迷惑電話

 最近ストーカー被害に遭っている。


 犯人は同じサークルの後輩の女の子だ。全く知らない人ではないので、何となく警察に届けるのが忍びない。もし届を出したらサークル内、ひいては大学内で噂が立つかもしれない。そうなったら相手も可哀想な気がするし、私も面倒なことになるだろう。ストーカー被害と言っても私が住んでいるマンションの前で待っているぐらいだ。まるで芸能人の出待ちみたいに。


 今日もバイトを終えて自分のマンションに帰ってくる。時刻はもう七時をすぎていたので、あたりはすっかり暗くなっていた。けれども、そんな暗がりの中、果たしてあの女の子はいた。すごい執念だ。もっと別のことに活かせば良いのに。無視すれば良いのかもしれないが、したらしたでとんでもない仕打ちが帰ってきそうで怖いので、適当に一言二言、


「髪切った?」


 などと話して、またねと言って話を切り上げた。


 私の家は三階だ。あのが去っていくのをよく確認してからまずエントランスの郵便受けを見る。プライパシーの保護のために郵便受けには居住人の名前はなく、部屋番号だけ書いてある。つまり、名前が知られていても部屋がわからなければ郵便受けもわからないのだ。


 念のためにあのがついてきていないかよく確認してから階段を上がっていく。階段は屋外に付属しているのではなく、建物の中に埋め込まれているので外から見られる心配もない。あの子に部屋を知られたら面倒なことになるだろう。朝、玄関の前で待たれたり、郵便受けに脅迫文でも入れられたりしたらひとたまりもない。何しろ警察に届ける他無くなってしまう。それは面倒だ。


 そう思っているうちに自分の部屋についた。気が抜けてほっとため息がでた。玄関を開けて部屋に入る。私の部屋は狭く、まさに学生の一人暮らし用と言った感じだ。玄関をくぐるとメインの部屋へと廊下が延びていて、その廊下の左手にトイレとお風呂がある。メインの部屋にはベッドと勉強机が置いてあり、狭いがベランダも一応ある。


 もう夕食は外で済ませてあったので、風呂や歯磨きなどの寝る準備を終え、すぐに床についた。電気を消して横になっていると、雨が窓ガラスを打つ音が聞こえてきた。いつの間にか降り始めていたのだ。


 聴き慣れた音がどこかから聞こえてくる。最初はぼんやりしていたその音がだんだんはっきりとしてくる。それは携帯の着信音だった。勉強机に置いてある携帯が鳴っているのだ。起きるのを億劫に感じながら私は電気をつけ、電話に出た。


 「もしもし」


 返事がないのでおかしいなと思い画面を見てみると、もう電話は切れていた。知らない番号からの電話だった。携帯に表示される時刻をみると今は夜中の三時だった。全く迷惑な電話だ。誰かのいたずらだろうか。考えるのも面倒くさくなり、私は電気を消して再び寝た。


 朝になった。あの電話のせいで若干寝不足だ。少々イライラしながら朝の支度を済ませ、家を出た。エントランスを通った時、自分の郵便受けを見やった。すると黒い糸の様なものがピョコピョコと口からはみ出ていた。何だろうと思ってダイヤルを回し、開けてみるとそこには黒髪の束が入っていた。


 思わず声を上げて後退りしてしまった。災厄の箱を開けてしまった様に感じた。ここから呪いが始まってしまうのではないか、そんな気がした。


 この髪は誰のものか、不思議と確信できた。絶対にあのだ。もしかするとあの迷惑電話をかけてきたのもあのかもしれない。いや一番納得のいかないところはそこではない。


 最大の疑問は……


「どうして私の郵便受けがわかったんだろうか」



……………………………………………………………………………………………………

以下作者コメント



 少しわかりにくいと思うので解説を書かせていただきます。「あの娘」が何故、先輩の郵便受けがどれかわかったのか、まだわからないという方は是非納得のいくまで推理してからここからのネタバレを読んでください。





 まず、あの迷惑電話をかけた人は「あの娘」です。では何故かけたのか、それはもちろんそうすることによって先輩の部屋がどこかわかるからです。「あの娘」は三時にマンションの正面に立っていました。そして電話をかけ、待っていました。すると、思惑通りマンションの一部屋だけ電気がつきました。もちろんそこが先輩の部屋です。部屋もわかれば郵便受けもわかるので、あとはそこに自分の髪の束を入れたという訳です。


 いかがでしたでしょうか。深夜に携帯が鳴った時は是非気をつけてくださいね。罠かもしれませんから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る