世界有数の治安を誇る日本、数日程度なら誤魔化す方法はいくらでもある。マンガ喫茶生活をしてみるのもありか? あ、会員証をどうするかな? ……どうにでもできるな。
とはいえ今日はもうファミレスで時間を潰すでいいやと眠りに沈んだ街を歩き、誘蛾灯のように明かりを漏らすファミレスへとふらふらと入っていく。
静かだが客がゼロというわけでもない。「お好きな席にどうぞ」という言葉に従ってきょろきょろと見回していると奥まったところにある四人席の光景が見えた。
そこだけ騒がしく声が聞こえてきたのも視線が流れた理由だ。
軽薄そうな男二人組がナンパをしているようだった。大学生……いや、少し年かさのヤンキーかな。そんな感じの二人だ。
一人は向かいの席に座り、一人は逃げ場を塞ぐように立っている。それで相手の女性の顔が見えなかったのだが、なんだか予感がしてじっと観察していたら迷惑げに顔をしかめたまま無視している姿が見えた。
「なんでこんな時間にいるんだ?」
お前が言うなというセルフツッコミを無視しつつ、そのテーブルに向かう。
「おまたせ」
立っている男をぐいと押し退けて待ち合わせをしていたみたいに声をかける。
女性は驚いた顔で俺を見た。
俺も極上の笑みでその視線を受け止める。
「あなた……」
「ごめんごめん。抜け出すのに手間がかかった」
「あ、なんだ?」
「うわ、レベル高ぇ!」
「お、ほんとだ! ねぇねぇ、君も一緒に俺らと遊ばない?」
うん、やっぱりナンパだな。
こいつに目で尋ねても否定しないし。
「ねぇ、どう? 俺ら車出せるよ」
「こんなところにいないでさ、いい店知ってるからいかない?」
「……あのさ」
女性を相手にするにこの積極性は学ばなければならないなと、かつてはコミュ障気味なゲーマー&ラノベ読みだった俺は思うのだが、だからといってこちらがいい顔をしてやる理由もないわけで……ほんとうに男女の付き合いというのは難しい。
「なになに?」
「こっちのレベルを高いって感じるってことはさ。お前らのレベルが低いってことだろ?」
「なっ⁉」
「適正レベルは大事だぞ。ほら失せろ」
「お前っ!」
立っている奴が頭に血を昇らせて威嚇しようとして来る。
その前に俺の方から顔を近づけて軽く威嚇した。
ごく浅い殺気のつもりだが、殺し殺されな世界から縁遠い日本人には抵抗力がない。即座に顔を青褪めさせた。
「うっ……うぁ……」
「失せろ。二度目はないぞ?」
「ぐっ……うう……」
「お、おい?」
「うあっ!」
「おい!?」
悲鳴を上げて逃げ出した仲間を追いかけて座っていた方も離れていく。そのまま店を飛び出したものだから店員が食い逃げだと慌て始めた。すまん。だけど漏らさないギリギリを狙ったし、明らかな迷惑客を放置してたんだからそれは受け入れろ。
「なにしたの?」
「睨んだだけだよ」
疑わし気に俺を睨んでいるのは瑞原霧だ。ナンパを受けていたのは彼女だった。
ドリンクバーのジュースを片手にハードカバーの小説を読んでいたようだ。本のタイトルはブックカバーがあるからわからない。タイトルがわかっても知ってるとは限らないけどな。俺、以前はラノベしか読んでなかったし。
とはいえ読書少女を気取るにしても夜が遅すぎる。
「こんな夜中になにをしてるんだ?」
「あなたこそ」
「たしかに。座っていい?」
「どうぞ」
「よかった。朝まで時間潰さないといけなかったんだよな」
「帰らないの?」
「実家は飛び出してきた」
「は?」
「ああ、家出じゃない。たぶん。爺さん公認だし。あっ、ちゃんと血は繋がってるぞ」
「なに言ってるの?」
「爺さんが一人暮らしの場所を用意してるんだけど、準備が終わる前に我慢できずに飛び出して来たってこと。おかげで数日は家なき子だ」
「ふうん」
「感心なさそうだな」
「あなたのことだから心配なさそうだし」
「まぁ、身の危険があったのはそっちだしな」
「あの程度の男たちにどうにかされるほどは弱くないわよ」
「だろうな。なら、なんで無視してたんだ?」
「…………」
俺の質問に霧は唇を尖らせて押し黙った。
怒った?
まぁいいや。なにを食べようかなっと……。
「ねぇ」
「うん?」
「あなたは……おかしく感じないの?」
「なにが?」
「異世界から帰ってきて、すんなりいまを受け入れられているの?」
そう言った霧は疲れたように眼鏡をはずした。
「わたしはまだちゃんと受けいれられていない気がするの。あっちにいた頃はあんなに帰りたがっていたのに」
「うーん」
それを言い出したら、そもそも俺は肉体そのものが切り替わったからな。
違和感なんてずっと付きまとっている。
「グダグダと考えないように訓練したからな」
「訓練?」
「ああ」
あっちの世界に行ったら虫は言いすぎだが小動物だって殺したことがないような現代人が、犬猫どころか人間サイズかそれ以上の動植物をばったばったとぶっ殺して回っていたんだ。そんなものに慣れるのだってまともなことじゃない。
「どんな状況だろうと思考を平静に保つための訓練だ。それのおかげかも。後は……」
「後は?」
「なにをしないといけないか。常に目の前に目的をぶら下げているからな」
織羽の家族へのやり返しとか、ダンジョンとか、それの調査とか、他にもいる異世界帰還者とか。アイテムボックスとダンジョンの差異を理解できれば俺もダンジョンが作れるようになれるなとか。魔神王の肉体や魂の再利用法とか。どうせこっちに戻って来たんだからガンカタみたいな銃を使った近接戦闘法を開発してみたいなとか
「人参ぶら下げられた馬みたいに突っ走ってたら、そんなことを考える暇もない」
「そっか」
「そもそも、だ。いまの状況って、俺たちが帰りたがってた元の世界か?」
実は異世界帰還者はたくさんいます。
そいつらは冒険者ギルドに集ってダンジョンに挑戦してます。
そんなのが、俺たちが見ていた現代の光景か?
「帰って来た先も実は異世界でした……とか考えてみたらどうだ? 案外気が楽になるかもな」
「あなたはそう考えているの?」
「まぁな」
なにしろ元の俺の人生には戻れないことが確定しているからな。
ある意味、異世界で間違いないだろ?
ただ……俺の場合はもう帰れないんだと諦めることができるが、霧はそういうわけにもいかない。
そこが問題なのかもしれない。
「そっか……」
眼鏡を外したままの霧は無防備な素顔を晒し、焦点の合わない瞳をガラスの向こうに向けた。見ているのは夜に沈んだ街か、それとも反射で映った自分の顔か。
「あなたって……変わったの?」
「まぁ……変わっただろうな」
異世界に行った段階でそもそもの自分とはかけ離れた強さを心身共に身に着けた。その上で戻って来たら別の肉体に入った。元の肉体はすでにありませんと来た。
コミュ障ラノベ読みが大量の師匠に揉まれて修羅場をくぐったんだ。
性格は当たり前に変わったし性別さえも違ってしまった。
俺は俺だというという信念があったとしても変わったことそのものは受け入れるしかない。
そうか。
そういうわかりやすい変化がないからこそ、霧は思い悩んでいるのかもしれないな。
「あなたは強いのね」
「違う。もう逃げられないだけだ」
逃げようもない。
どこに逃げろって言うんだ?
いや、もしかしたら元の自分に戻ることを考えないようにしていることこそ、逃げなのかもしれない。
「逃げ道がわかっているんなら、逃げたっていいんじゃないか?」
「あなたなら逃げる?」
「逃げるね、全力で逃げる」
「そう」
俺が少しおちゃらけてそう言うと、ようやく霧は少しだけ笑った。
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