05
「ああ、ひどい目にあった」
パトカーとのカーチェイスは高速道路に侵入するまでに発展したが、コースアウトからの【越屍二輪】の解除で姿をくらますことに成功した。
「もうここでいいや」
当初の予定では峠道にある休憩所でこそこそとやるつもりだったのだが、コースアウトした先が山の中だったのでここですることに決めた。
正直、誰もいない空間ならどこでもよかったんだがな。
「それになんか、やりたかったことの大半をカーチェイスでやり切ってしまった気もするな」
この低いステータスでどれだけのことができるのかを試したかったのだ。
正直、バイクの操作もおぼつかなかった。
「とはいえ、魔法でバフれば当面の問題はない感じだな」
あくまでも「当面」でしかない。魔法による能力増強が間に合わないタイミングだとか。一秒もあるかないかの時間だが、その時間内を突かれた時、俺は何もできないままに死ぬ可能性がある。
「そんな隙を突かれるようなことなんて日本であるのか?」と思うかもしれないが世の中には不測の事態なんていくらでもある。
ビルの看板が剥がれて頭に落ちてきたら人は死ぬ。
だけど、イング・リーンフォースとしての俺ならたとえ気付くのが衝突まで一秒以下の時間でも対処できる。
封月織羽の肉体では不可能。
この差をできるだけ埋めておきたいのだ。
とくにこの織羽という少女は不幸体質みたいだしな。対応できるようにしておいた方がいい。
というわけで、最悪の明日に備えて型の練習ぐらいはしておこうと思うのだが。
「その前に……と」
あっちでの約束を思い出し、アイテムボックスから板を取り出す。俺と師匠たちでタブレット端末を参考にして開発した新型の魔導具……魔導タブレットだ。
「うまくあっちと繋がればいいけどな」
設定から異界間通信をオンにして放置する。
その間に柔軟体操や向こうで習った格闘技の型を練習しておく。格好はライダースーツのままだ。ジャージも顔負けなぐらいに体の動きの邪魔をしない。
「体かったいなぁ」
柔軟体操で痛む体に顔をしかめつつ、それでもがんばる。
そうしていると『ポン』と電子音が鳴った。
「お、繋がったか」
魔導タブレットを掴み、談話室というアプリを起動する。
『イングが入室しました』
というログと共に無数の小窓が現れる。
その全てがサウンドオンリー。誰も彼もが研究しながら好きに喋っていたのだろう。
俺の入室ログが流れたせいか、会話がいったん止まった。
「おお! ちゃんと繋がったな!」
明るい声がタブレットから響く。
「どうも、師匠たち」
「なに? イングか?」
「ほう……異世界間通信の成功か」
「…………」
「はっはっはっ、さすがは我じゃな」
「私たち、でしょう?」
音声は即座に文字化されログとして画面端で流れていく。
俺の師匠たち。ここに全員が揃っているわけではないが、この人たちがいなければ俺は目的を果たせなかっただろう。
全員が女性だというのは謎だが。
「ちょっと待て、お前は本当にイングかえ?」
と一人が指摘する。
「なにやら声が違うたように聞こえたがな」
「ええ、その通り。声は変わりました」
「どういうことかの?」
雅な話し方をするのは幻影魔法の師匠ダキアだ。
俺は彼女たちに状況を説明した。
「カメラ! カメラオン!」
「へいへい」
師匠の一人が興奮気味にそう命じるので俺は従ってカメラのアクセスを許可する。
「ぶっは!」
映し出される封月織羽の姿にカメラを望んだ師匠が吹き出した。
「いた! 他にもいた! ナイアラの塔の主人みたいなのが他にもいた!」
「…………」
あ、小さい声で「死ね」って言った。
笑っているのが召喚魔法の師匠ハイリーン。
小声過ぎてほとんど聞こえないのが死霊魔法の師匠ナイアラ。
「……にしても、神も欲望に素直じゃのう。死なねば神に列せないからと死にたての肉体に降ろすとは」
「神なんてそんなもんでしょ? 必要だからってイングをこっちの世界に呼び寄せるのなんて、水槽の中の魚を右から左に移すのとたいして変わらない感覚じゃない」
「ま、そうかもしれんな」
ダキアの呟きに答えたのはファナーン。錬金魔法の師匠で魔導タブレットの基礎開発を担当した人でもある。
「神のことはよいわえ。問題は……イング、その体、手入れが行き届いておらんな」
「ああ、おかげでステータスがガタガタだよ」
「阿呆、そういうことではないわえ。ファナーン。転送の実験ついでに美容用品を送ってやれ」
「なんで~私が~?」
「そなたの薬が一番だからの?」
「ふふ~ダキアちゃんは素直だから好き~」
「よいから、ほれ」
「う~ん、現物はあってもすぐには届かないかも~よ」
「なぜじゃ?」
「イングちゃんがそっちに帰ったのに~召喚時点から三十日ぐらいの時差があったんでしょ~? それって~神の作為か~どうにもならない誤差なのか~わかんない~?」
「ならば、それを検証する意味にもなるじゃろう」
「そうね~。それなら~送り先はイングちゃんのアイテムボックスじゃなくて、そっちの世界のどこかが良いな~」
「なに送られるのかよくわからないけど、座標を指定しろっていうのはわかった」
「うふふ~イングちゃんも~女の苦労~わかれ~」
「裏の部分なんてわかりたくなかった」
「女になったのじゃ、諦めろ」
「そうそう。死霊魔法がお気にだからって外見まで師匠をまねる必要はないぞ」
「…………(※ハイリーンは自分の召喚穴に落ちればいい)」
「イング、あなたの不幸は同情するけれど、その子の不幸は払ってあげなさい」
順番にダキア、ハイリーン、ナイアラ、ニースの順に声をかけられ、通信を終える。
ていうか、ニース、ほとんど黙ってたけどこいつの問題を【鑑定】で探ってたのかもしれないな。感知されない【鑑定】って怖いな。しかも世界を股にかけていたんだぞ。
ニースのことはとりあえずいいとしよう。
「まぁ、退屈するよりはマシかもだけどさ」
返事のなくなった魔導タブレットに呟き、俺は朝まで型の練習を続けた。
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