エピソード 2-2
「何なの。今のは何なの。……事故なのね。ああ……やっぱり」
瑠音は美音亜を認識すると、千切れるように悲痛な声を出し膝を突いた。
「だから言ったのに。あれほど……行ってはダメって」
美音亜が母親の前でかがんだ。
「ああ。空気がない。空気がないわ」
瑠音が激しくもがくような動作をした。
「死んでしまう。私。空気がない。息ができない。透真も、透真もそう。苦しんでるのよ!」
瑠音の周囲の人間はなすすべもなく立っている。
「お母さん。息を……息をゆっくり吐いて」
美音亜の声は低く怖いほど落ち着いていた。瑠音はダダをこねるように髪の毛を振り回す。
「息を吸ってゆっくり吐く! 練習したでしょう」
美音亜の厳しい口調に瑠音は首を振るのを止めた。
頭を上げ姿勢を伸ばすと口を半開きにした。美音亜の指示どおりゆっくり息を吐き出すのかと思ったら。
嘔吐したのだ。勢いよく飛び出した嘔吐物が美音亜のスーツにもろに掛かった。
さらにもう一回。
とっさに僕は美音亜を立たせようとした。瑠音から遠ざけようと思ったのだ。
「誰か。クリーナーを!」
すぐ近くに立っていた女性が走り出した。
だが美音亜はなかなか立ち上らない。
僕がどうにかしようとするが、ずっしりと大きな石になってしまったかのように動かない。かがんだ姿勢そのままで。表情まで石のようだ。
「美音亜、美音亜、美音亜!」
僕は何度も何度も美音亜に声を掛け揺さぶる。
女性が瑠音に寄り添い話しかける。瑠音はそのまま彼女に従い立ち上がった。
そのときだった。冷たい声が降ってきた。
「汚いわね。早く出て行ってよ」
セリフと柔らかい口調が妙にアンバランスだった。美音亜がビクリと肩を震わしたのが分かる。僕はゆっくり声の主を見上げた。
真っ白なスーツだ。腰に結ばれた大きなリボン。広がった襟。
なんて大きな目だろう。目じりは形良く切れあがっている。肌は透き通るように白く薄紅色の唇が綺麗な形に結ばれていた。
顎まで伸ばしたウェーブの掛かった髪と長い首筋のバランスが絶妙だ。
凪野理瀬だった。間近で見ると認めざるを得ない見事なまでの美貌。こんなときにも拘わらず僕は彼女を値踏みし彼女から目が離せなかった。
「この緊急事態にいったい何をやってるの?」
「彼女たちはね。クルーの家族なんだよ」
僕は言い返した。理瀬がゆっくり僕に視線を移す。
静かだった。周囲を取り囲む人々はただただ見守っているだけだった。
「心配なのはみんな同じよ。この計画には世界中が注目し期待してるのだから」
理瀬は冷徹に言い切った。
「おっしゃるとおりです」
美音亜がすっくと立ち上がった。
「何が起こったのかも分からないうちからこのように取り乱して、大変申し訳ありませんでした。皆さんには大変ご迷惑をお掛けしました」
美音亜は理瀬に他の人々に深々と頭を下げる。直後部屋を飛び出して行った。
僕は美音亜の後を追う。
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