ぼっち男、少女を持てあます

「いずれはこの村を」

「ああ、そのつもりだ。この世界にも慣れたしな」


 俺がぼっちである理由。そしてもしここに来てれば疎遠だったなりに手助けでもしてみんなで一緒に帰るために。


 その事を真顔で言うと、セブンスは目に涙を溜め出した。


「もうユーイチさん、そんな事言わないで」

「わかったとは言えねえよ、ってかセブンスだって言っちゃ悪いけど」

「わかってます、でも私はユーイチさんと一緒に居たいんです」


 気持ちは重々わかるよ。でもさ、セブンスって正直ただの娘さんだ。


 そりゃこの世界の事についていろいろ教えてくれたのはわかるよ。



 でもさ、たまに仕事ぶりを見に行った事もあるけど(と言うか食事処の警備も兼ねて)、適当に仕事して適当に褒められて適当に怒られている平均的なウェイトレスじゃねえか。

 ストレートな金髪を首の所まで伸ばしたって髪型もごく普通のそれだし、それから背丈も普通。事実上の孤児だってのに、失礼ながら服が汚いって事もない。青緑のワンピースに木靴、そして仕事着として胸に付けるリボン。これもまたありふれた服だ。



「俺の世界にはな、魔物なんて物はいねえ。それから、命のやり取りをするような人間もほとんどいねえ。ある意味これで俺もこっちの世界の基準の人になれたのかもしれねえけど、そんでも俺はやっぱり俺の世界の人間にしかなれねえ」


 ひと月の間に、俺は何べんも何べんも剣を振った。でもその度に、体が重くなっていく。真剣を振ったから筋肉が付いたとか言う意味じゃなく、どんどん自分が恐ろしいもんに変わって行く気がする。


 特にゴブリンを全滅させた後には、二日間引きこもりになっていた。


 魔物って言っても生き物なんだろ?それにこの世界のゴブリンは草食動物で、それこそ自分らの里にいる分には別にどうでもいい存在だったはずだ、それを殺しちまった俺は、もうこっちの世界の存在になっちまったんだろうかとか思い悩んだ。



 そんでもセブンスなんて可愛い娘や自分で金を稼いで暮らしてるって言う達成感が気持ちを覆い隠せてたっぽいけど、そこに俺の命を狙いに来ただなんて言うやつが出て来ちまった。

 もう、我慢の限界に近かったのもあったんだよな……。




「だから、俺はいずれこの村を出る。あといて数日だな、それまでにはお前も身の振り方を決めておけ」

「何でもしますから!」

「何でもって何だよ。あのさ、お前人殺しができるのか?」

「できます!」

「あのさー、お前は血を見たいのか!」

「ユーイチさんと一緒なら!」


 ダメだ、完全にやけくそになってる。


 女と接した事のねえ俺にはセブンスに何を言ったらいいかわからねえ。こんな普通の娘を刃傷沙汰の溢れかえる冒険へと連れて行く事なんぞできる訳がねえってのに!



「確かにさ、ここから出ようが出まいが刃傷沙汰続きだってのは変わらねえ。でもいつまでもじーっとしてるわけにも行かねえんだよ」

「私はユーイチさん、あなたが」


「静かに!」


 んな面倒なとこに割り込んで来る足音を感じた俺は首根っこを掴みそうになって来るセブンスの手を払い、剣を握りしめて外に出た。



 泣きながら怒ろうとしていたセブンスを引きずりながら剣を抜く、またあいつがいた。




「あのさ、一度負けたんだからさ……」

「目当ては君じゃない。そちらのお嬢さんだ」

「あーダメダメ、彼女すごく嫌がってるから」


 エクセルはさっきと同じようにポーズを派手に決めると、剣を抜いた。どう見ても俺のより強いっぽい剣を。

 それでセブンスは俺の服の裾をつまみながら、俺の背中に隠れた。顔も見たくねえと言わんばかりの有様で、背中が震えて来る。セブンスのあいつに対する嫌悪感がよーく伝わって来る。



「私にだなんて一言も言っていないのだがな」

「お前じゃねえとすると、デーン様がか」

「まあ、そうだ。行くぞ!」


 何かと思えばあの村長の息子の代理かよ、正確に言えば代理の代理かよ、まったく面倒くせえ仕事だね。




 俺はこれまでと同じように、適当に剣を振った。一応見よう見まねでこのエクセルのようにやってみたが、全然当たらねえ。

 金属音が響きまくる中、セブンスはじっと祈ってる。ったく、どこまで健気なんだか。


 おっと、その隙を突いて鋭い突きを放って来た、なんてえ速度だよ!


「また当たらないのか!」

「あのさ、お前もうやめねえかんな事?俺だってどうせ勝てる見込みねえよ?」

「逃げるのか!」

「逃げやしねえよ、いや逃げるも何も当たらねえから」

「ええい、ええい、ええい!」


 挑発にも乗らず、冷静に剣を振りまくる。その上で上手に交わし、きっちり距離を取っている。

 使えるかもしれねえと思ってあの突き技を真似してみるが、もちろん受け止められた。一応攻守交代には成功したが、かと言って俺の下手な剣も当たらない。


「もしかして、もしかしてだけどよ」

「こんな最中に一体何を!」

「あの村長のおっさんに言われたんじゃねえか?」

「違う、これはその、あくまでもデーン殿の」

「ファンタジーってマジすげえよな、ハーレムだか知らねえけど三人も女性囲っちゃって。俺なんか十五年も生きててセブンスが三人目だぜ、まともに接してくれた女の」


 お袋と、河野と、そしてセブンス。誰だって幼稚園の時ぐらいにはそれぐらいの数までいるもんだろ、だってのにここまで実にモテねえのもすげえよマジで。


 でもぶっちゃけ、いわゆるその、なんつーか、脂ぎった好色デブオヤジって言うか、村がとりあえず平和なぐらいにはまともなんだろうけど、その……。


「まったく……剣を交えていれば性格がわかるとか言うが、実に君は不可解だ」

「じゃあもうやめよう、それがいい、うんそれがな」

「だが剣士としての意地もある手前な」


 しつけえなあ、本当。とにかく、俺はもう疲れたって言ってんの。


 そんでまたいたちごっこの果てに攻撃が荒くなって首筋に隙ができたんで、剣の柄でポカリ。それでおしまい。




「君は本当に強い。本当にね」

「だから強くねえっての」


 エクセルが深々と頭を下げて去っていく背中を見送るセブンスの目は、とても冷たかった。あんなに優しい奴がここまで怒れるのかってぐらい冷たかった。


「これでわかりましたでしょう」

「……まあな」

「ですからこの村を出て行く時には私はユーイチさんに付いていきますので!」


 セブンスは俺の手を右手で強く握りながら、左手で涙をぬぐっていた。

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