21
夜になった。
家に帰るなり部屋にあった私物の類は全てアイテムボックスに放り込みすぐに出る。
今朝のやりとりに延長戦があるのかどうかはわからないが、あった時に面倒くさいし、さすがに織羽の血縁だから物理的にひどい目にあわせるのも気が引ける。
まっ、やられたらやり返すがね。
とりあえず現状はドヤるタイミングをうかがっている状態だ。近々エロ爺が動くだろうしするのはそのときだろう。
というわけでもうエロ爺が部屋を用意するまで家には帰らない。めんどうくさい。視界に入っていない内に全滅とかしててください。
そして今夜はダンジョンに挑戦だ。
人目を避けた場所でミニバンと運転手役を出して市内にあるというダンジョンに向かう。
ダンジョンは冒険者ギルドビルから少し離れた場所にある解体工事中のビルにあった。防音シートの灰色に覆われたそのビルに洗脳状態の村上辰らに紛れて入り込む。今回は俺が入った記録を残したくなかったので連中の中で気配を消しておく。
解体工事の途中で放置されたような空間だが、視覚遮蔽の魔法の向こうに何人も隠れているのがわかる。廃ビルの雰囲気そのものは魔法による幻なのだろう。
「…………」
先頭に立たせた辰が無言のままスマホから冒険者ギルドのアプリを起動させ、折れた柱に押し付ける。自動改札を通るときの要領だ。折れた柱にはギルドアプリと同じマークが彫られているから、あれが目印なのだろう。
その瞬間、辰の前に光の玉が現れる。あれが入り口か。ダンジョン本体は亜空間のような場所にあるということか? アイテムボックスと同じ理屈かもな。
でもあっちは原則生物不可なんだけどな。
その違いを突き止められたら大発見かもしれないな。しばらくは【鑑定】全開にしておくか。
光の玉へと足を踏み入れると、そこは暗い空間だった。
前回の遊園地の迷路のような雰囲気ではない。苔むした石造りの壁に覆われているが古城の地下通路のようだった。
辰たちはアイテムボックスから武器や防具を出して準備を始める。
誰かに見られて素顔を覚えられても面倒なので骸骨ライダーの姿になっておく。これはこれで立派な防具だからな。
まずはダンジョン全体を【鑑定】
インスタントダンジョンでもやっておくんだったな。こんな基礎的なことをド忘れしてしまっていたんだ。案外あの時は混乱していたのかもしれない。
『デミアストリアス人形城』
#####世界の大魔導士デミアストリアスが作り出した移動式迷宮要塞。内部兵力構成は機密事項。開示にはコードが必要。コードを入力しますか?
『移動式迷宮要塞』
亜空間トラップの一種。通路の一部に設置して敵対兵力を誘導する魔法的防御機構として開発された。
おおう。開示にコードが必要?
#####は神が介入していそうだが『開示にコードが必要』の部分は開発者かその関係者が関わっているだろう。
すごいな世界記憶に干渉する方法があるのか。俺がいた異世界よりも発展した魔法文明を保有している世界があるってことだよな。
なかなか油断できないな。
さて……どんな敵に出迎えられるのか。
「ここっていつもこんな感じか?」
「……ああ」
質問すると辰たちは当たり前に答える。
連中は俺に支配されたという状態を素直に受け入れている以外はいつも通りに行動しているつもりだ。
「このダンジョンは城を模した作りをしている」
「すべてのダンジョンがそうなのか?」
「違う。インスタントダンジョンは迷路が多いが、ダンジョンの形はいろいろ違う」
「へぇ。で、お前らはここをどれぐらい攻略してるんだ?」
「中盤ぐらいだと思ってるが……」
「ゴールがわかってないから当て推量しかないか。よし、準備ができたら行けるところまで行け。大丈夫、心臓と脳が残ってれば治してやれるから」
「「「「おうっ!」」」」
辰たちの準備が整い、ごり押し攻略を開始する。
どうもこの入り口部分は安全地帯のようでモンスターの気配はなかった。だが、行き当たった場所にあるはしごを昇るとすぐに襲撃が始まる。
【鑑定】でチェック。
『人形兵』
デミアストリアス人形城に配置されたゴーレム型魔導兵器。能力は低いが生産性が高い。
小盾と小剣を持った小回り重視の兵士が群れとなって襲いかかってくる。
はしごを上がってすぐというところが性格悪いな。
とはいえ辰たちにとっては予想通りだったようで大盾構えた防御の得意そうなのが最初に上がって攻撃を受け止めている間に他の連中がはしごを昇り終え、態勢を整えてからしっかりと反撃を始める。
辰が戦斧を振り回して暴れ回れば人形兵はなす術もなくあっさりと潰されていく。
こんなヤンキー集団でも魔法補助役や回復役が揃っているんだから不思議だ。
「さすがにこの辺りは楽勝か」
「なぁ、【転移】で攻略途中のところに行くこともできるんだぜ?」
辰が淡々とした声で言って来る。
洗脳のせいで感情が半減しているがこれぐらいの質問はしてくる。
辰が言っているのは公英たちが帰還役とか言っていた魔法使いの使う魔法だろう。
「ああ、今回は良い。ダンジョンを一から見てみたい」
「わかった」
それからは怒涛の攻めを行う辰を後ろから援護し続けた。公英たちに求められている役割を演じるためにもこれはいい練習になる。
ぶっちゃけると、俺ってパーティプレイってほとんど経験してないからな。
軍隊行動はパーティプレイとは言わないだろ?
師匠たちと野外訓練したのもそれとは言わない。
そして修行を終えて本格的に魔王征伐を開始した時に連れていた死霊の軍団のこともパーティプレイとは言わないはずだ。
ならば、いまこいつらとのこともパーティプレイとは言わない。
パーティプレイとはなんなのか?
哲学的な答えを求めるような気持ちで連中の傷を癒やし、能力増強をかけ、魔力の尽きた魔法使いに分けてやる。そして人形兵の残骸がダンジョンに吸収される前に俺のアイテムボックスに収納していく。
「ほら、きりきり働け。休むな。皆殺せ」
「ひぃひぃ……姐さん、勘弁してください」
「もう、無理……ちょっと休ませてください」
「ここは地獄だ」
「……いい」
辰たちが悲鳴を上げているが知ったことではない。一部新しい世界に目覚めているのがいるが知ったことではない。そしてその筆頭が辰であるという事実なんてもってのほかだ。
ていうかなんか姐さんとか呼んでる奴いたな。失敬な。
いや……悪くないか?
しかし姐さんか……うーむ。
今度、軍服でも作ろうかな。腿まであるようなロングブーツにミニスカ軍服とか。……いや、普通にガチ将校な格好もありか。
うーん、ありか、なしか。ロングブーツは捨てがたい。
「はぁ……はぁ……この先にボスがいる。ゲホッ」
吐きそうになりながら辰が目の前にある大扉を示した。
ここまで襲ってきたのは全て人形だった。人形兵士、人形神官、人形騎士などなど……人形の住まう城、という設定なのだろう。
「強いのか?」
ボス戦なら仕方ないと少々の休憩のつもりで足を止める。
「強い。オレたちはなんとか勝ったがな。ここら辺の奴はこいつを抜けなくてこの辺りでだらだらしてるのが普通だ」
「ふうん」
そういえば他の攻略者の姿を見なかったな。
「ダンジョンが賑やかなのは週末だ」
「なるほど。みんな普通の生活で忙しいわけだ」
「ああ……危ない目にあってようやく戻って来たのに、こっちでまでやばいことはしたくないみたいだな」
だから、余裕で倒せる安全地帯で無難に狩りか。
ここに来るまでの間にゲームのドロップアイテムみたいにぽろぽろと物品を落としていた。中にはインスタントダンジョンで見たような青い石もあった。
ただ、あの時のものよりもはるかに小さかったが。
あれが百万で売れたことを考えると、これらを売ったところでたいした金額にはならないのではないだろうか。
なるほど、週末の小遣い稼ぎぐらいの気分に落ち着くわけだな。
「お前は好き放題楽しんでたみたいだがな」
「それのなにが悪い?」
「事の善悪なんかしらんよ。ただ、俺の目障りになったのが運の尽きじゃないか?」
「ちっ。まったくだ」
そんなやり取りの間も俺の魔法でスタミナを回復させていたので息も整っている。
「では、倒しに行こうか」
「ああ、わかったよ」
俺の言葉に他の連中は不平を零したが、結局は誰一人逆らえない。そういう風になっているからだ。
大扉が押し開けられ、中の広間が視界に広がる。
そしてそこには鎧姿の巨大人形がいた。
「あれがボスか」
「ああとはいっても中ボスだ。あれを倒してもこのダンジョンは消えないからな」
「そうか。では行け」
「ちっ。行くぞ野郎ども!」
「「「「おおっ!」」」」
辰が叫び、皆が彼の突進に付いていく。
『人形将軍・少将』
デミアストリアス人形城の階層守護者として配置されたゴーレム型魔導兵器。人形将軍・少将は単独武力に優れている。
人形将軍・少将と辰たちとの戦いはなかなか激しかったが特に見どころもなかった。辰たちは攻略法を熟知しており、人形将軍・少将の攻撃を危なげもなくやり過ごして辰の戦斧を何度も叩き付けて屈服させた。
そして出てきたのが特大の青い石だ。
この間売ったのよりもデカい。
『■■■■』
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なんだこれ?
【鑑定】を使って何の情報も得られないのも珍しい。
「これでどれくらいだ?」
「いまだと五百万だな」
「やっぱり相場があるのか」
「ああ」
「なんに使われてるのか知ってるか?」
「いや」
「ふうん。で、こいつってどれぐらいで現れる?」
「三十分でリポップだ」
「なら、ずっとこいつと戦ってたらけっこう儲かるだろう?」
「今日は姉御の援護で簡単に勝てたが、いつもはこんなんじゃない。こいつを抜けたところで雑魚狩りしてる方が楽にレベル上げと金儲けができる」
「はん」
考え方がまんまゲームだな。
「ちなみに。この奥へ行くのにボスを倒さないといけないっていうルールはねぇ」
「うん? ていうことは倒されている間は自由に通り抜けできるのか?」
「そういうこった」
「……まぁ、フラグ管理まではしていないか」
ていうか辰め、当たり前に姉御とか言い出したぞ。
それはともかく、今回の目的はダンジョンの攻略ではない。
「よし、ここでリポップ待ちだ」
「マジか。いや、たしかに姉御のおかげで楽勝だったし、いけると思うけど」
「お前らはもう使わねぇよ」
「え?」
「さて……リポップまで誰も来ないといいな」
来たら中止。見られたくないし。次のボスまでこいつらを酷使するだけだ。
なんて考えていたんだが三十分後……誰も来なかった。
本当にみんな週末冒険者で済ませているのか。しょせんは地方の田舎町ということか?
とはいえそれなら都心周辺地には異世界帰還者が多いのではという考えは正しいのだろうか?
地面から光が湧き、人形将軍・少将がリポップする。
「どうするんだ?」
「下がってろ」
補助ばっかりっていうのもストレスが溜まる。
俺たちを認識した人形将軍・少将が突っ込んでくる。
だが、景気よく走ることができたのは二、三歩だけだ。
「っ!」
人形将軍・少将が声なく驚きを表現したような気がした。足元に突如として現れたキャリオンスライムによって足を縛られたのだ。
勢いを止められて転げる余裕もない速さでその質量に呑み込まれた。
腐肉の向こうでガキガキと鉄がひしゃげる音がする。このまま圧殺するのもいいがそれでは魔力の消費がいまいちだ。
肉体は現在再鍛錬中だからいいが、魔力は使っても使っても余っているような状態だ。こいつらに使っていた補助系の魔法では全然足りない。
一発スカッと消費したい。
「でかいのを見せてやる」
【神槍一閃】
それは結果だけを現出する。
具現化した瞬間にその巨大な槍はキャリオンスライムを貫通して内部の人形将軍・少将に届く。
「ああ、まだ足りない」
ぜんぜん魔力を使った気にならない。
槍もキャリオンスライムも消えた後には例の青い石が残っている。
それを拾って振り返ると、辰たちが青ざめた顔で俺を見ていた。
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