15
フォーチュン:瑞原霧。
サモン:柴門アヤ。
ソード:佐伯公英。
三人とともに移動したのは四階。エレベーターの案内には会議室と書かれている。
だが、その実態は飲食店だった。
「会議室っていうのも嘘じゃないのよ」
「なんだこりゃ?」と呟いた俺に霧が説明する。
「ここは帰還者同士で内密の話をするときに使う空間なの。ただ、食事もできるっていうだけ」
「だけっていうか……全席個室の居酒屋みたいな雰囲気だが?」
「……そういうお店にはまだ入れないから知らない」
酒さえ飲まなければ入れるらしいが……霧の白々しいセリフはとりあえず放っておく。別にここを作ったのは彼女なわけではないし。
「さて、まずは金額の分配から始めようと思います。いいかな?」
「どうぞ」
「ありがとう。それじゃあ、今回はイレギュラーにパーティ外からの参加者があったので、とりあえずいつものパーティでの分配方法を説明します。それに問題があると思ったら言ってね。あと、もしかしたら知らない用語とか出るかもしれないけど、それは後で説明するから」
「了解」
「まず……いつものようにパーティ維持費として報酬の一割を取ります。後はわたしの能力によって今回のインスタントダンジョンは見つかっていますので発見分として一割をもらいます。次に戦闘には参加できなかったけれど、パーティへの参加分としてサモンとわたしに一人五分、二人で一割をもらいます。残りは実際に戦闘したソードとイングで分けてもらうことになります。つまり、一人三割五分……三十五万円だね。これでいい?」
つまり……。
イング(俺)が三十五万。
ソード(佐伯公英)が三十五万。
フォーチュン(瑞原霧)が十五万。
サモン(柴門アヤ)が五万。
パーティ維持費が十万で計百万か。
「金は問題ない。インスタントダンジョンというのは?」
「うん。その辺りはご飯食べながらでもいいかな?」
そう言って、霧は注文用のタブレットを手に取った。
ここで出される料理や飲み物は三階にある店と同じものだという。
こんな形で居酒屋デビューすることになるとは思わず、内心で少し感動しながらやってきた寿司と串焼きの盛り合わせを眺め、ジュースで乾杯した。
アヤはただ一人の成人だが車で来ているので飲めないと嘆いていた。
「それで、インスタントダンジョンだったね?」
「ああ」
「まず、いまこの地球上には多数のダンジョンが現れたり消えたりしているの」
「……それ聞いた時点で頭が痛くなってくるな」
地球上?
つまり、世界中のどこでもってことか?
「わかるわ。そんなことになっているなんて思いもしなかったでしょうね。でもこれはわたしたちが異世界に行く前からあったこと。つまり、この星はとっくに異世界の影響を受けていてわたしたちがそれに呑み込まれたのはそこまで珍しいことでもなかったっていうこと」
異世界から帰還したということがそれほど珍しいことではないと釘を刺したいのだろう。『この程度でエリート意識持つなよ』と言いたいのかもしれない。
「ありがとう。とても気が楽になった」
「どういたしまして。とりあえずそれが大前提。で、ダンジョンなんだけど二種類あるの」
そう言って霧は指を二本立てる。
「一つはあなたがこの間体験したインスタントダンジョン。遭遇すれば内部で戦いになってボスを倒せば終了。でも、挑戦者がいなくても半日もすれば消える。その時には中に入っていた人たちも外に押し出される。中で死んでいたら行方不明になるらしいけど」
「もう一つは?」
「ノーマルなダンジョン。ボスを倒すまで消えない」
「出現以外の差は?」
「ノーマルダンジョンの方が敵が強くて、その分儲かるわ。でも、ライバルも多い」
ライバル。
他の異世界帰還者たち。
「そいつらもチームやらパーティやらを作っているのか?」
「大雑把にだけど十人以下がパーティ。複数のパーティで同盟を組んでいたりその時々でメンバーを交替しているのがクランと呼ばれているわ」
「オンゲーみたいな感じだな」
「そうね」
「有名なダンジョンとかクランとかはあるのか?」
「ええ。日本最難関のダンジョンと呼ばれているアキバドルアーガとそれを攻略しているクラン・ナムコスがどちらも有名よね」
「…………」
「どうかした?」
「ちょっと……脱力してるだけだ」
どっちもネタ臭しかしないんだが。
「気持ちはわかるわよ」
と頷いたのはアヤだ。
他の二人はわかっていない。きっとそっち側ではないのだろう。
「なら、この近くでそういうダンジョンは?」
「アプリの機能で検索できるけど、この辺りでずっと残っているダンジョンとなるとすぐ近くにあるわ」
「そこに挑戦はしているのか?」
「ちょっと、わたしたちではまだ実力不足なのよ」
「メンツが足りない。回復がいないとキツイ」
「了解。だいたいわかった。後は実地で理解していく」
「そう。それで……うちのパーティに入ってくれるとうれしいのだけど」
と、霧が提案して来た。
「お前のバフ、すげぇ助かったんだよ」
「うちはまだ弱小だけど、あなたがいてくれたら強くなれるの」
と、三人がかりで説得が始まった。
「いや、別に入るのは構わないんだけど一つ条件があるかな」
「なに?」
「ここのダンジョンを攻略したい」
「それは、わたしたちだってやりたいけど……」
俺の提案に霧は言葉を濁らせる。
「だからメンツが足りないんだって」
「正確には後なにが足りない?」
「なにって……回復と帰還役?」
「帰還役?」
「インスタントダンジョンなら迷子になったり行動不能になったりしても、最長で半日も我慢すれば自動で脱出できる。でもダンジョンはそうはいかない。緊急脱出とか前回の攻略部分に戻るとか、そういうことができる空間系の魔法が使えるソーサラーがいないと」
「つまり、回復と空間の魔法が使えればいいんだな?」
俺の言い方が気になったのか、三人ともが期待の目で見てくる。
「…………」
俺は串に刺さったつくねを半分に齧り、白魔法をかける。
つくねは元通りになった。
じいさんの認知症を治したことに比べれば楽な作業だ。
「おお……」
次に驚く公英の前にあった空のコップを指さし、テーブルの端へとその指を動かす。
空のコップは瞬く間にそちらに移動した。
「マジか」
「本当にできるの?」
「嘘……」
驚く三人が少し信じられない。
俺と違う異世界に行ったのだろうとはいえ、神……俺の召喚に関わった女神イブラエルの言い分では魔法の使い方にそれほど大きな違いはなさそうなんだが。
【鑑定】使ったらばれるかな?
……使ってみるか。
【鑑定】
ネーム:瑞原霧
レベル:25
クラス:占い師
ネーム:柴門アヤ
レベル:37
クラス:召喚士
ネーム:佐伯公英
レベル:43
クラス:剣士
なんだこりゃ?
軽く表面を撫でただけだが、出てきた情報が俺とは違う。
俺にはレベルもなければクラスなんてない。
試しに自分のステータスを確認する。
個体名:封月織羽(イング・リーンフォース)
性別:女
状態:良好
筋力:2
速力:2
体力:3
知力:6
魔力:99999
運力:25
おい、この間と表示が違うぞ。個体名が封月織羽になっているし、なにより性別が女!
状態が良好ってことは憑依ではなく魂が肉体に馴染んだってことか?
能力値が上がっているのは、最近あれこれ動いているからな。下がりようもない状態だったんだから後は上がるだけだろ。
いや、俺の変化はとりあえず置いておくとして、俺のステータスと三人のそれとの違いだ。
違う異世界だからっていうのとはまた違う気がするな。
そういえば最初に公英が俺のことを『バッファー』とか言っていたし……これは要観察だな。
「まさか、あなたが賢者だったなんて!」
「うん、ああ……まぁな」
賢者……いろんな魔法が使える奴のことだよな?
たしかに、それっぽいか。
「とにかく……これならいいよな?」
「ええ、もちろんよ!」
「やっと私たちもダンジョンに入れるわね!」
「もうあいつらに馬鹿にさせねぇぜ!」
「あいつ?」
と、俺が首を傾げたところで個室のドアから中を覗いていた奴が開けやがった。
中にいるのが仲間かどうか確認してるんだろうと思ったが違ったみたいだ。
「ようお前ら、こんなところでなにしてるんだ?」
乱暴そうな男が馬鹿にする目で俺たちを見る。
公英の舌打ちで俺はこいつが『あいつら』の一人なんだろうと察した。
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