06


 夜明けだ。

 さて、最初のミッションだな。

 俺の知る封月織羽は教室の隅っこにひっそりと存在する陰だ。だから陰子と陰口を叩かれてもいる。

 だけど、ちょっと想像してみて欲しい。

 自分の教室にサダコみたいな少女がいて、目立たないなんてことがあるだろうか?

 否。

 彼女はとても目立っていた。

 自信なさげな猫背も、小さな声も、顔を隠す長い髪も、生気のない行動も。

 全てが目立っていた。

 彼女の思いとは裏腹にとても目立っていた。

 もちろん、好意的な目立ち方ではない。

 目立ちたくないなら普通に行動するのが一番なのだと、召喚前は凡人オブ凡人だった俺は断言する。

 そして目立ち方にもいろんな種類があるが、封月織羽のそれは悪目立ちという類になる。

 ホラーな雰囲気を出して自分にかまってもらいたい系かと思ってかつての俺は放っておいたが、織羽はそうではなかったようだ。


「さて、どうしてくれよう」


 朝まで山の中で型の練習をしていた俺は、出る前にアイテムボックスにしまっていた制服に着替えて山を下り、バスで最寄りの駅前に到着するとマ〇クの朝セットを三人前片づけた。

 食事の邪魔なので、長い髪はポニテでまとめている。

 なにをするにしてもまずは体力だ。

 織羽は痩せすぎだ。

 いまは余りまくった魔力を活力に変換して注ぎ込んでいるが、これも補助魔法と同じで限度というものがある。どれだけ周りを固めても芯が脆くては意味がない。

 しばらくはトレーニング三昧だな。


「うん?」


 腹いっぱいで店の座席に体を預けているとスマホがバイブで通知した。

 コミュニケーションアプリからの通知だ。


 笹目『逃げんなよwwwww』

 木目『テレビから来るってwwwww』

 潮目『うけるwwwww』


 大草原三姉妹。いや、全員名字に目が付いているから目目連だな。

 こいつらは中学から同じ連中だ。

 とはいえ関係なんかはなかった。中学の時から派手な外見の奴らと織羽との間で接点なんてできるわけがない。

 そんな連中が同じ高校に進学した途端に絡んできた。嫌がらせをするようになり、言葉で詰ってきた。

 高校一年は毎日、それに耐えるだけの日々だった。

 そしてついに金銭を要求するようになってきた。

 なすがままにされていた織羽だが、それだけは頑なに断った。織羽はお金に悪いイメージを持っている。お金のことで家族になにかを言われるのが嫌だったのだろう。


 笹目『きれいな下着用意しとけよwwwww』

 木目『いや、サダコだから真っ白ワンピでオッケーしょwwwww』

 潮目『玩具用意しとくからなwwwww』


 そしてこれ。

つまりは『金がないならエロ配信で稼げや』である。

 今日、連中は男の仲間を集めて、そいつらの部屋か家で俺を……じゃなく織羽を使ってエロ配信で金儲けをしようとしていた。

 陰子に需要があるのかどうかは知らない。そんなことは関係ない。これは金儲けではなく、単純に織羽という存在をどこまで玩具にできるかという遊びに過ぎないのだ。

 それに絶望して織羽は自殺したわけだ。

 AVにはお世話になっていたからその手の人たちを卑下するようなことを言いたくはない。だが、なによりも適性が物を言う仕事なのではないだろうかとも思う。

 それに織羽には男性経験がない。それなのに男の欲望を煽るようなことをしろとか、彼女にとっては絶望以外のなにものでもなかったのだろう。

 え? お前は未成年だろう?

 そんなことは今問題にすべきことではない!


「よくもそんなことをやろうとするもんだよな」


 まったく嫌になる。

 だけど、相手にちゃんと悪意があるとわかっていれば対処は簡単だ。

 問題は相手に裏をかかれないようにすること。何の記録も残させず、逆にこちらは記録を取る。

 基本は魔法で圧倒する。

 向こうが反撃して来たとしても対処できるよう、一晩かけて体に動きを馴染ませた。万全ではないが、なにかあっても多少苦労するかもしれない程度のことだろう。


「くく……面白くなってきた」


 久しぶりのマ〇クでテンションが上がって来た。ジュースを最後まで飲み干すと、学校へ向かうべく立ち上がった。




 俺が死んだのは高校一年生の最後の月。春休みの前だった。

 封月織羽は高校二年生となり、俺の知らない教室へと向かう。

 2のCのクラスに入る。

 髪はいつものようにして中に入る。


「…………」


 一瞬だけ空気が止まる。

 そこにあるのは「嫌な奴が入って来た」という空気だ。

 大草原三姉妹のいじめとは関係ない。これはいつも通りの空気。こればっかりは織羽が悪い。

 どんな事情があろうと他人を威圧する格好をしているんだからな。

 とはいえいきなり変化するというのもあれだし、今日はむしろこっちのイメージを強めに押していきたいので変えない。

 でも、そのうち髪型は変えようと心に決め、定番の場所となっている窓際一番後ろに座る。


「あっ! いるじゃん!」

「ちっ!」

「あはは、笹っち無視られっち?」


 ギャルな三人組が教室に入り込んできて、また空気が緊張した。

 おや?

 これってもしかして、他のクラスメートたちは気付いている?

 ていうか一年の時は教室にまでは押しかけてこなかったからな。だから俺も気付いていなかったわけだし。

 だいぶこいつら、タガが緩んできてるんだろうな。

 そうじゃなければ動画配信してやるなんてことにはならないか。


「織っち~だめじゃんメール無視したら?」

「…………」

「そうそう。笹ちゃんが泣いちゃうよ」

「おい、なんとか言えよ」

「どこ?」

「あん?」

「どこでやるんだ?」

「なに~? 織っちやる気満々?」

「大丈夫、ちゃんとかわいくしてあげるから」

「楽しみにしとけ。……放課後、逃げずに残ってろよ」


 最後の部分だけ顔を寄せてすごまれた。

 三人はそれで帰っていく。

 ちっ、どこでやるかわかってたら先に行っていろいろ仕込んでやろうと思ったんだけどな。

 まぁいいか。部屋ごと浚っちまえば隠しカメラの類なんてすぐに出てくるよな。

 今夜は確実に『やり過ぎ』てしまうからな。一つとしてあいつらに記録を残させるわけにはいかない。

 くく……どうやって辱めてやろうか。


「封月さん」


 今夜の手順について考えを巡らせようとしていたら思考が止められた。


「大丈夫だった?」


 凛とした声でそう尋ねてきたのは……クラス委員長だ。

 名前は……瑞原霧だったか?

 俺とは面識はないな。


「大丈夫。問題ない」

「そ、そう? なにかあったら言ってね。力になるから」

「ありがとう」

「うん」


 明るい笑みを残して委員長は友達の輪に戻っていく。

 正義の人だねぇ……なんてことをしみじみと思って俺は思考の続きに戻った。

 そして放課後。


「おっ、ちゃんといるね。偉いじゃん」


 言われた通りに教室に残っていると、大草原三姉妹が迎えにやって来た。


「どこまで行くんだ?」

「心配しなくても。迎えが来てるし」

「偉そうにしつもんしてんじゃねぇよ!」

「あははは、笹っち乱暴」


 リーダー格っぽい笹目に足を蹴られた。

 この程度でバランスが揺らぐとか……情けない。

 内心でため息を吐きながら大人しくついていく。


「笹っち荒れてるね。既読無視がそんなに嫌だった?」

「封月程度があたしを無視するとか、ありえなくない?」

「言えてる。たしかに、今日の封月はなんか偉そう」


 そう言って俺に近づいてきたのは……どっちだ? 残りは木目と潮目だったよな? うーん、わからん。

 なんて考えていたら、名前がわからないのにわき腹を殴られた。


「っ!」


 声は殺せたが、やはり足が揺らぐ。


「あはは~潮っちも激おこ? 激おこぷんぷん丸?」

「それいつの言葉だよ?」

「え~? 縄文?」


 ……潮目の方だったようだ。

 そのまま外まで連れ出され、走り屋っぽい車に乗せられた。




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