84(1,791歳)「娯 楽 無 双」
「閣下、領内での酒乱騒ぎが増加傾向にあります」
ある日の朝、ディータが報告してきた。
「なんで!?」
「そりゃ余暇と貯金がたくさんある領民に、スパークリングな美味しいお酒を広めてしまったからです」
「Oh……」
「あと、結局のところ蒸留酒を超える娯楽がないからですね」
「オセロも将棋もトランプも、すごろくだってたくさん出してるのに……」
近頃では魔法教本も一巡したようで売り上げが落ちてきたので、これ幸いにとトランプを流行らせた。そりゃもう大流行したってもんだけど、他にもボードゲームをいっぱい作ってもらってこれも流行らせた。
だから、1、2年前に比べたら王国は娯楽過多なくらいなのに……。
蒸留酒……恐ろしい子!
ある意味、
衛生問題を解決しようと思って高純度アルコールを作ったら、蒸留酒の味を知ってしまった王国民が酒乱騒ぎでケガするようになるとは……ままならないものだねぇ。
「手詰まりだよ……どうすれば……」
「簡単なことですよ、閣下」
「おん?」
「娯楽です。蒸留酒以上の娯楽を与えてあげればいいんです」
「何か案があるの?」
「今こそ前世――いえ、前々世でしたか――の経験を生かす時!」
「まさか!」
「ゲームを作りましょう!!」
「おぉぉぉおおおおおおおおお!! この前シリコンウエハー出してたし、ま、ま、まさかテレビゲーム!?」
「……は、無理なので」
「上げて落とすなよぉぉぉお!!」
「TRPGです」
「あー……」
「とりあえずTRPG喫茶を作って、タンポポコーヒーを流行らせましょう。お酒以外の飲み物を嗜むという習慣をつけさせるのです。で、閣下にはゲームマスターになって頂く」
「いや私忙しいし常駐は無理でしょ」
「なのでアインスやツヴァイのような子たちを量産して」
「なるほど!」
「で、たまに閣下ご自身が足を運べば、『運が良ければアリス様に会えるよ喫茶』の出来上がり」
「なんてあこぎな……」
「閣下は領のどこに行っても大人気ですから。閣下と同じテーブルに座れて、間近でお喋りできるとなれば、相当の層が押しかけることでしょう」
「そんなこと言っちゃって、ディータも最近人気らしいじゃん? 街に視察に行った時なんて『せーのっ、ディータ様ぁ~!!』みたいな感じらしいじゃん」
「なっ、どうしてそれを!?」
「従士の子たちから聞いたよぉ」
「しまった、口止めすべきだったか……あ、そうだ閣下、ひとつお願いしたいことが」
◇ ◆ ◇ ◆
ってことで領主直轄の『アリス喫茶』を建てまくった。どんな小さな村にも最低1軒以上。
「ちわーす三河屋でーす」
「あ、オーナー!」
とある街の『アリス喫茶』に入ると、雇われ店長の女の子が笑顔を見せてくれた。
名前は何だったっけ? いや、そもそも聞いてないか。さすがに領内に何百か所も設置している店の全従業員の名前までは把握してない。面接・採用はディータが人を動かしてやってくれたし。
「オーナーってことは領主様!?」
「ついにアリス様と遭遇することができた!」
「はいはーい。アリスちゃん鑑賞会は各自ご自由にどうぞ。TRPGやりますけどプレイしてくださる方はいらっしゃいます?」
「私が」「僕が」「いや俺だ」
「じゃんけーん――」
私が【浮遊】しつつ拳を振り上げると、喫茶内のお客さん数十人が一斉に拳を振り上げた。
◇ ◆ ◇ ◆
「はいここでSAN値チェック~」
「ぎゃあSAN値直葬!」
「大富豪!!」
「フルハウスだぜ!」
「スピ~ド! おりゃおりゃ」
「え、お前また赤ちゃん生まれたの? お祝儀が……」
「よっしゃ上がりー」
「ずっと俺のターン! ダークマジシャンを生贄に――」
ド定番のクトゥ○フものを進行している私の周囲では、トランプやら人○ゲームやらすごろくやらカードゲームに興じるお客さんたち。引き続き『アリス鑑賞会』を続ける熱烈なファンは一部いるものの、基本的には皆、自分たちの遊びに興じている。んで、たんぽぽコーヒーを飲んでる。
TRPGもいろいろ用意したよ。指○物語っぽいやつやらドラ○エっぽいやつやら、私・ホーリィさん・ノティアさん・リスちゃんの冒険譚やら。
ホーリィさんは身バレを恐れてたけど、私が『もうどうせバレても良いのでは? 次に眠ることはないでしょう?』というと、目から鱗が落ちたような顔をして『それもそうさね』って言ってた。
なんというか、今まで90年以上そうして隠れて過ごしてきた
TRPGの種類では、『アリスの野望』っていう私が内政無双でロンダキルア領を発展させる、なんというかC○vシリーズで文化的勝利を目指すようなのが結構流行ってる。いや、私が他領と戦争するお話にしちゃったら、国家反逆の意志ありとみなされかねないから……。
ちなみにこいつにはディータも登場する。ディータの知名度もうなぎ登りだし、私がどこへ行ってもディータのことを褒めたり『すっごい頼りになる』って吹聴してるので、ディータの望み通りの展開になりつつある。まぁ実際、おんぶにだっこかってくらい頼りにしてるし。
「お疲れさまでしたー」
「「「「お疲れさまでしたー!」」」」
私たちのセッションが終わる。上手くいかなかった人も含め、みんな笑顔だ。良かった。
◇ ◆ ◇ ◆
娯楽無双は続く。
「カラオケ欲しいなぁ……」
「蓄音機とスピーカーならもう開発済ですよ」
城塞都市、砦の執務室で、目の前にどどんとおかれる蓄音機とスピーカー。
「おまいはエジソンか!! さすがはディータ!!」
「さすディータ」
言う前に言われた。
「「あ、あははは……」」
さらに追撃。
ディータがふふんと笑い、
「何百年一緒にいると思ってるんですか、閣下。前世も数えると千年近いんですよ?」
「愛が重い……」
「愛も憎しみもね」
「ひ、ひぃ~~~~~ッ」
マイクは何とかなる。私が適当なステッキに【拡声】魔法を【
こうなってくると、楽器も流行らせたいよね。
【土魔法】と木魔法を駆使してずもももももも……っと。
「リュートに似てますね」
「ギターという」
「へぇ」
じゃぁ~ん
実は前々世の私、コードのFが出せたんだよ? あの、人差し指で6本の弦全てを押させるやつ! 人差し指がぷるぷるしてたけど。
「続いてドラム! 革は【アイテムボックス】内に眠ってる適当ななめし革を使おう。筒の部分って素材なんだっけ……? 【おもいだす】――おぉぉ、木が主流だけどスチールにアルミ、銅、チタン……へぇぇ」
大学生時代にちらりと覗いた軽音部の光景や、何気ない雑誌の1ページなどから、結構いろんな情報が拾えるもんだね。
ずももももも……
「えらく多くの太鼓とシンバルがついてますね。へぇ……足も使うんですか!」
「そして最後にピアノ!」
ずももももも……
猫ふんじゃった(私が弾ける唯一の曲)を弾くと、ディータが感心しきり。
◇ ◆ ◇ ◆
ってことでカラオケと音楽スタジオを領内にたくさん建てた。
またぞろ陛下に呼び出しを食らい、『楽しくなりすぎて民が仕事をしなくなりそうじゃから、領内だけに留めておいてくれ』とお願いされた。
ディータがピアノをすらすら弾いたのにはビビったよ。いったいどの国のどの時代の曲かは知らないけど、音楽の授業で聞いたことがあるような、エチュードっていうの? そんな感じの曲。
めっちゃ練習したらしいよ。まぁ私たちには【
そんなある日のこと、『全国吟遊詩人ギルド連盟』のギルドマスターがやって来た。って、そんなギルドまであるんだね。
「音楽スタジオを閉鎖頂きたい!」
「…………なんで?」
「吟遊詩人たちが食いつなげなくなるからです! 卿が育成している『ばんど』とかいう連中が全国を荒らし回っている
あー……私が最初にJポップを広めまくったのが良かったのだろう――フフフJASR○Cよ異世界までは攻めてこれまいて――、領内では瞬く間に数百のインディーズバンドが誕生し、苛烈なランキング争いを繰り広げている。来年の夏には、領都で音楽の祭典を開く予定も立てている。
でも競争が激しくて、他領へ活動の場を移すバンドも増えてるってことか……ごめんなさい、そこまでは把握してなかった。すべきだったかな。
「でも別に、育成しているつもりはないんですけど」
「あんな、誰でも手軽に利用できるほどの低価格でスタジオや楽器を提供しているなど、育成しているも同じこと!」
「うーん……でも王国の人たちは、私が流行らせちゃった『ポップス』にどハマりしてるんでしょう? だったら吟遊詩人さんたちは、それを上回る歌を作るか、それが無理なら流行に乗らなきゃ」
「か、か、か、簡単に言ってくれる……」
「流行に乗る気があるなら、手ほどきしてあげても良いですよ?」
◇ ◆ ◇ ◆
「ってことで第1回アリスちゃん音楽講座~」
「「「「「おー!!」」」」」
ライブ用の広いスタジオにて、数十名の吟遊詩人さんたち――結構女性も多い――のレッスンが始まる。
「まずはギター。リュートに似てますよね。こんな感じで弾きます。しゃららら~ん。で、和音とコード進行ってのがありましてね。ハ長調だと
私の適当な講義を、一言一句漏らすまいと必死に紙製ノートへつけペンでメモる皆々様。いやぁ紙とつけペンも普及したもんだ。
「続いてピアノ。和音とコード進行についてはギターと同じです。難しいのは、最も力の強い親指と、力の弱い小指とで、全く均等な大きさの音を出すことですね。こう、手の形を卵を柔らかく持つみたいにして、まずは基礎練習。ドミファソラソファミ・レファソラシラソファ・ミソラシドシラソ――」
「ベース。見ての通りギターの太い版です。一見すると『ギター増やせばいいんじゃない?』って思うかもしれませんが、これがあるとないとじゃ音楽の安定感が全然違うんですね。こんな感じにベベベベベベベベベ――」
「ドラムです! 太鼓はご存じですよね? お祭りとか行軍で良く使ってますもの。で、こちらスネアドラムにハイハット、タム・タム・タムとタムタムが3つ、左右のシンバルにライトシンバル、バスドラムが最も基本の形となります。お好みでタムタムを増やしたり減らしたり。
で、ツ・ツ・チャ・ツ、ツ・ツ・チャ・ツ……これが最も基本となる
◇ ◆ ◇ ◆
そんな感じで数か月。季節は夏。
領民の皆さんは日々の仕事に汗をかき、レベル100の魔力でパパッと仕事を終えた後は夕方ごろには炭酸風呂でさっぱりし――中には雷魔法で電気風呂する猛者もいた。っていうか加減を間違えた人の蘇生に何度か駆り出された――、お酒を嗜みながら音楽を聴き、読書や遊戯にのめり込み、暗くなれば【
酒乱騒ぎは着実に減っていった。
一方王都や他領ではカラオケや音楽が楽しすぎて、ロンダキルア領に旅行に来る人が激増し、入りびたるもんだから陛下や領地貴族からの苦情が殺到。結局王都や他領にもカラオケと音楽スタジオを建てる運びとなった。
いやぁ、したなぁ娯楽無双。
そして、そんなある日の昼下がり、執務室にて。
「お姉様」
朝から顔を見せていなかったディータが、どぎつい隈を目の下に浮かべながら【瞬間移動】で現れた。『お姉様』呼びに戻ってることと、この様子からして、またぞろ【
そう、実は数か月前に、ディータに専用【
事実、蓄音機とスピーカーは作っちゃったんだし。
「ついに、できました。――【アイテムボックス】」
ディータが取り出したのは、ブラウン管テレビ! いや、モニター?
「うぇぇえええ!? 異世界に戦後三種の神器がお目見え!?」
「その『異世界』っていうのはやめてください。僕にとってはこの世界が生きている世界なんですから」
「あっ、そうだよね、ごめん……」
続いてディータが取り出したもの。それは――
「ま、まままマウス、だと!?」
「ええ」
そして最後に取り出したのは――あぁ、なんてこった――キーボード!!
「御所望の、パソコンです。動力は使用者自身の雷魔法になりますが」
「ふぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
思わず白目を剥いて気絶しかけ、
「【リラクゼーション】!」
ディータの精神安定魔法でなんとか記憶を繋ぎ止める。
叶う! 数千年前、この世界にやって来る時に描いた夢――憧れのテレビゲーム無双の夢が、叶うぞ!!
「……あ、あは、あはははは!! 落として上げるの、やめてよね!!」
このあと滅茶苦茶プログラミングした。
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追記回数:20,666回 通算年数:1,791年 レベル:2,200
次回、ついにアリス――前々世の※※※さん26歳――の願いが叶う!!
そして3000年物の天才青年ディータが操るプログラミング言語とは!?
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