71(閑話) 「変なお姉さん」
僕の名はフェッテン。8歳。
最近の悩みは、体の気だるさ。
【闘気】をまとえば今まで通り剣を振るうことができるんだけど、長く【闘気】をまとった場合、【闘気】を切った途端に反動で倒れるようになってしまった。
どうしてだろう? 今までこんなにも体が弱ったことなんて今までなかったのに、この数ヵ月でどんどんひどくなってきた。
宮廷筆頭魔法使いの聖級治癒魔法でも治らず、侍医長が処方したどんな薬も効果がなかった。
原因不明。侍医長は『呪いだ』と嘆いた。
食べ物に毒が入れられているのでは? という線も外れた。宮廷魔法使いでもっとも【鑑定】に優れた人が毎回見てくれるので間違いない。
食事といえば、半年ほど前に料理長が代わり、メニューもじょじょに変わってきた。でも毒は入っていないんだから、料理長を疑うのも違うと思う。
そもそも料理長は悪い人ではない。僕が『体がだるい』と訴えれば、『元気になるスイーツをご用意しましょう』と言って、『かすたーどぷりん』とか『しふぉんけーき』とかいう、見たこともない美味しいお菓子をいっぱい作ってくれるから。
というか、そういう新しいお菓子を作る知識と技術を持っているからこその料理長交代だったわけだけれど。
◇ ◆ ◇ ◆
僕用の宮殿での、ある日の昼下がり。
『しふぉんけーき』を食べていると、メイドが宝石箱を持ってきた。第二妃からの贈り物なんだとか。
何気なく宝石箱を開こうとすると、
「ねぇキミ、その箱開けない方がいいよ」
「――えっ!?」
窓の方からいきなり声がした!
窓を見ると、鍵をかけていたはずの窓が開いていて、人が腰かけていた。
「宝石のほかに、猛毒の蜘蛛が入ってる。ひどいイタズラするもんだねぇ……最悪死ぬってぇの」
正体不明の侵入者が宝石箱の方へ指を振ると、宝石箱がふわっと持ち上がり、薄っすらと白い球体に囲まれた――これは【防護結界】だな。物理か魔法のどちらかは分からないけど、もしも侵入者に僕への害意がないなら【物理防護結界】だろう……けど、侵入しておいて害意がないわけがない!
かくいう僕は、【闘気】を全開にして剣を取り、部屋の隅で身構えている。
一流の剣術使いであると自負する僕でも、声をかけられるまでまるで気づかなかったんだ。目を離すわけにはいかない。どうする、扉の外の兵を呼ぶか……? いや、一瞬でもこの侵入者から気をそらすのは悪手のように思う。
侵入者がついっついっ指を動かすと、結界内で箱が開き、中から本当に蜘蛛が出てきて、あっというまにペシャンコなった。
なんて精密な魔法の制御――…いやそもそも王城には父上の『許可』がなければ魔法を行使できないという神級の【光魔法】がかけられているのに! 神級魔法を打ち破るほどの魔法力!?
「ほら、もう安全だよ。蜘蛛は証拠として王様にでも突き出せばいい」
蜘蛛が箱の中に仕舞われ、結界が消える。
「……お前は誰だ?」
歳の頃は10代か20代? 性別は声と服装からして女。金色の髪は長い。
なぜその程度しか分からないって? だって、その女は面妖な――犬? オオカミ? あ、もしかしてフェンリル?――の面をかぶっていたから。
「うーん……なんていうか、女神様からキミのことを助けるように言われてきた正義の味方、みたいな? だから、人は呼ばないでもらえると嬉しいな」
「はぁ……?」
「【鑑定】! おぉ、そのケーキ、サトウキビ由来の砂糖が使われてる! ってことは魔王国領にはサトウキビがあるんだねぇ、うらやましい」
「なっ、魔王国!?」
「そのケーキに使われてるお砂糖……サトウキビっていう植物から取られてるんだけど、サトウキビってこの国よりもっともっと南の、暑ぅーい地域に行かないと実ってないの。これの意味すること、分かるかな?」
「――…」
……料理長が作った珍しいお菓子。体調不良。じょじょに変わったメニュー。
少なくとも、この女の話を聞く価値はある。いや、聞かなければならない。
◇ ◆ ◇ ◆
女の口から飛び出す、栄養学、ビタミン、栄養不足が引き起こす病の数々から始まり、衛生学やら細菌、ウイルス、アルコール消毒といった、王立図書館に行っても見つからないような最先端の知識の数々。
むしろ、この女こそ魔族なのでは? とも思ったけれど、じゃあ人族の子である僕に有利な情報を与えるのもまたおかしな話。
とはいえ、女神云々の話を鵜呑みにするわけにもいかない……。
僕がうんうんと唸っていると、
「……フェッテン様は、やっぱり聡い人だねぇ」
なんだかひどくしみじみと、万感の思いを込めて、といったふうな女のつぶやき。いったいぜんたい何なんだ? この女は、僕のことを知っているのか?
慌てて女の顔――といっても仮面だけど――を見ると、女は『あ、しまった』って感じに顔をそらした。顔は見えないけどなぜか分かった。
「と、と、とにかく! そんなわけだから、とりま玄米と豚肉重点の食事を摂れば体のだるさは数日で治るよ! ハイこれレバニラ炒め」
虚空――こいつ【アイテムボックス】持ちか――から取り出した、ホカホカの料理――しかも時間停止機能付き! 聖級魔法だぞ!?――を、ずずいと差し出してくる女。
「……いや、毒見も【鑑定】もしていない料理は食べてはいけないから」
「【鑑定】! 毒はナシ! ――ヨシ!」
「いやいやいや、お前が【鑑定】しても意味がないだろう」
「あはは、まぁそうだよね。王子様は【鑑定】使えないの?」
「――…」
くそ、さりげなく【鑑定】のレベルがバレるよう誘導された。
「じゃあ毒の有無が分かるようになるまで鍛えればいいじゃない」
「はぁっ!? 詳しい【鑑定】は非常に多くの魔力を使うんだぞ?」
「【闘気】が使えるほどのキミなら、いけるいける」
「なぜ【闘気】のことを!?」
「さっき、まとってたじゃない」
「――…」
他人の魔力すら感知できるほどの【魔力感知】スキル……。
「実はわた――お、お、お姉さんはね、物凄くものすごーく魔力が多いの。お姉さんの【
「1週間!?」
「でも、外部時間でなら1秒にもならない」
「??????」
「お姉さんね、時間の流れを変えられる魔法が使えるの」
◇ ◆ ◇ ◆
……結局、この女について来てしまった。
日に日に悪化する体調、女がもたらした叡智の数々、そして料理長への疑惑……。この女なら、何か打開策を持っているように感じられたから。
それと……女の声が、なんだかとても心地良い、なぜだか懐かしいものだったから。
【瞬間移動】で連れて来られたのは謎の森と、そこにポツンと立っている豆腐のように真四角の家。材質は――石? にしては継ぎ目がない……。まぁこの女のことだ。魔法で作ったのだろう。
女は『アイリス』と名乗った。
その日から1週間――といっても森の中はずっと昼間だったので、時間間隔はあいまいだったけど――、僕はアイリスから【
聞けばここは魔の森で――なんてところに連れて来るんだ――出てくる魔物はとてつもなく強いものばかりで、アイリスの魔法のサポートがなければ太刀打ちできなかったな。
おかげでいい鍛錬になった。いや、アイリスの【土魔法】で手足と口を固められ、身動きの取れない魔物にとどめを刺すのが、果たして鍛錬といえるかどうかは微妙だけど……少なくともレベルは100にまでなった。
でも、レベルアップ酔いはひどかった……。
そして驚くべきことに、アイリスが出す料理を食べているうちに、ものの2日で病はすっかり治ってしまった!
いやまぁ、アイリスが出す料理を【鑑定】する力を得るための修行中に、アイリスが出す料理を食べては本末転倒だったけど、初日でいきなり数十もレベルを上げさせてもらっては、害意を疑うのも馬鹿らしいというもの。
夜には――といっても家の外は昼間だけど――アイリスと同じベッドで、アイリスの子守歌――これもまた、聞いたことのない面妖な歌だったけど――であやしつけられて眠った。
乳母にも母にも、こんなふうにしてもらったことなど一度もない。
なんとも安らげる、初めての感覚だった。
そして、夢を見た。
不思議な夢。
可愛らしい少女と一緒に、何十年何百年と森の中でレベリングする夢。外はいつまで経っても昼のままで、何だか今の状況と似ている。
見る夢は毎日違った。
森の中で魔物の集団に襲われ、絶体絶命のところをその少女に助けられる夢。
少女に何度も何度も結婚を申し込むも、のらりくらりとかわされる夢。
一芝居打って少女の真意を確かめつつ、正式に婚約した夢。
少女と一緒にゆっくりと成長していく日々の夢。
迫りくる洪水のような魔物の群れと延々と戦い続ける夢。
そして――…
心から愛したその少女の、
亡骸を抱え、
慟哭する、
……………………夢。
「うわぁぁあああああ!!」
飛び起きると、アイリスが抱きしめてくれた。
「大丈夫。大丈夫……」
「でも」
「大丈夫。キミの人生は、きっと輝かしいものになるから」
「そうじゃないんだ。僕のことじゃなくて……」
「大丈夫だよ」
アイリスの胸の中は、とても安心できた。
◇ ◆ ◇ ◆
「【鑑定】!」
***************************
『アイリスの手料理』
レバニラ炒め。
ビタミンB1豊富。毒は入っていない。
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「できた! できたぞ!」
「おおお! さすがは王子様! さす王子!」
アイリスに頭を撫でられた。
アイリスには感謝してもしきれない……けど、明らかに頭がおかしい人だとも思う。この1週間の間も奇行や妄言が甚だしかったし、そもそも初対面の子供――しかも王子――をいきなり1週間も拉致するか!?
まぁでも、この1週間で慣れた。
思えば夢の中に出てくる女の子も、奇行が目立つんだよなぁ……。
◇ ◆ ◇ ◆
この1週間で覚えてしまった【瞬間移動】で戻ってみると、本当に、本当にまったく時間は経っていないようだった。『しふぉんけーき』はしっとりしたままだったし。
そして、もう一度アイリスの家があった場所に【瞬間移動】すると、そこにはアイリスの姿も、家も、何もなかった。
◇ ◆ ◇ ◆
あれは夢だったのだろうか……?
でも現にレベルは上がっているし病も治ってる。
なんて思いながら庭を歩いていると、
「帰りに2階から花瓶が落ちてくるから気をつけてね。まぁレベル100の王子様なら怪我もしないだろうけど」
「アイリス!」
普通にいた。
◇ ◆ ◇ ◆
そんな感じでアイリスはたびたび、いきなり現れたかと思えば、僕を守るための助言をしてどこかへ消えて行った。
それにしても、僕を殺そうとか怪我させようと暗躍するメイドたちの多いこと多いこと! まぁ、宮殿の侍者の人事を担当している内務閥――その長たる兄と、第二妃の仕業だろう……。
調べたところ、あの料理長も第二妃の家と懇意な上流貴族が紹介した者だった。
そんなふうにして、アイリスに見守られながら数年が過ぎた。
結局、アイリスの素顔を見る機会は訪れなかったな。
少女の夢は今でも時々見ている。
少女の亡骸を抱く生々しい感覚も、その頬から体温が消えていく様も、はっきりと覚えている……。
◇ ◆ ◇ ◆
僕――私は証拠を取り揃え、父上に洗いざらいを話した。
料理長の疑惑、今までメイドらから受けてきた害意、そして、それら全てから私を守り、私をレベル100にしてくれた謎の女――アイリスのことを。
父上は最初、半信半疑だったようだけど――そりゃ私だって、こんな荒唐無稽な話を聞かされたら信じられないだろう――私のレベルが100だと【鑑定】で出たところを見て、全てを受け入れることに決めたそうだ。
料理長は処刑、推挙した家は取り潰し、兄上と第二妃は幽閉となった。
料理長と魔族のつながりは、結局最後まで見つからなかったそうだ。最後まで口を割らなかったのか、本当につながりがなかったのか……。
この結果は正直可哀そうだと思ったが……まぁ、仕方がない。
彼らは、それだけのことをしたのだから。
◇ ◆ ◇ ◆
「フェッテンよ、そなたジークフリートの娘に興味があると言っていたな?」
「ええ」
5年前にロンダキルア辺境伯領の城塞都市に生まれ、英雄ジークフリートと同じくらいに強く、数々の発明や名産で城塞都市を発展させ、なんでもフェンリルと一緒に庭を四つん這いで駆け回っているとかいう、頭のおかしい娘。
なんというか、夢の中の少女の奇行にかぶるんだよな……。
この国は未だ、魔王国との戦争中。王妃には強い女が望ましい。
本当はアイリスと一緒になりたかったのだけれど、彼女は絶対に正体を明かさなかった。無理に暴こうとするのは大恩あるアイリスを裏切る行為なので、するわけにはいかなかった。
そこで目をつけていたのが、英雄ジークフリートの娘、アリスだ。
「近々ジークフリートとの謁見があるのじゃが、ジークフリートのやつ、妻と娘を同席させると聞かないようでな。良ければそなたも出るか?」
「ぜひ!」
◇ ◆ ◇ ◆
略式謁見室で
娘アリスの姿を見た時、妙な懐かしさを感じた。
「顔を上げてくれ!」
嬉しそうな父上の声に顔を上げた少女を見て、
息が、止まるかと思った。
「――アイリス!?」
全て、理解した。
アイリスとアリス、そして夢の中の少女――
前世であれほど愛した彼女のことを!
「アイリス! いや、アリス! 会いたかった!」
涙があふれる。
私の腕の中で死んでいったアリスが今、生きて、目の前にいる!!
「今度こそ、そなたを守り抜いてみせる!!」
愛おしくも小さなその手を握りしめると、
「ふぇ、ふぇ、フェッテンざばぁぁあ~~~~ッ!!」
少女は泣き出してしまった。
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フェッテン様「思い…出した!」
次回、「身バレ ~愛ゆえに~」。
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