02


『死の勇者』と俺は呼ばれている。

 戦い方を見ればそう呼ばれている理由は明白だ。

 うん、仕方ない。

 それは仕方ないんだが、それを蔑称みたいに扱う奴らにはそれなりに報復はしていきたい。お前ら誰のおかげで生きてるんだと言いたい。【越屍武者】を構成する骨のほとんどはゴブリンだぞ。

 まぁいい。

 ニースの職場である王宮内の聖堂に通される。

 偶像はなく、拡散する光を示す聖印が正面に飾られている。その光の一筋一筋がこの世界に関わる神々を示しているのだそうだ。

 あの魔神王だって一筋の一つだったのだ。

 あるいは一柱と言うべきか?


「ようこそ、イング殿」


 ニースが聖印に祈りを捧げた瞬間、周囲の空間が変わった。先の見えない真っ白な空間。彼女もいなくなり、代わりにひらひらとした衣装を着たゴージャスな美女が俺の前に立っている。

 女神イブラエルだ。


「召喚の役割、ご苦労様でした」

「どういたしまして」


 魅力的な笑みにはもう騙されない。だってこの神様触れないからな。魔神王と違って受肉していないのだ。

 俺の擦れた気分が顔に出ていたのか、それとも心を読んだか女神は微妙な笑みを浮かべた。


「あまりこの世界の者たちを責めないでやってください。彼らにできることはなにもなかった。神が唯一授けることのできない能力神殺しを持つ者は我らユメール神族が管理する世界の全てを探してもあなたしかいなかったのですから」


《神殺し》

 それこそが、俺が召喚された理由だ。


「まぁいいよ。もらうものはもらうつもりだから」

「それであなたの気が済むのならいかようにも」

「それにイブラエルには感謝もしてる。あのままあっちにいてもただの路傍の石だっただろうからな。あんたが見出だしてくれたおかげで俺も宝石になれた」

「そう言っていただけると、こちらとしても嬉しいわ。イング。……それで、どうします?」

「戻る。宝石にはなれたがいまのままだと呪いの宝石だ。誰にも欲しがられない。それなら、元の世界に戻った方がやりようがあるだろうし。……能力はどうなる?」

「一度授けた物、一度獲得した物を奪う権利は神にもありません。貴方の元の世界もまたユメール神族に属していますので魔法も問題なく使えます」

「それにしては、あっちで魔法使っている奴なんていないけど?」

「世界の管理の方法には色々あるのです」

「そうかい」

「ただし、問題もあります。界を渡るのは人の身では簡単なことではありません。なにか問題が起こる可能性もありますが?」

「うーん」


 空間転移には色々な制限が伴うのはこの世界の魔法をほぼ網羅した俺にもわかる。イブラエルが言っているのもその延長線上なのだろうと判断した。


「いい。戻る。ただし、あいつらから剥ぎ取れるだけ剥ぎ取ったらな」


 能力がなくならないならアイテムボックスに持てるだけ持って帰ってやる。

 とはいえ師匠連中に迷惑が掛からないようにはする。

 が、主要貴族の二、三家は潰れてもいいぐらいは貰っても問題ないだろ。


「…………」


 イブラエルはその辺りのことに興味がないようで素知らぬ顔をしている。


「では、戻るときにはニースに声をかけてください。彼女がだめな場合は他の者を遣わせます。では……」

「ああ」


 こうして神との会談も終わり、俺の帰還は決まった。

 王と貴族たちはそのまま元の世界に戻ってしまうのだと思っていた。いや、願っていたようだ。連中の前に再び立った俺に奴らは絶望さえも浮かべていた。


「では、帰るための条件を発表する」


 と、俺は連中に報酬を要求した。

 メインは金銀財宝……簡潔に言えば元の世界で換金可能なものだ。美術品関係はバツ。モンスターの素材なんかもNG。あと、すでに俺が所有しているものに関しての返品要求も不可とした。

 いくつかはここや周辺の国家から貸与されているものもあったが無視だ。

 大人しく帰って欲しければ気分よくさせろと堂々と言い放つ。

 俺の中に眠った才能があることを見つけてくれた神には感謝したが、だからといってブラックな要求をしてきたこの世界の人間連中と笑顔で別れるというわけにはいかない。

 それとこれとは話が違う、という奴だ。

 求めたのは俺がこの世界で得た体感の相場を基に計算して日本円で一兆円分。日本の国家予算分とか求めても俺が使いきれないし換金作業が果てしなくなるだけなのでやめておいた。

 世界を救ったのだ。年収一億円の人間一万人分の活躍ぐらいはしてるだろ?

 もちろん、俺の要求に王たちは顔色を変えた。

 しかし俺は素知らぬ顔で支払いは一括、どの国がどれだけ払うかはそちら任せ、その間の俺の滞在費はそちら持ちと一方的に言い放って去った。

 とはいっても王城にある自室に戻っただけだが。

 そんなこんなで俺に報酬が支払われたのは三か月後だった。

 国同士であれやこれやと支払い分担の押し付け合いをしていたにしては早かったのではなかろうか。

 とはいえその間、俺も退屈はしなかった。

 毎夜毎夜と暗殺者が押し寄せていたからな。

 俺は師匠たちが鍛えてくれたおかげで大概の毒は効かなくなっていたから、殺したければ物理攻撃をするしかない。

 しかし、ほとんどの暗殺者は俺に近づくことさえ許されずに俺の護衛たち……死霊や幽鬼に発見され、捕縛か死亡のどちらかの運命を辿った。

 敵が人間の姿だと、どうにも連中は奇妙な偏見というか勘違いというかをするようだ。俺が暗殺で殺せるなら魔王や魔神王もそうしてろよと言いたい。

 そしてその三か月間、俺もダラダラして過ごしていたわけではない。

 さらにいえば、この世界の人間も魔王たちの脅威に全員が素知らぬ顔をしていたわけではない。

 俺が鍛え終えるまで大人しく待ってくれる魔王ではなかったので、防衛のために軍隊は動き、そして状況を打破しようと何人もの民間の勇者が立ち上がった。

 そんな中で、俺に関わってしまった人たちの遺品を遺族に返還する旅をしていた。反応は様々なだったが、俺はそれらを黙って受け入れた。

 後、あの貴族に言い放ったことも実行する。

 王城のド真ん前にでかい石碑を建ててやった。

 てっぺんにゴブリンの頭骨を一つ置き、『この国の王も貴族もこの骨より役に立たなかった~イング・リーンフォース~』と記した。もしも壊したらこの内容を歌う死霊を世界中に解き放たれるようにもしておいた。

 そうしてやるべきことを終えたところで報酬が支払われ、俺は再びニースと会い、女神イブラエルと再会した。


「戻られるのですね?」

「ああ。これで、もうあんたに会うこともないだろうな」

「いえ……できればあなたには死後、神の列に並んで欲しいと思っています」

「はは、それは光栄だ。では、死後にな」

「はい、では死後での再会を」

「ところで、向こうの時間はどうなっているんだ?」

「あなたを召喚した時間に戻りますよ」

「それはよかった」


 俺はその時、女神の言葉を冗談だと思っていた。

 忘れていた。

 他の神は知らないが、女神イブラエルは冗談を言わない。

 そのことを帰った瞬間に思い知らされた。




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