エピソード 1-3
二〇五一年、日本は歴史に残る悲劇に見舞われた。核ミサイル攻撃を受けたのである。核弾頭は知多市の上空で爆発。被害は広島型原爆の三~四倍程度の範囲に及んだ。
発射は潜水艦からとされているがそれ以上のことは判明していない。と言うより発表されていない。直後、犯行声明が流れた。テロリストグループCATSの仕業であると。
二十一世紀も後半に入ると、猛威を振るった宗教原理主義者たちによるテロは収束していった。あるいは代わって台頭したCATSを代表とする実体不明・明確な目的をいっさい提示しない謎に包まれたグループに吸収されていったのだ。
彼らは様々な方面から国家や企業に損害を与える。理想を実現するために、ただ人命をターゲットとし恐怖を煽ってきた従来の手法を思えば、テロリズムと定義するにはふさわしくないのかもしれない。
例えば日本では銀行オンライン不正操作事件が起きた。とあるメガバンクで顧客の預金残高が大幅に減るという現象が同時多発的に発生したのだ。何かを疑う余裕もなく大パニックに陥っている最中、CATSからの犯行声明がメディアに届けられる。
彼らは利益を得るために犯罪を犯す。そういう意味では単に犯罪者集団であった。また同時に一度に大量の命をも奪う。CATSはよりにもよって核を所有していたのだ。
金融事件の余韻で日本社会がまだ波立っている間にロサンゼルスが壊滅した。核攻撃を受けたのだ。CATSはSNSで犯行声明を行うと同時に日本攻撃を予告した。
そして予告は現実となった。核テロによる日本における死者行方不明者はおよそ25万人とされている。
次の標的はどこか。
いよいよ世界は慌てふためいた。世界中でデマや憶測が飛び交い恐慌状態に陥った。だがCATSによる大規模なテロはそこで途切れる。
9年経った今も復興は進んでいない。尾張や知多半島の付け根には残留放射線量が高い場所が点在しそれらは立入禁止区域となり廃墟はそのままで荒れ放題だ。
「ミヲル、イザナギ・イザナミのお話って知ってる?」
「聞いたことはあるよ」
僕は自信がなく曖昧に答えた。
「日本神話よ。男女の神が協力して混沌とした地上に大地を造り上げていくの。私はエリュこそ神々じゃないかって思ってる。今でも忘れられない。美しいエリュの少女たちの舞。みるみるうちに出来上がる人口島。ああ神様なんだって。神様がこんなふうに大地を造るんだって」
美音亜が神々しい何かを眺めるように目を細めた。海上に浮かぶ旧セントレア空港の廃墟に心を痛めているかのように。
2055年、宇宙の彼方からエリュが来訪した。空母ほどもある宇宙艇が大気圏を突入し太平洋に着水したのだ。全世界が大規模テロの惨禍と恐怖から立ち直ろうと必死に闘っていたときの出来事だ。
確かにエリュは演出を凝らしていた。神のように現れ神のように振る舞った。数週間のうちには太平洋の赤道上に石垣島ほどの広さの基地を造り上げてしまう。
地球人とエリュは互いの容姿が酷似していることに驚嘆し喜びあった。外見上は区別がつかない。ひょっとしたら種としての繋がりがあるのだろうか。
敢えて違いを挙げるとすれば、エリュ人は地球人と思うと太陽光が苦手だ。だがそれも環境依存の問題だろう。
エリュは友好的であった。地球をより住みよく安全な環境に変えていくことを約束した。また、地球人が宇宙に進出できるよう技術提供を申し出た。
地球人の信頼を得るために、エリュはSNSでも発信し個々の地球人たちと直接コミュニケートした。
基地に各国要人やメディアを招くと、エリュの少女たちの舞を披露した。低重力空間ドームの中で純白の衣装を身に纏った少女たちが泳ぐ映像が世界中に流された。
「エリュ来訪で地球はずっとお祭りね。やってあげる、やってあげるで、エリュはやけに気前がいい本当は何かあるんじゃないかって疑う人もいるけど、私は来てくれてとても嬉しい。エリュに感謝してるし会えて良かった」
同意を求めるように美音亜は僕を見つめ微笑していた。
「僕もそう思う」
美音亜に笑顔を返す。
「まずもって大きな地震がないって素敵じゃない? これもエリュが持ち込んだT(ターコイズ)・B(ボックス)のおかげよね。そんな素晴らしい物質がこの世に存在していたなんて」
美音亜がはしゃぐように言う。美音亜の喜びに呼応したように曇間から太陽が覗いた。今朝の天気予報は曇りのち晴れだ。真冬だが日差しは強い。
「だからエリン・プロジェクトは日本主導になった」
「そう。それこそ日本はずっと地震に苦しめられてきたから」
美音亜が少し大げさに肩を震わせる。
「寒くなっちゃった。中に入ろうか」
美音亜に促されるまま僕は踵を返す。新セントレア空港を離陸したばかりの大型航空機を眺めた。航空機は急上昇すると空高く小さくなっていく。
主翼がひどく細長いのが特徴だ。エリュ製の輸送機でセントレアと赤道基地を往復する。新セントレアではエリュの他にも軍や民間旅客機が離着陸する。他ならぬエリンも新セントレアから飛び立った。
エリンの左右の主翼はローターだ。固定翼機同様滑走路を走り抜け離陸上昇し大気圏を離れていく。つまり大々的に打ち上げる必要はない。
ただし非常に長く頑丈な滑走路が必要だ。それは離陸より着陸を想定している。目的の資源、T・Bを多く積むほど機体が重くなるのだ。
エリン計画の拠点としてエリュはセントレアを選んだ。旧空港である人工島を再使用するには損傷が激しすぎたからだ。そこで残留放射線が低い対岸の常滑海浜被災地区が新セントレア建設指定地となる。
同時に新しいJAXAの研究センターの併設が決定され今に至っている。
僕たちはその司令塔である建物内に戻った。ガラスの壁の内側にはすでに遮光カーテンが引かれていた。照明は弱く抑えられ内部は仄暗い。
ディスプレイの映像はエリンのコックピットではなかった。代わって青緑に輝く物体が映し出されている。この美しい立方体が精製されたT・Bだ。マイクを握ったグラントが喋っている。T・Bの解説をしているのだ。
遮光カーテンはグラントのため。たった今晴れた空から入り込んだ日光を遮断する。
「凪野理瀬がいないわ」
美音亜が僕に身を寄せ囁いた。僕は例の金色のドレスを探した。
「うん。そのようだね。もう引き上げたんだろう」
「あれだけテレビに出てるんだからとても忙しいのね。ミヲル、残念だったわね」
「残念? 僕が? 別に残念じゃないよ。ファンっていうわけでもないし。どうして?」
美音亜の意図が分からずただ訊き返したつもりだが、僕の言い方に棘を感じたらしい。美音亜はいたずらっぽい笑みを引っ込めると慌てて言い訳した。
「だって間近で見る凪野理瀬があまりに綺麗だったから。男の人はみんなああいう女性に魅力を感じるのかなって」
怒ってないよ、と言う代わりに僕は美音亜に微笑みかける。いつも思う。美音亜は少しばかり臆病で神経が細やかすぎるのだ。
「それは違うよ。綺麗だと思う気持ちもあるけど、それと関心を抱くことはまた別の話だよ。僕が好きになる女の子は」
僕はそこで言葉を切った。不意に目の前に誰かが立ちはだかったのだ。険のある空気がその人物から漂っている。美音亜の母親、
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