死の勇者TS陰子は異世界帰還者である
ぎあまん
01 帰還編
「おのれ!」
憎悪の視線が俺を刺す。
血みどろの魔神王エンザラインの視線だ。死の縁にあってもその視線には力があり、無数の呪いが俺に降り注ぐ。
だが、効きはしない。
呪い対策は十分に行っている。
なにより、いまでは俺の方が奴よりも闇が濃い。
「いけ」
俺は手下たちにそう命じる。
手下……俺がいままで倒した敵たち。RPG風に言えば経験値稼ぎで倒した雑魚モンスター。イベントで出現する中ボス、ストーリー終盤の大ボス、そしてラスボスの魔王。
そいつらが俺の手下となって魔神王に向かっていく。
いま、どす黒い血を魔王城の残骸に降り注がせている外骨格で鎧われた半竜半人のような巨大な存在は裏ボスとでもなるのだろうか。
魔王を裏で操り、この世界の危機を煽っていた黒幕。
魔神王エンザライン。
神々に名を連ねる存在がいま、俺の前で血を流し敗北の土に塗れようとしている。
「くっ、やめろ……やめろ!」
俺の命令で魔神王は自身に群がるものどもを薙ぎ払う。
だが、どれだけ払われようが気にしない。
なぜならすでに、そいつらは死んでいるからだ。
経験値稼ぎの雑魚モンスターたち、イベントで倒した中ボス、大ボス、そしてラスボスの魔王。
全てが俺の死霊魔法によって支配され、動く死体となって魔神王に迫る。
雑魚モンスターたちは噛みつくぐらいしかできないが、中ボス以上はさすがに肉体そのものの格が違う。魂を失っていても己の特殊能力や魔法を使用する。中には魂そのものを呪縛し、幽鬼として支配しているものもある。
そして魔神王に薙ぎ払われた雑魚モンスターたちの残骸は俺の独自魔法でさらなる強者へと進化する。
【越屍武者】
様々な骨が組み合わさって誕生した巨人武者たちは牙を繋げた大刀を魔神王に振り下ろす。魔王の魔法支援でさらに強化された一撃を受けて魔神王の竜体が刻まれていく。
血が滝のように流れ落ちる。
俺はその血も無駄にしない。
その血は死霊魔法の次に得意な錬金魔法で捕らえ、魔法生物へと変換する。魔血粘性体(デモンブラッドスライム)となって、魔神王の傷口から内部に潜り込み、その血を零れる暇もないほどに吸い込んでいく。
この世界に対して反作用的存在となってしまっている魔神王の血はこの世界に残るだけで世界に悪い作用を及ぼす。魔神王を倒してもその死体のせいで世界の破滅は防げない。その真実を告げ、殺せるものなら殺してみろとドヤ顔を見せた魔神王に言ってやりたい。
「どんな気分だ?」
あっ、言ってしまった。
「世界を奪うだ壊すだとドヤってたのに、いまはこの有様だ。どんな気分だ?」
「ぐっ、うっ……おのれ、人間が……」
「そうだな。お前は人間に負けるんだ。神なのになぁ」
「おの、れ……」
「そして、その骨肉の一片、血の一滴、毛の一筋……魂さえも残さず、俺が再利用してやるよ。ありがたく思え」
「貴様……本当に人間か?」
「それはお前が気にすることじゃない」
【残骸無惨】
所有する骨が多いほどに攻撃力が増す死霊魔法【残骸無惨】が生み出した顎は巨大な魔神王の体を一飲みにした。
そしてそのまま、魂と肉体に分類されて俺のアイテムボックスに収納されてしまう。
「これにて終了だ」
そう呟いて、俺は一つの終わりを感じて息を吐いた。
異世界に魂だけ召喚されておよそ五年。
新しい金髪イケメンの肉体とイング・リーンフォースなんてたいそう名前をもらって勇者扱いされ、無数の師匠たちによってしごき抜かれ、この世界に現れた異分子たちと戦い続けた五年間だった。
世話を申し付けられていた連中はよくしてくれたが、俺に近づいて来ない連中には外来種は外来種同士で殺し合えみたいな雰囲気があった。
だから協力は最小限。ゲームみたいに処理の限界なんてないんだから軍隊動かせよと思ったし、言ったんだが、聞きやしない。軍隊は自国の防衛だけで手一杯だそうだ。
だから、自分で軍を作った。
俺が極めた魔法を駆使して作った死の軍団だ。
召喚の際に神に与えられたギフト、才能限界突破を利用して死霊魔法を主体にあらゆる魔法を極めに極め、一人が支配できる限界を無視して倒した敵を動く死体や幽鬼、死霊に変えていった。余った骨や肉片、さらには攻め落とした魔王軍の城や砦まで使ってゴーレムのような魔導兵器も作った。
そうしてできた軍団で俺は魔王と戦った。
まさしく外来種同士で食い合ってやった。
魔王を倒し、その魔王をこの世界に差し向けてきた魔神王の存在を知らされ、そして魔神王自身に、神と世界との関係性とかどうでもいい話を聞かされ、俺を殺したらこの世界も滅ぶぞとかドヤられたのをドヤり返し、いま俺はここにいる。
俺を召喚したダンツバーン王国の王城にいる。
「どうか帰ってください」
そして、王をはじめ国中の貴族、大臣、官僚たち全員に土下座され、お願いされてしまった。
「欲しいものがあればなんでも差し上げますので、どうか、どうか……」
「ああ……」
山賊に襲撃された村人みたいなことを言われて俺は天を仰ぐ。見えるのは城の天井だけどな。
「ほら、だから言ったじゃない」
「ニース」
背後から俺の師匠の一人が近づいて呆れた声をかけてきた。
王宮神官長のニースだ。白魔法を教えてくれた。
「その作戦は印象最悪よって」
「だけど対策としてはこれに勝るものはないだろ? こっちの世界の問題なのに、俺に解決しろ、兵は出さないぞなんてのがそもそもおかしいんだからさ」
「それは否定できないけどね」
王国と神との仲介人である白魔法の使い手のニースだが、その肩書でイメージするような堅物ではない。むしろ話の分かる姉御肌の人物だ。
「魔神王の血の呪いをあんな形で解決することができたのはあなたの強さと発想力がなかったらどうにもならなかっただろうし」
「そもそも、世界の問題を個の蛮勇でどうにかさせようっていうのがアホなんだよな。アホの極みだ」
もし問題を解決することができたとしても、次に現れるのは解決した問題を凌駕する強大な存在だ。
で? じゃあそいつはどうするの? って話になる。
「最善手は被害を恐れない数の暴力しかないんだよ。それなら、後に残るのはみな凡人なんだから。空いた利権の奪い合いも凡人同士でできる」
「本当にね」
とニースの冷めた目が王へと向かう。
「私としてはあなたに残ってもらいたいと思うし、この国が欲しいと言うなら協力するのもやぶさかではないけど、どうする?」
「神と話せるか?」
「ええ。イブラエル様もあなたとお話ししたいと仰ってるわ」
「なら、まずはそっちを済ませよう」
どっちに転がろうと、こいつらからはむしり取る予定しかないので会話はしない。
俺だってできることならみんなでハッピーエンドにしたかったんだがね。残念ながら善意が足りなかったな。
「死の勇者め」
ニースについて行く俺の背中に誰かがそんなことを言った。
俺は振り返り、にやりと笑う。
「その死がお前らを救ったんだ。派手なだけの服を着ている無能より、ゴブリンの骨の方が役に立った。その事実だけは、なにがあってもこの世に残してやる」
王族貴族は役に立たない。自身の運命を掴み取るために民衆よ立ち上がれ! ってな。
おお、革命とか起こるかもしれないな。
「バカを相手にしていないで早く来い」
「へいへい」
ニースに促され、俺は足を速めた。
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