ぼっち男、ぼっちでなくなる!?

初めて打撃を受ける

 今日の仕事はセブンス共々酒場での守り人だ。


「夫婦仲よくお仕事だねぇ」

「夫婦じゃねえっすよ、どっちかって言うと俺が彼女に養われてる立場っすよ……上下関係ですって……」

「あらまあ照れちゃって、本当可愛いんだから」


 店主のおばちゃんは苦手だ。人のプライベートに土足で踏み込んで、文句も聞かずに自己満足する。投げキッスなんかしちまって、あーあ面倒くせえ。


「あのね、俺の仕事は酔っ払いを取り押さえる事なんですよね。俺に言わせりゃ店主さんが一番の酔っ払いですよ」

「どうして?私はシラフよ、そうでもなきゃおいしいごはん作れないじゃない」

「もうユーイチさんったら、店長さんに失礼だよ」

「あーはいはい……」


 俺はやっぱりぼっち野郎だ。こうして騒ぎまくる二人の女に抵抗する事もできない。


 一応にわか剣術とぼっチート異能のおかげで斬り合いならば負けねえのにな。そりゃまあセブンスは恩人中の恩人だから文句も言えねえし、セブンスに取っちゃこのおばちゃんは雇い主だもんな、本当に疲れる。



「おーい、酔って暴れたら俺がつまみ出すからなー!」

「わかってますって、って言うかあんたってそんなに金にがめつかったっけ?」

「ったくよ、金はその場で払うもんだろ?」

「お前さんがそれだからよ、おばちゃん俺は月末に払うからな」

「はいはーい」


 っつーかみんな適当だよな、現金も出さずに飯を食おうだなんて。


 そりゃセブンスは従業員だからいわゆる天引きでも別にいいよ、でもそうじゃねえお客様はすぐさま金を払うもんだろ?一応この世界の常識に慣れたつもりでいたけど、こういう所はやっぱ異世界だなって思うよ。


「しかしさ、聞いたかよユーイチ」

「何ですかい」

「今度あの色ボケ村長様の一人っ子がよ、すげえ強い騎士様連れて来るってさ」

「あの坊やさ、相当に頭に来てるらしいからな。まああくまでも教わってやると言い出す辺り根は真面目なのかもしれないけどさ、わざとでもいいからちょっとばかり」


 あっ、セブンスが運んで来たオレンジジュースっぽい飲み物を元に戻しやがった。あのな、お客様を何だと思ってるんだよお前なぁ……。


「おいおいおいおい、お嬢ちゃんほんの冗談だっつのに」

「つまんないですねはっきり言って」

「冷たいねえ、ってかお前さんもいい加減自覚した方がさ」

「お前な、店長さんに給料差っ引かれたいのかよ」


 賃金をもらうための働きなんぞ生まれて初めてに近いこのひと月だけど、好き嫌いで動いてたら商売なんぞできねえ事ぐらい俺だってわかる。だからさ、お客様の注文をすっぽかすような奴俺だったら雇わねえ……




「ああやっぱり避けた……!」


 っておいお前、何飲み物の中身を俺にぶっかけようとしてるんだよ!店が汚れるじゃねえかバカヤロー!


「店長さん!」

「もう本当にあなたは真面目なんだから……って言うかあまりにも鈍感すぎるよ。セブンスが怒ってるってわかんないの?」

「ええ?」

「セブンスちゃん、どうも彼は私があんたの事怒ってると思ってるらしいんだよ。

 ちゃんとやんなさいよ!……で、これで満足かいユーイチ君」

「ああ、はい……」



 飲み物は俺に一滴たりともかからなかった。茶色の皮の鎧もまっさらなまんまで、俺は相変わらず無傷だ。



「何かご注文は!」

「まだそんな時間じゃねえから何も要らねえよ」

「ではそんな時間になったらどうぞ!」


 セブンスはずーっと台所の側で突っ立ってる俺に向かって注文を聞きに来たが、んな事言われてもとしか言いようがねえよ。この世界に来て村長ぐらいしか一日三食なんぞありえねえ事ぐらいは学んだんだ、このまま何もなく終わるようなら二食で十分だよ。

 まあ、俺みたいにぼさーっと突っ立ってるわけじゃなくそれこそ日が暮れるまで麦や牛馬、それからそういう道具との格闘を繰り広げてる鍛冶屋様なら話は別だろうけどな、そういうお客様が今もたくさんいるし。



「まったくユーイチさんったら……どうしてそうなの!」

「どうしてって、俺は単にお前が少しでも立派な奴になれればいいかなって」

「ユーイチさんはあと数日で本当に出て行く気なの」

「そのつもりだ。こんなに優しいご店主様がいるだろ?本当に感謝してるんだぜお前に、わっ!」


 チート異能のせいで怒りの行き場を失ったらしいセブンスは必死に抵抗して来るが、それでも俺はなるべく平静に聞くつもりだった。


 だがそこにいきなり強い衝撃が背中に走り、前のめりに倒れそうになった。



「なんだ当たるじゃねえかよ」

「ユーイチにもかわせねえ攻撃があるんだな!」


 ————おばさんが俺の背中を、思いっきり叩いて来た。


 この世界で、初めての打撃は思いのほか強く俺の体を動かし、酒場の中に笑いを巻き起こした。


 セブンスまで笑ってる。そして下手人のおばちゃんまで笑ってる。


「いやーごめんね、本当に気づいてないとは全然思わなくって。反省反省。でもセブンスちゃん、この子相当に鈍感だからね、しっかり手綱引き締めないと危ないよ」

「今日のはなかったことにしますから、ごめんなさいユーイチさん」


 このチート異能ってのはどうやら悪意のない打撃を避ける事ができないのかなるほど参考になったな、じゃなくて俺もしかして駆け落ちしなきゃなんねえのか?少なくとも村長親子とやり合わなきゃいけねえのか?


 もしかしてこれが、ぼっちの理由なのかもしれねえな……。

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