83(1,791歳)「蒸留酒無双の弊害。あと炭酸無双」

「閣下、領内での酒乱騒ぎが増加傾向にあります」


 ある日の朝、ディータが報告してきた。


「なんで!?」


「そりゃレベル100の魔力で農業も工業もとてつもなく省力化され、おまけに生産量爆増で収入爆上がり。領民らの余暇と貯金が増え、目の前に度数の強い蒸留酒があるんです。あとは分かりますでしょう?」


「うぬぬぬ……」


「このままではマズイですよ」


 確かにまずい! 近世イギリスもたどった歴史だ。

 安くて簡単に酔っ払える蒸留酒ジンでべろべろに酔っ払い、路上で自分の赤ん坊を取りこぼしそうになってる様が描かれてる絵画「ジン横丁」だっけか。

 あんな地獄の光景を自領で繰り広げさせるわけにはいかない!


「とりま恐らく元凶であろうトニさんに会いに行こう!」


「はい!」


 従士の仕事そっちのけでお酒造りばかりしている、3バカトリオのお兄さん役――トニさんは、その所為せいで副従士長の座をジルさんに奪られた。

 え、アニさん? アニさんは女性だから……男尊女卑を地でいくこのファンタジー世界で、女性が男性を差し置いて昇進するなんてことはほとんどない。

 女性は『女性だから』という元日本人の感覚からするとまったくもって意味不明な理由により、軽んじられるのが普通だもの。私はホントのレアケース。


 で、お酒造りばかりしているトニさんだけど、そのおかげか、王国内における蒸留酒のシェアの半分以上を独占している。パネェ。マジパネェ。

 つまりトニさんに蒸留酒造りを止めさせれば、領内の蒸留酒流通量は激減するはず。


「【瞬間移動】!」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 勝手知ったる私たちの庭、【1日が100年になるワンハンドレット・部屋ルーム】内の魔の森別荘へ。

 トニさんの酒蔵に入ると、やっぱりいた。


「トニさん」


【発酵】でテンサイ酒を製造中のトニさんに話しかける。


「くふ、くふふ、くふふふ……」


「トニさん!!」


「ぅわっ!? お嬢様!?」


「トニ従士」


 ディータの咎めるような一言に、


「あ、これは失礼を、閣下!」


「とっさに昔の呼び方が出て来るなんて、また長いことここに籠ってましたね? 従士の仕事、ちゃんとやってるでしょうねぇ……?」


「も、もちろんっすよ! ただ、最近はどこまで味と風味を残したまま度数を引き上げらえるのかの研究が楽しくて……」


「ちなみに、その樽の度数は?」


「95%」


「スピリタスか! いや工業用アルコールか! やっぱり元凶はトニさんじゃないの!」


「すぴりたす? なんすか前々世のお酒っすか!?」


「食いつくな! 今すぐそのお酒を造るのを止めなさい!」


「イヤっす!」


「イヤっすじゃねぇ! 事は領内の治安悪化につながります! 領主として、度数40%越えの蒸留酒製造を禁じます!」


「そんな! せめて50!」


「10にしてもいいんですよ?」


 10%だってビールの倍。前世の私はビールをジョッキで数杯飲まされただけで気を失った。大学のサークル飲みで酔いつぶれて以来、私はほとんどお酒を飲まなかった。

 つまり10%だって十分に強いお酒ってことだ。

 それを40まで妥協したのは、ジンやウォッカといった前世のお酒が40%だったから。


 トニさんが辛そうな顔をしている。私との【契約】に縛られ、『治安悪化』という私への反逆行為である蒸留酒造りを、続けたいと考えているからだろう。


「だって国中の皆さんが、美味しい美味しいって言って、自分の造ったお酒を飲んでくれるんすよ!? そもそも自分に蒸留のこと教えてくれたの閣下じゃないっすか! 閣下は子供に子犬を与え、愛着が湧いたところで取り上げるんすか!?」


「トニさんは子供じゃないでしょう?」


「ものの例えじゃないっすか!」


「と・に・か・く! これは決定事項です! 酒乱良くない! お酒は飲んでも飲まれるな! 前々世――日本の日本酒は、度数15%くらいだったけど、その香り高さで世界中で売れたんですよ? トニさんだってさっき『味と風味』って言ってたじゃないですか。時代は度数ではなく味と風味! 酔っ払えるから美味しいお酒ではなく、美味しいから美味しいお酒を造りましょうよ!」


「おぉぉ、おぉぉぉおおおおおおっ!!」


 よ、ヨシ!(指差呼称しさこしょう) 上手い具合に誘導できたかな?


「ってことで度数40%越えのお酒は加水するなり果実水を混ぜるなりして度数を下げてから流通させてくださいね」


畏まりました、イエス・マイ・閣下ロード!」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 その夜、城塞都市のとある酒場にて。


「それで俺ぁその行商人に言ってやったのさ! 悔しかったら【瞬間移動】覚えなってよ!」


「ぎゃはは、そりゃ無理な話だ!」


 酒場の外からも聞こえる喧噪。まぁ楽しそうなのはいいことなんだけど……。


「痛っ、てめぇどこに目ぇつけて歩いてんだ! おぉ!?」


「やんのかゴラ」


「ケンカか!? やれやれぃ!」


 あぁあぁ始まってるよ……。

 私は酒場のドアをばぁんと開き、


「そこまで!!」


 力の限り声を張り上げる。


「「「「……え?」」」」


 数十人いたお客さんや店員さんがポカンと私を見る。

 今まさに殴り合おうとしていた男性ふたりも、それを取り囲んでいた野次馬たちも、その体勢のまま顔だけをこちらに向けている。


「りょ、領主様!」


「あ、あ、あ、アリス様」


「え、領主様だって!?」


「見たい見たい! どこどこどこ!?」


 見たいと言われたのでふわりと【浮遊】し、仁王立ち風のポーズを取って、


「私は今、おこです!」


「「「「!?」」」」


「酒乱良くない! 酒は飲んでも飲まれるな! 私は今、とても怒っています! 皆さん! 品行方正であれ、という私との約束を忘れちゃったんですか!? 『酔っぱらってケンカくらいはしても良い』とは言いましたよ確かに。でもケンカを推奨しているわけではないんですよ!?」


「ご、ごめんなさいぃ……」


「すみませんでした、領主様……」


 ケンカしようとしてた男性ふたりが平謝り。


「よろしい。というわけで、度数40%超えのお酒は本日より禁止とさせて頂きます」


「「「「「えぇ~~~~ッ!?」」」」」


 一同の悲痛な叫び。


「その代わり、単に度数が高いだけじゃ味わえない、極上の快感を教えてあげましょう。そちらの方、そのお酒を加工させて頂いても?」


 近くにいた男性客に問いかける。


「へ、へぇ。そりゃアリス様の頼みとあれば」


 差し出されたコップへ、【アイテムボックス】から取り出したあるものを注ぎ込む。するとコップの中のお酒が、シュワシュワと泡を立て始めた。


「飲んでみてください」


「へぇ。ごくっ……ん!? な、な、なんですかこの刺激は!? 口の中で酒が弾けましたよ!?」


「ふっふっふっ……これはね、『炭酸』と言います」


「「「「「たんさん……?」」」」」


「うめぇうめぇ! こりゃいいや! すっげぇ爽やかで、いくらでも飲めちまう!」


「あっ、飲み過ぎはダメですよ!」


「へ、へぇすみません」


 男性が美味い美味いとソーダ割りを飲む姿を見て、他の皆さんが目の色を変え、


「領主様、俺にもください!」


「私も!!」


「俺もです!!」


「はいはーい、1列に並んでくださーい」



    ◇  ◆  ◇  ◆



「「「「「うめぇぇええええええ!!」」」」」


 一同大興奮。

 ――ヨシ!(指差呼称しさこしょう


「美味しいでしょう? もっと欲しくなりませんか?」


「「「「「なりますなります!!」」」」」


「では作り方を教えてあげましょう」


「「「「「おぉぉぉおおおおおお!!」」」」」


「その代わり! 私と約束してください! 酒乱ダメ絶対! 酒は飲んでも飲まれるな! 分かりましたか!?」


「「「「「畏まりました、イエス・マイ・閣下ロード!」」」」」



    ◇  ◆  ◇  ◆



「炭酸水の原料はクエン酸と重曹です。まずクエン酸ですが、これは要はレモンを始めとした柑橘類のすっぱさを凝縮したもの。【アイテムボックス】」


 レモンを取り出し、


「【ウィンドカッター】! 【テレキネシス】!」


 半分に切ってぎゅぅぅぅぅううっと絞る。


「【ドライ】!」


 それを乾燥させればクエン酸――白い結晶の出来上がり。


「ね、簡単でしょ?」


「「「「「ふむ……」」」」」


 レベル100揃いの精鋭領民たちは、『まぁ慣れればできるな』って感じの顔で、私の手元に見てる。


「続いて重曹。これがちと難しい」


「「「「「え……」」」」」


 一同、不安な表情。この私をして難しいと言わせるとは、って感じか。


 重曹とは炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)のこと。

 炭酸水素ナトリウムは水酸化ナトリウム(苛性ソーダ。NaOH)と二酸化炭素(CO2)を反応させれば出来上がる。

 で、水酸化ナトリウムは塩化ナトリウム(塩。NaCl)を溶かした水(塩水)を電気分解することで得られる。


「まず、【物理防護結界】で器を作り、そこに真水を注ぎ込みます――【ウォーターボール】。で、そこに塩を入れて、加熱しながら良く溶かします――【ファイアウォール】。で、ここに雷魔法を加えて苛性ソーダを電気分解させます。【サンダー】!」


「「「「「!?」」」」」


「あとは燃焼させて酸素と結合させれば――」


「ちょちょちょ待ってください領主様! 早すぎます。もうちょっとゆっくり……」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 じっくり説明したけれど、やっぱり領民の皆さんには無理そうだった。まぁ、現代地球の化学知識抜きじゃキツイわなぁ……。

 何割かの人は雷魔法の習得には成功してたけどね。


「じゃあ、重曹は私が作って商店に卸すことにしますよ。とりまコップ1配分ずつはプレゼントします」


「「「「「やっほぉぅ!」」」」」


 楽しそうだねぇ。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 ってことで夜な夜な領の酒場という酒場、宿屋という宿屋を渡り歩き、炭酸を広めていった。

 トニさんは早々に察知して、炭酸ビート酒やらスパークリングワインやらを作り出していたよ。


 そして私はといえば、


「さ、入れますよぉ~」


「「「どきどきどき……」」」


 じたくのお風呂場で、ママン、アニさん、精鋭従士の中でも特に仲の良い――前世でお世話になった――アメリアさんと一緒にご入浴。


 湯船の中に入れるのは重曹とクエン酸――炭酸風呂だ!


「「「「ふぉぉぉぉおぉおおおッ!!」」」」


 未知の快感に大興奮する3人と、千数百年振りの快感に大興奮する私。


「もっと、もっと入れてみましょうよ!」


「いきますよぉ~」


 アニさんの提案に乗せられて、調子に乗った私が入れ過ぎてしまい、


「「「「いだだだだだだッ!!」」」」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 炭酸風呂も、そりゃあもう国中で流行ったよ。

 またぞろ陛下にお呼び出しされ、大量納入させられた。






**************************************************************

追記回数:20,666回  通算年数:1,791年  レベル:2,200


次回、それでもなお収まらない酒乱騒ぎ……。

アリス「ど、どどどどうしよう……?」

ディータ「簡単なこと。蒸留酒以上の娯楽を与えてやれば良いのです」

アリス「娯楽というとまさか……?」

ディータ「そう、お姉様の前々世の――」

アリス「テレビゲーム!?」

ディータ「……は、無理なので、TRPGで」

アリス「上げて落とすなよォ!!」

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