18


「死ねや!」


 辰が巨大戦斧を担いで突進してくる。

 大質量をものともしない速度で距離を詰め、俺を真っ二つにする勢いで振り下ろす。

 するりと避ける。


「おお怖い怖い」

「はんっ!」


 宴会場の腐りかけの畳を爆散させ、その下の床をも破壊し大穴を開ける。そんなのを喰らったらただの真っ二つでは済まなそうだ。

 即座に横薙ぎにされた戦斧も仰け反って躱す。そのままバク転で退避しよう思っていたのだが、遅れてやって来た衝撃波で体勢を崩されて壁まで吹っ飛ばされてしまった。


「軽い!」


 背中の痛みに思わず嘆いてしまう。

 自分の体が思った以上に軽い。いまだに封月織羽の感覚に慣れていない証拠だ。

 そんな俺の隙を辰は逃がさない。

 瞳に闘気の炎を宿して接近してくる。

 振り下ろされる前に指示を出しておいたキャリオンスライムの触手が間に合い、俺を絡めとって退避させる。

 戦斧は壁をぶち壊す。


「すごい破壊力だな。解体工事とか引き受けたらどうだ?」

「口の減らない野郎だな!」

「おっと」


 再び突進してからの戦斧の一撃。

 乱暴な動きだがかといって稚拙なわけではない。戦闘経験はたっぷりと積んできたようだ。


「だがな」


 キャリオンスライムの触手でその一撃を受け止める。


「ああんっ!?」


 ただの粘性生物に一撃を受け止められて、さすがに辰もショックだったようだ。

 たしかに村上辰は強い。佐伯公英を雑魚扱いする程度には強い。

 だが、どちらも俺のキャリオンスライムより弱い。

 別にいまいるこいつが珠玉の一体というわけでもない。俺にとってはアイテムボックス内に大量にある資材から作った量産品に過ぎない。俺にとってはホウ砂で作る玩具のスライムと同じぐらいの気分で作った一体だ。

 ていうか、それぐらいでなければ一人で神を殺すなんてできるわけがないだろ?

 だから……。


「ぐっ……くそっ!」


 キャリオンスライムの触手が素早く辰の体を縛り上げていく。

 一度は逃げられたが、今度はそうはさせない。戦斧を握っていた腕をまずからめとり、それから足、胴、首と縛り上げ、圧を加えていく。

 引きちぎるのは簡単な作業だ。

 だが……だ。

 俺はキャリオンスライムに辰を解放させた。


「ぐっ! くっ! うおおおおっ!」


 死の恐怖から解放された辰は叫びながら後退していく。そのまま逃げるようだったら再びキャリオンスライムに捕まえさせるところだったが、辰はそうしなかった。


「てめぇ! ふざけるなよ!」

「いやいや、ふざけるのはこれからだ」


 恐怖を振り払おうと声を張り上げる辰を前に、俺は軽く柔軟体操を始める。


「なに⁉」

「俺のトレーニングの相手をしてもらう。で、遊びつくした後でお前の命は俺のモノ、だ」


 俺の死霊魔法と錬金魔法……他にももろもろ応用しているが……それらで作った神殺しの軍団のどれを使ったとしても辰を凌駕しているのは明白だ。

 だが、それらを統率する俺はどうだ?

 魔力は昔のままなので魔法を主体で戦えば簡単だが、肉弾戦で応じようとすると一転不利になる。

 その理由は簡単。新しい肉体である封月織羽の肉体が虚弱で、戦闘に適していないためだ。

 鍛えようとは思っているし仙法の呼吸で体そのものを『起こして』はいるのだが、まだまだ鍛錬は始まったばかりで弱い。

 素のステータスで勝負しようとすれば辰は愚か公英の相手だって無理だし、明らかに戦闘要員ではない霧にだって簡単にいなされてしまうだろう。

 だが、この状況で辰を相手にすることには意味がある。

 仙法の本義は己を鍛え、魂と肉体を人から神へと昇華させることにある。それを使って虚弱なこの体を急成長させるつもりだ。

 そして仙法というのは相手がいる方が高い効果を得られる方法がある。


「さあ来い。遊んで遊んで遊びつくしてやる」

「ざけんな!」


【合気・夜嬢公主】


 突っ込んでくる辰を相手に呼吸を整えると、自ら距離を詰める。

 いままさに振り下ろされようとしていた戦斧の柄にそっと手をかけると前に引き倒す。前方へと重心が移動していた辰はその流れに逆らえない。


「ぐえっ!」


 辰は荒れた床の上を滑り、キャリオンスライムの本体に受け止められた。


「ぐぐ……てめぇ……っ!」


 顔を上げた辰は眼前にあるキャリオンスライムの内部に取り巻きたちが内包されていることに気付いた。

 ああ、もちろん殺していない。串刺しになったりしているがね。仮死状態で保存している。

 ただ、辰にはそんなことわからない。赤黒い半透明のスライムの中に無数の人体が封入されているのはなかなかに狂気的だとは思う。


「お前もそこに入るんだよ」

「てめぇ!」


 こっそり後ろに張り付いて囁いてやると辰は顔を真っ青にして振り返り様の一撃を振る。

 だがそれもその勢いを利用して放り投げる。

 こいつの攻撃は勢いはあってもどれもこれもが直線的だから合わせやすい。

 俺がやっているのは柔道や合気道のような相手の力を利用して投げる、という行為だ。だがもちろん、それだけでは仙法とは言えない。


「うがぁぁ!」


「おらぁぁぁぁ!」


「らぁぁぁぁぁ!」


 たしか、こいつのクラスは猛将だったか?

 その名の通りに激しい攻撃を繰り返すが、「当たらなければ~~」という名言もある通り全て躱して、そして放り投げる。

 投げられたときに戦斧に込められた勢いが反転して床や壁に叩きつけられた辰に襲い掛かっているのだが、なかなか丈夫だ。床や壁は壊れても辰は無事だった。

 もちろん、無事とはいっても体のあちこちに傷ができて血が流れているが。


「ぐぐ……てめぇ……」


 砕けたコンクリートを体中から零す辰はさすがに動きが鈍くなっている。

 もはや戦意はかなり失っている。視線は俺から外れてあちこちに飛んでいる。逃げ場を探しているのだろう。

 だが、見つけたのは別のものだ。


「おい……これは……どうなってるんだよ?」

「お前が無駄に壊してるから、外から目立たないように細工しただけだよ」

「細工……」


 信じられないと辰の顔が青ざめている。獰猛な戦意はすでに失せている。

 辰が見ているのはコンクリートの壁の向こうにあったキャリオンスライムだ。宴会場の中央に鎮座したそいつが床の下から自身の勢力を広げて宴会場の周辺を固めている。

 これで、外に光や衝撃が漏れることはない。


「お前……なんなんだよ?」

「違う異世界から帰って来ただけだよ」


 あ、これはもうだめだな。

 戦意が消え、心が挫けている。

 うーん、もうちょっと吸えたと思うんだがな。

 俺が使った【合気・夜嬢公主】は相手の攻撃を受け流しつつ、そいつの闘気を盗み取るというものだ。

 気は魔力と違って肉体に宿る。なので丹田を鍛えて徐々に気の量を増やすというのが仙法における王道なのだが、今回のように相手から気を奪い取り自分の物にするという方法も存在する。

 地球でも房中術として知られているな。あれと似たようなものだ。

 気が満ちた状態で適切に訓練すれば通常よりも劇的に肉体に作用する。こいつのおかげでこの後の肉体作りが少しは楽になった。


「とはいえお前の利用価値はまだ終わっていないんだよ。むしろこれからが本番だ」


 ダンジョンの予行演習とか研究用の素材の確保とか。

 この社会における異世界帰還者の扱いとか。

 そういうのを調べるために、お前らは利用する価値があるんだから。


「ざ、ざけんな!」


 と、辰が逃げ出そうとする。

 だが無駄だ。この宴会場はキャリオンスライムで完全に覆われていてこいつが逃げ出す隙間はどこにもない。


「畜生!」


 襖の向こうを覆うキャリオンスライムの粘体を必死に叩いている。

 だが、その程度では壊せない。


「はい、おしまい」


 俺がそう言った瞬間、辰の拳がキャリオンスライムの内部へとめり込んだ。


「うわっ!」


 引き抜こうとしたが無駄だ。逆らうこともできずにスライムの中へと引きずり込まれていく。


「たすけ……」

「む~り~」


 明るくそう言い切り、俺は彼に向けて手を振った。



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