犬小屋

 秋雨前線とやらのせいだろうか、外は大振りの雨が降り続いていた。男は枕に頭をのせ、胎児のように縮こまっていた。犬小屋の中にいたからだ。


 男はまるで自分が子供に戻ったような気がしてワクワクしていた。幼い頃、かくれんぼの時に狭い隙間に入り込んでじっとしていた時や、畳の上ではなく押入れの中で寝た時のような、普段とは違うことをしている時の高揚感を覚えていた。


 この犬小屋を見つけることができたのは幸運だった。ここにくる途中で突然雨が降り始め、雨宿りできそうな所もなく困っていたところ、丁度よく小屋があったのだ。それにしても大きな犬小屋だな。と男は思った。それもそうだった。この犬小屋に住んでいた犬はかなりの大型であったし、この犬の持ち主はとても裕福だ。愛犬のためを思ってこんなに大きな犬小屋を建てたのだろう。


 何の変化もなく短調に繰り返される雨音は、時の流れをいつもより遅く感じさせる。男は少々退屈してきていた。そして左手を目の前に持ってきて、その手首にはめた腕時計を見やり、時刻を確認した。


「そろそろかもな」


 そう言うと、男は右手に持っていたナイフを眺めた。その刃は既に赤黒い血で覆われていた。しかしながらそれは人間の血ではなく、獣の血であった。


「二千円以下で買ったから切れ味が心配だったけど、悪いなんてことは無かったな。さっき試し切りしておいて良かった。」


 そう呟いてから、男は毛皮に包まれた肉塊を枕にしながらこの家の主人を待った。さながら忠犬の様に。

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以下作者コメント

男は標的を待ちせしていたんですね。犬だけに……

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