08
フォーチュン「……ソード。三十分後に国道〇号線の伐伐トンネルに向かって」
ソード「三十分後! また急だな。ダンジョンなのか?」
フォーチュン「それもあるけど、なにか変なの?」
ソード「変?」
フォーチュン「いつもとなにかが違う。もしかしたら、なにか、出会いがあるかも」
†††††
殺してないよ。
さすがにね、いきなり日本に帰ってきて虐殺なんてしないわな。
そんなあっさり殺すなんて、どれだけ価値観を異世界に侵食されてんだって話だよ。
とはいえ実際に痛い目にはあわせている。
その上で白魔法で回復して、気絶している間に大学生の一人を催眠操作して大草原三姉妹をその中の一人の家に送り、残りは放置しておいた。
色々出していた道具類は錬金魔法で素材に戻してアイテムボックスに回収したので連中が体験したことの名残は何も残っていない。
とはいえ「嫌な夢を見た」とさっぱり気分を切り替えられても困るので全員にミミズ……キャリオンパラサイトを寄生させている。
あいつらが本気を出したらどうなるかはすでに実演している。
さらに織羽に何かしようとしてきたり、今夜のことを忘れそうになったりしたら視界の端にミミズや白ムカデ……ボーンセンティピードの姿が映るようにしておいた。
あの状態でさらに何かをしようという根性があるなら、むしろ称賛に値する。
「とはいえこれで一段階」
そう。あくまでも一段階。
眼前のいじめはなくなったが、問題の根本原因がなくなったわけではない。
とはいえいまの俺にはそれを跳ね除ける度胸と力がある。まぁゆるゆるとやっていくとしよう。
帰って来たばかりで片づけないといけない問題が山ほどある。
優先順位を付けて片づけていくとしよう。
「まずはこの髪をどうにかするかな」
錬金魔法の師匠ファナーンがなにか美容用品を送ってくれると言っていたからそれ待ちだろうか。とりあえず自前でトリートメントとかを試すべきだろうか。
そんなことを考えながら車窓の光景を眺める。催眠操作中の大学生は安全運転で俺を実家に送り届けている。
カーン、と。
高い音をさせてバイクが追い抜いていった。
バイクのことはよくわからないが、細い見た目からそれほど馬力のあるタイプとは思えなかった。走り屋仕様の車が安全運転をして、軽量のバイクに抜かれていく。その事実がちょっと面白くて長い髪の奥で俺は笑う。
バイクは先にあるトンネルの中へと入り、そして消えた。
「うん?」
トンネルは直線で暗めのオレンジの光で照らされている。見失うほど長いトンネルでもない。
「なにか変だな」
と呟いたが、俺は運転手に車を止めさせず、そのままトンネルに入っていくに任せた。
なにかが起こるなら、起こった後で対処すればいいと思ったのだ。
実際、トンネルに入ってすぐに変化は起きた。
「止まれ」
俺の命令に運転手が従い、路肩に寄せて止める。
だが、すぐには車から出なかった。少し前にはさきほどのバイクが止まって、バイクから降りていた。
フルヘルメットで顔は見えない。来ているのはライダースーツではなくブレザー姿だった。高校生なのだろう。
「さて……?」
中は、暗い。トンネルの照明は失われ俺の乗る車のライトだけが闇を開いている。後続車がいたはずだがいつまで経ってもそれがやってくることはなかった。
「まったく……帰って来たらこういうのとはおさらばできると思ってたんだけどな」
肩をすくめて状況を嘆くと車から降りた。
「っ!」
出てきた俺を見て、ヘルメットの高校生は少しだけ仰け反った。サダコヘアにビビったか。失礼な。制服のままだぞ。
「……なぁ、あんた、人間だよな?」
「それ以外のなにに見える?」
「いや! その髪を何とかしてから言えよ、そういうのは!」
「お前には関係ない。それで、これはなんだ?」
「なんだって……ていうか喋り方男らしいな」
「知らないなら知らないと言え」
「知ってるよ!」
挑発に弱いな。
「ここはダンジョンだ」
「ダンジョン?」
「知らないか? ゲームなんかであるモンスターが潜んでる地下迷宮」
「それは知ってる。それで、なんでここがダンジョンなんだ?」
「そりゃあ……」
……と、ヘルメットが動く。背後から迫っている気配に気づいていたか。
奴の背後から迫っていたのはゴブリンアサシンだ。ゴブリン種族の中では上位の戦闘職だな。
だが、気配を殺して一撃必殺を狙ったゴブリンアサシンの一撃をヘルメット離れた動きで避け、しかも躱しざまにその胴を薙ぎ払った。
さっきまで持っていなかった剣で。
「アイテムボックス持ちか」
「アイテムボックスを知ってるか。なら、あんたがうちの占い師が言っていた出会いって奴か」
「占い師?」
「来いよ。あんたも異世界帰りなんだろ?」
少し考えたがヘルメットの手招きに応じた。
「どっちにしろ、このダンジョンを攻略しないと脱出はできないからな。それまでは共闘しようぜ」
「なら、見学させてもらおう」
「いや、手伝えよ」
「いい所見せてくれよ、先輩」
「ちっ、調子狂うなぁ」
肉体年齢的にはどうかわからないが精神年齢的にはこちらが上のようだ。掌で踊ってくれている感触に俺は髪の奥で微笑む。
後に付いて進むとトンネルにはあるまじき急角度のカーブがあった。幅は、車一台分がなんとかある程度だが、カーブの角度が車を想定していない。
その角を曲がるとさらに複雑に分岐している様子だった。
「遊園地の迷路みたいだな」
「そんな呑気なことを言ってられるのはいまの内だけだぜ」
そんなやり取りをしている間に角から現れたモンスターが襲いかかって来た。
襲いかかってきたのはゴブリンばかりだった。
どうもこのダンジョンとやらは連中の巣のようだ。
「ていうか! お前! 本気で手伝わない気かよ!」
前で一生懸命に剣を振りながらヘルメットが吠える。
「なにを言う。こんなに頑張って応援しているというのに」
「どこが!?」
「俺のこんな熱い気持ちが伝わらないなんて、お前は冷たい男だなぁ」
「立ってるだけだよな! さっきから! ずっと! むしろ見た目がホラーなんだからやめろよ! 動けよ! 怖いんだよ!」
「ひどい言われようだ。傷ついた。もう動けない」
「むかつく!」
「やれやれ、会ったばかりなのにとんだ甘えん坊さんだ」
おちょくるのもこれぐらいにして、俺は黒魔法を使ってヘルメットの肉体を強化する。
「お! お前バッファーかよ」
魔法の感触にヘルメットが嬉しそうに叫んだ。
まさか緩衝液や調停人のことではないだろう。
RPGにおける補助魔法の使い手のことだ。
「そういうことは早く言えよな」
「そうか、がんばれ」
意外に素直に信じたな?
機嫌よく戦い始めたヘルメットの後ろに控え、俺は賢しく後背を突こうとして来る集団を静かに片づけていく。
ヘルメットの剣の技量はたいしたものだが特別抜きんでているとは思えない。
気配の感知も未熟だ。
前しか見ていない。俺が背中を向けたまま幽鬼の軍団を召喚してゴブリンたちの魂を盗み、その肉体をアイテムボックスに放り込んでいることに気付いていない。
というか異世界でなにをやっていたんだ。
それに……『あんたも異世界帰り』と言った。あんた『も』だ。
異世界帰りが他にもいるってことか?
いや、いたとしてもおかしくないかもしれないが……なんだろうな、このもやもや感。
「おお! お前の魔法すごいな! こんなに強くなったのは初めてだ!」
ヘルメット君は機嫌よく戦い続ける。
「それはどうも」
こっちの気分と裏腹なヘルメット君は狭い迷路を実験中のマウスのように走り回り、ゴブリンを切りまくり、最後にゴブリンキングを倒した。
特に感動もない顛末だ。
こんなミニゲームみたいな舞台じゃないが何度も経験している。
ゴブリンキングを倒したところで周囲の景色が薄まりだした。
「よっしゃ! お宝ゲット!」
ヘルメット君の手には青く光る宝石が握られていた。菱形の錬磨された宝石だ
「なにそれ? 放射能とか出してないよな?」
「んなわけないだろ。こいつを換金してくれるところがあるんだよ」
「換金?」
異世界に行く前は見たことも聞いたこともないような宝石を買う存在がいる?
それは個人か? それとも組織か?
テンションが上がらない理由がわかった気がする。
せっかく戻って来たのに、こいつにあったことでまた異世界の臭いがしてきたからだ。
俺だけが使えるという特権を享受したかったわけじゃないが、同じような騒動はごめんだ。
織羽の身辺を整理したら落ち着こうと思っていたんだがな。
まったく……俺はいまだに自分が女になっていることのショックさえ受け止めていないんだぞ。
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