エピソード 2-3

  ※

 時間とともに事が動く。何が起きたのか明らかになっていった。

 僕はモバイル・ターミナル機でそれを知る。他の者も同じだ。今の段階で情報が上から降りてくることに期待する者はいない。


 三十分もしないうちにCATSによる犯行声明が流れた。

 声明は複数の大手メディアに送られただけではなくSNSによっても拡散された。


 僕は保健スタッフに美音亜の着替えの調達を頼んだ後、美音亜に請われるまま一人でレセプション・ルームに引き返した。


 美音亜はこのまま医務室で横になっている瑠音に付き添うという。代わりに僕が事の成り行きを見守ることを美音亜は望んだ。美音亜は瑠音の症状をパニック障害の発作だと説明した。


 結局僕はレセプション・ルームで待機した。大勢の人々が映像の再開を待っている。

 そんな中、見慣れた人物を見かけた。たまたま僕はホールにいた。中庭を挟み対面の建物内を歩く背の高い人物。


 背後に2名のスタッフを従えている。グラントだ。

 どこかへ雲隠れしたグラントの召喚に成功したのか。指令室に向かっているに違いない。


 事故から3時間以上経過したころ、唐突にエリンとの通信が回復した。


 コックピットでクルーたちがそれぞれの持ち場で作業をしている。どのクルーも落ち着いた様子だ。ほどなくトムが船長席に座った。カメラが真正面にトムを映す。


『やっと回線が繋がった。心配かけてすまない』


 今すぐ美音亜と瑠音にトムが無事なことを知らせに走らなければ。僕はトムの次の言葉を待つ。


『事実をそのまま告げよう。隠しはしない。事故が発生した。今すぐ生命に危険はない。だが、我々は極めて困難な状況下にある』


トムの皺は濃く刻まれ普段より目立った。


『2基のエンジンの内、1基が小爆発を起こした。当初我々は外部で何かが衝突したのだろう、と考えていた。だが5分後、もう片方のエンジンが停止した。原因を調査していたのだが私は強烈な違和感を感じていた。事故の衝撃にも拘わらずタミレ副船長がいっこうに現れないのだ。私は彼の個室をノックした。返事がないので中へ入った。すると彼はベッドの上でぐったりとしていた。テーブルにはメモが置かれ、次のように書かれていた。(燃料に異物を混入させた。非常用太陽電池システムも破壊したから動作しない)と。彼は毒を飲んでいた。私は残りのクルーを呼び全員でタミレ副船長の死亡を確認した。メモの詳しい内容は後ほど画像を送る。全文を読んで内容を検討してほしい』


 息苦しいほどの静けさ。大勢の人間の不安に喘ぐ呼吸音が聞こえるような気がする。僕は耳を塞ぎたくなった。


『現在、エリンは航行不能状態に陥っている。さらに悪いことに先ほどの小爆発で軌道を外れた。今、エリンは太陽の重力に引っ張られている。方向修正は不可能だ。エリンは太陽に捕らえられたのだ』


 夏ごろだったろうか。トムの話を僕は思い出していた。


JAXAは非常時に備え脱出用カプセルの搭載をエリュに申し入れたが了承されなかった。エリュはエリンの安全航行に絶対的自信を見せたし、多数のT・Bの回収を見込んでいたため、積込み用のスペースを最大限に確保したかったのだ。


だが、JAXAもエリュもテロまでは想定していなかった。カプセルを載せていったところでタミレが関わっていたのなら事態は変わらなかったかもしれない。このテロは完全に地球側の責任だ。


『幸いしばらくの間生存は可能だ。酸素濃度に問題はない。食糧も余分にある。当分のんびりと快適な生活が送れる。映画もドラマもゲームも見たい放題やりたい放題だ』

 トムはニヤリとした。


『私たちは大丈夫だ。こうした非常事態に備えた訓練を毎日のように重ねてきたのだ。繰り返し繰り返し嫌というほど。私たちは恐れていない。極めて冷静である。精神の健康を保つための薬も常備している。問題はない。私たちは生き延びて救援を待ち続けるだろう』


 それでも太陽に近づけば。いくら耐熱構造のエリンと言えど。


 こうしてトムが明らかにした事実はCATSが語る「攻撃」と内容が合致していた。この事故はCATSによるテロ行為であると、JAXAは断定しているだろう。


 膨大な予算をつぎ込んだエリンを失うことによる経済的ダメージ。エリン計画の破綻。及びエリュと各国政府との友好関係に軋轢を生じさせる。これらが今回のテロの狙いであったとCATSは声明の中で述べている。


必要最低限の犠牲で目的を成し遂げたと、CATSは自分たちの勝利を宣言していた。

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