賽の河原
「よいしょ、よいしょ」
そう言いながら陽太は鉄の棒の上に石を積み重ねていった。崩れないように大きくて平たい石から順番に、丁寧に積み重ねていった。
周りにはいくつもの家が立ち並び、隙間には西日が差していた。住宅街を大きく隔てる通りに人はほとんど無く、ただカラスの鳴き声だけが響いていた。
そんな中、陽太はひたすら石を積み重ねていった。満足のいく高さの塔ができると、その隣にまた別の塔を作っていった。
石を黙々と積み重ねながら、陽太はあの話を思い出していた。親より先に死んだ子供が行き着く、
中学校で聞いたその話によれば、親より先に逝った子供は親不孝の罪を償うために、賽の河原で石を積み重ねるらしい。塔を建てることができれば許されるが、そこには鬼がいて何度も何度も壊してくるというのだ。
陽太は改めてここが賽の河原でなくて良かったと思った。おかげで3つも塔を建てることができた。これだけあれば充分かなと陽太は満足そうに呟いた。
それにしても賽の河原の話には何とも納得できない所がある。確かに子供が親をおいて先立つのは最大の親不孝かもしれない。しかし、子供が小さいうちに親が死んでしまった場合はどうか。残された子供は、親がいる子供より苦労しなければならないだろう。それは立派な「子不孝」ではないか。いや、子供に対して孝行とは言わないので、敢えて言うなれば「子不幸」となるだろう。まあ、呼び名は良いにしても親にも多少は罪があるのではないか。
そう思うと父親も今、賽の河原で石を積んでいるのかもしれない。今、こうしている瞬間にも鬼に塔を壊されているのかもしれない。だとしたら可哀想だと陽太は思った。父親のためにももう少し石を積もうと思った。
集中して積んでいるうちに、今まで陽太の中で燻り続けていた感情が徐々に燃え上がってきた。暗い空間の真ん中で微かな光を放っていた木炭が弱い火を纏い始めた。そのうちに火はどんどん大きくなり、炎へと変わる。そしてついには、抑えようのない業火へと変化した。もう陽太の中に引き返すという選択肢は無かった。
「あの箱が憎い。親父を殺したあの箱が」
靴底に伝わる振動から、列車が近づいてくるのを感じる。乾いた踏切の警報音が、物寂しい住宅街の虚空に滲んでゆく。四つの石の塔をその場に残して、陽太は踏切を後にした。
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以下作者コメント
いくら父親が電車を使って自殺したからといって、電車を脱線させようとしなくてもいいんじゃないかとも思うのですが、まあそれほど憎いのでしょう。
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