07 ※仕返しのグロ回
車で一時間も走って辿り着いたのは山裾にある一軒の農家だった。
「ここ、死んだばあちゃん家だから、いまは誰もいないんだ」
運転手をしていた青年がそう言った。
大学生だろうか?
働いている雰囲気はないからそうではないかと思ったが、まぁ、たいした問題でもない。
手入れが行き届いておらず、家の半ば以上が山からの枝葉に伸し掛かられている。隣家からも離れているのでこれなら声が外に漏れるということもないだろう。
魔法で遮音すれば完璧だ。
庭には他にもう一台、走り屋っぽい車があった。
「おお! 本当に来た!」
「マジだ! ギャハハハ!」
下品な笑い声に出迎えられる。待っていたのは男二人。
これで俺を除いて男女同数ってことになるんだが……。
「もしかして付き合ってる?」
「はぁ? そんなの関係ないでしょ」
俺の質問に笹目が顔をしかめる。
「ふうん」
「なによ?」
「いや、彼氏に他の女玩具にさせるとか、いい趣味してるなって」
「はっ、お前が女なわけないじゃん」
「え? 織っちって女のつもりだったの?」
「二人とも言いすぎ。女じゃん。ただし、化けもの女だけど」
「「「wwwww」」」
よく笑うなぁ。
「織羽ちゃんだっけ? ちゃんと君の衣装も用意してるからね」
「そうそう。ちゃんと撮影準備もできてるから」
待っていた男が壁にかけてある服を示す。安いハロウィンコスプレ衣装みたいな白いワンピースだ。
「タイトルは『貞〇をエロ凌辱』なんで、よろしく!」
「いや、そのタイトルは変えるから」
「は?」
「タイトルは……『捕らわれの六人。最後に生き残るのは誰だ?』かな」
ううん、いまいちなタイトルセンスだな。
だけど、まぁ、いいか。
全員揃ったみたいだし……始めるとしよう。
パン。
合図代わりに手を叩くと周囲が闇に覆われた。
「なんだ!?」
「停電!?」
「ちょっと! なんとかしてよ!!」
「スマホのライト!」
「うわっ、なんか臭い!」
「なにこれ!?」
「なんか落ちてきた!」
そんな悲鳴が響く中、全員のスマホのライトが灯ったのはほぼ同時だった。
白色光が照らし出したのは赤黒い室内だった。
なぜ赤黒いのか。
それは部屋中の壁や天井にびっしりと張り巡らされたそいつらのせいだ。
「ひっ!」
「いっ……」
「いやあぁぁぁぁぁ!!」
「わあぁっ!!」
「なんだよこれ!」
「ひゃあああああ!!」
そいつの名前はアイズキャリオンスライム。モンスターの目と腐肉を材料に錬金魔法で作った人造生命体……無数の眼球とところどころ緑や茶色を斑に貼り付けた赤黒い腐肉で構成されたスライムだ。
あいつらを驚かせるのに成功したのでスライム自体を発光させる。肉の色に染まった赤黒い光が連中を包み込み、恐怖の顔を彩る。
おっと、忘れないうちに連中のスマホを没収っと。
ライトを付けてくれたので見落とさない。
「なっ、なんなんだよ!?」
「なによこれぇ」
「おや? おかしいな」
理解できない様子で叫び続ける連中に俺は笑いかけた。
「化け物を連れてきたって自分で言ったじゃないか? どうしてそんなに驚く必要があるんだ?」
「なっ! あ、あんた……」
「お前がやったのか?」
「そうだけど?」
「な、なんでこんな?」
「こんな? こんな? なに?」
「こんなことを……?」
面白い質問だ。俺は思わず笑ってしまった。
「ひぃぃぃぃ!」
そんな俺の笑い声に連中は震えあがる。
「こうならなかったら、お前らはなにをする気だった?」
女子高生を引っ張り込んで、仲間で囲んで、ビデオを用意して、生配信をする。
「それのどこに好意的な面があるんだ? 犯罪臭しかしないじゃないか? まさかまさか、こんなことをしておいて反撃されるとは考えていませんでした……とか言うつもりじゃないよな?」
言ったとしても許すつもりはないけどな。
「まぁ、これから楽しい楽しい時間が始まるから、そのつもりでいてくれよ」
俺が片手を上げると部屋中にいたアイズキャリオンスライムが一斉に連中に襲い掛かった。
†††††
パンっという音で我に返った。
え? あれ? なにしてたんだっけ?
ぼんやりとした意識の中、笹目は状況が理解できずに首を傾げ……ようとしてできなかった。
「へ? ほへ?」
声が出ない!
いや、違う。口が動かせない?
なにかが歯を抑えて、口を閉じれなくしている。
それだけじゃない。手も、足も、体のどこも動かせない。
暗いのかと思ったけど違う、目隠しもされてる。
なにかに縛り付けられている!?
「ほほひへ!」
「はああああはあああ!」
「ははへははへ!」
「ひゃああああ!」
「はーいはいはい! うるさいねぇ。まったく」
パンパンパンと手を叩く音が響く。
「少しは静かにできないものかな」
その声に笹目は意識が覚醒した。
封月織羽!
「ははは!」
「なにわろとんねん」
「ははー!」
「くくく……なにそれ? かっこいい」
なにを言おうとしても口が動かせないから言葉にならない。封月ごときに馬鹿にされる悔しさに笹目は身が焼かれそうな気分だった。
「さあて、みなさん。状況は分かったかな? わからないだろうなぁ。じゃあ、ちょっとだけわかるようにしてあげよう」
フィンガースナップの音。
それと同時に視界が開け、赤い空間が映った。
変な声がそこら中で響く。
赤黒い肉と無数の目が笹目を見下ろしている。
視界が開けただけでなく、首も少しだけ動けるようになったみたいで頭を上げて他の連中を探す。
「ひひは!」
みんな、すぐ側にいた。
白いなにかを組み合わせたリクライニングチェアのようなものに寝かされている。拘束しているのはあの赤い肉塊だと気付いて嫌悪感でまた叫んだ。
なんなの!?
なんなの、この狂った世界は!?
「いやいや、この程度でびっくりされていても困るから。はーい、みんな、こっち注目。笑って~」
封月の奴、カメラを置いていやがる!
畜生、こいつ! こいつ!
「さーて、それじゃあ君たちがどうなっていくのか。一人ずつ順番に体験していってもらおうと思いまーす」
笑う封月は男の一人にカメラを向けるとそいつの所に寄っていく。
くそう。
こんな奴に好き放題されるなんて!
だけど、いままでなにもできなかった封月だ。どうせたいしたことなんてできやしない。この変な赤いのだって海外のパーティグッズだったりするんだろ。
待ってろよ。こんなのすぐに壊して、ぶん殴ってやる。
「さて、こいつの名前はS君。A大学の三年生。他の二人と同じイベントサークルに所属しています。……で、ここで俺に色々悪戯して動画配信する予定だったみたいだけど、実はその後でそこのギャル三人衆も食っちゃおうって計画だったみたいでーす」
なっ!
「いじめとかするクズギャルに正義の鉄槌だって。笑えるねぇ。そのクズギャルを利用するクズ・オズ・クズのくせに」
封月がその証拠とばかりに笹目たちにメールの内容を見せる。
本当だ。
しかも他にも仲間を呼ぶつもりだって書いてある。
「残念」
メールを見せながら頬月が鬱陶しい髪の向こう側でにやにや笑っている。
「やっぱりクズの仲間はクズでしたってこと?」
「ほほへー」
「ははは、ほほへー」
笹目の怒鳴り声を嘲笑い、頬月は元の位置に戻る。
「さて、そんなクズにはどんな罰がいいかなぁ。ねぇどっちがいい? 一発でドンと痛いのと、じわじわとずっと痛いの。どっち? 目で教えて~。ふーん、どっちも嫌? じゃあしかたない。虫食べてもらおうかな」
「ほおおほおおほおお!!」
「じゃじゃーん。ここに出しましたるはちょっと面白いムカデっぽいなにか。ぽいなにかなのでムカデではありませ~ん。こいつがお腹の中に入ったらどうなるか、ちょっと実験してみようと思いま~す」
「ほおおおおおお!!」
「え~い」
口は閉じられない。頭にあの赤いのが巻き付いて動きを縛った。
勝手に動いて、あいつの頭を縛った?
え? なにそれ?
歯科医の開口器みたいなのを使われているから逃げられないのもそうだけど、頭に勝手に巻き付いたあの肉の塊から笹目は目を離せなかった。
だって、あれが勝手に動くということは……いま、ここに張り付いているすべてが動くってことで……それってつまり、こけおどしじゃないってことになる。
この悪夢が本物ってことになる。
「するっといっちゃおう。はい」
「ほおほおほおほお!! へぐっ!」
頬月の手から離れた白く細長くて足がたくさんある虫が開口器でこじ開けられた口の中に入っていく。
「ほおおおおおお!!」
全身の要所を縛られて動くに動けないけれど、それでも暴れようとして白い台ごと揺れている。
やがて、そのお腹が急に膨れてきた。
あっという間に臨月の妊婦みたいに膨らんだかと思うと……。
パンっ!
風船みたいな音と一緒になにかが飛び散る音がした。
そして……。
「シャアアアア」
あの白いムカデみたいな虫がありえないくらいにでっかくなって、穴の開いた腹から顔を覗かせていた。
あいつは……もう……動かない。
笹目たちは最初、悲鳴さえも上げられなかった。ただ一つ自由になる目をぱちくりとさせ、クラッカーに驚いた幼児みたいに茫然自失としていた。
「はっはっ……ほはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
間の抜けた悲鳴が引き金となって連鎖が起きたのはもう少し後になってからだ。腹から出てきた巨大白ムカデは台から降りて見えない場所に行き、そして封月は笑っていた。
「んっ、じゃあ一発でドンと痛いを体験してもらいました。じゃあ、次は君~」
「はひっ!」
平気な顔の頬月が隣の男の額を叩く。
「どっちがいい? 一発ドンとじわじわと? 連続で同じは芸がないんだけどなぁ」
「はひぃ! はひぃ! はひぃ!」
「ありがとう。じゃあじわじわ痛い方だね」
「はひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「さあ、じゃあ今度は……虫だぁぁぁ!」
「ははははぁあぁぁはぁはぁはぁぁぁぁ!!」
「え? さっきと同じじゃないかって? 違う違う。ほらこの虫君、今度はミミズっぽく見えない? 見えるでしょ? じゃあ、これが体内に入ったらどうなるか、試してみよう!」
「ははぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「あははは、元気だね……ポイっと」
「ほばあああああああああああ!!」
口内にするりと入ったミミズを追い出そうとするかのように暴れているが、ミミズはただ高きから低きへと落ちていくのみ……そんな無力さと無意味さを感じさせる。
「ほごっ! ほごっ!」
なんとか吐き出そうとしているように見えたその動きが……止まった。
「どうかな? もう神経に辿り着かれたかな?」
楽しそうに封月が問いかけている。
「ムカデは腸内で急成長するタイプだったけど、あのミミズは体内でさらに細く小さく解けて肉の中に潜り込んで神経に到達するんだ。本来は麻痺毒を備えているから寄生主は何も感じないで済むんだけど……痛い?」
「…………」
「ああ、もう何も喋れないかぁ。なら、ちゃんと説明してやるよ。まず最初に神経を制圧するのは普段はそこから辿って脳を制圧するためだけど、今回は違う。神経と脳を最後まで無事に保つためだ。これから起こることで、ちゃんと痛みを感じてもらうために」
「ほぼっ!」
「お? もうわかったかな?」
「ぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ!」
「ああ、痛い。痛いよなぁ。手足の先から体が崩れていく感触、歯に穴を開けられるのとどっちが痛いかな?」
「ぼほおぼほおぼほお!」
「うんうん、痛いなぁ。ああ、そのままだと見にくいかな。あんたらも見学したいよな?」
封月がそういうとベッドのリクライニングが勝手に動いて笹目たちの目にその光景がはっきりと映る。
手足が溶けている。
奇妙にきれいなピンクの肉塊になってボトリボトリと落ちていくのだ。後に残った白い筋はもしかしたら神経なのだろうか?
「「「「ぼへあああああああああああ!!」」」」
口々に上がる悲鳴に封月が笑う。
「だっさ。なにその悲鳴」
そんな封月の笑い声にかまう余裕はない。男の溶解は止まることなく続き、手足から胴体に侵食し、最後に頭となった。
男は喉が解けるその時まで叫び続け、そして最後に目と脳だけが残ることとなった。骨さえも消えてしまった。
「さあて、次は……っていうかもう一人ずつとか飽きたよね。みんないっぺんにやってみようか」
「ぼへあっ!!」
「さあ、なにが口に入るかな? お・た・の・し・み!」
そう言った封月の手にはミミズとムカデが山盛りになっていて、そしてそれを笹目たちに向かって放り投げた。
それらはぼとぼとと体の上に落ち……ああ、そうならないようにと願ったのに、それらはずるりと……あるいはわしゃわしゃと舌の上を這い滑り喉の奥へと入っていった。
その後は、絶叫しかなかった。
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