65(1,241歳)「魔王復活!」

 12歳の春のある日、夢に女神様が現れた。


「……ついに、来ました」


「来ちゃいましたか……」


「はい。魔王、復活です」


 おなじみ白一色の不思議空間で、女神様が暗い表情をする。

 物憂げな表情でも女神様は可愛い……。


「アリスちゃん、いくらなんでも能天気過ぎでは? って、私が付けたんですよね、称号【能天気】」


 やべ、考えてること読まれた。

 もう、千数百飛んで12年も昔の話なんだなぁ……。

 思えば遠くへ来たもんだよ。


「月並みな言葉かもしれませんが……アリスちゃん、あなたの武運を祈っています」


「はい!」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 目を開く。じたくの自室のベッド。

時計クロック】――朝5時。


『常駐ブルーバード隊、警急呼集!』


『『『『『『『ピロピロピロッ!』』』』』』』


 陛下、フェッテン様、宰相様、パパンとママンとディータとバルトルトさんと3バカトリオにパーティーメンバーとアラクネさん、108名の従士、各街の各ギルドマスター、そして私に全面協力してくれる領地貴族の元に常駐しているブルーバードたちから一斉に返事。

 ブルーバードたちの常駐先は皆、【契約】した上で【1日が100年になるワンハンドレット・部屋ルーム】のことを開示した、信頼のおけるメンバーだ。

 その名も『チーム・アリス』!!(ばぁあああん!)


 唯一アラクネさんだけは従魔だけど、王国語が喋れるのでチーム入りした。

 私はチビも推挙したんだけど、みんなから却下された。

『でも犬って人語をかなり理解してるんですよ?』

 からの、

『だが喋れんじゃろ』

 との陛下のお言葉。正論、セイロンティー。


 私は【1日が100年になるワンハンドレット・部屋ルーム】へ【瞬間移動】。

 元・魔の森運動場に建てたチーム・アリス棟――居住スペースとか作戦指令室とか――に入る。


 しばらく待つが、誰も来ない。

 そりゃそうか。外での1秒が、ここでの半日。外での1分が、ここでの1ヵ月弱。いくらなんでも1秒とかでこっちには来れないわな。


 部屋の中と外を行ったり来たりして待っていると、外部時間で1分ほどで、『寝巻のままだけど顔だけ洗いました』風な陛下とフェッテン様と宰相様、パパンとママンとディータとバルトルトさんと3バカトリオにパーティーメンバー、108名の従士が作戦指令室へ【瞬間移動】して来た。

 アラクネさんもいる。ひとりだけキッチリ着替えて。


 朝5時にブルーバードに叩き起こされ、1分でやって来れるとは、よく訓練されておりますな。

 陛下と宰相様なんてそこそこのお歳のはずなのに、レベリングした所為せいか、初めてお会いした当時よりもむしろピンピンしてる。


「……アリス」


 顔を赤くしたフェッテン様が近づいてきて、【アイテムボックス】から取り出したマントを着せてくる。ありゃ、ちょっと薄着過ぎたかしら。

 今世の私も今や『セクシーギャル』の仲間入りさ! いや、今世の私『は』か。ゴリゴリに鍛えているから、出るとこ以外はしっかり引き締まってるしね! しかも私はまだ12歳。もう1段階くらい期待できるんじゃない?


「えへへ……ありがとうございます」


 クンカクンカスーハースーハー。


「ちょっ、吸わないでくれよ」


「えへへ……」


 フェッテン様の匂いぃ……。

 フェッテン様って、私がフェッテン様を吸おうとすると嫌がるんだよね。愛情表現ですよぉ。別にチビと同じ扱いをしてるんじゃないですって。


 他のメンツが来ないので、私が皆さんを【瞬間移動】で部屋の中と外を1秒間隔で運んでいると、外部時間での数分後、全員が出揃った。


「それで、アリス」


 作戦指令室のお誕生日席に座り、陛下が口火を切る。


「はい。先ほど夢に女神様が現れ、魔王復活を告げられました……」


「ついに、か」


 深刻な顔をする一同。

 全員寝巻きとか部屋着なのがなんともシュールだけど……。


「ご存じの通り、魔王は『無制限の【従魔テイム】能力』を持っています。主要な山・森・漁村の海岸はブルーバードたちに監視させていますが、魔物の集団暴走スタンピードを発見した場合は速やかに報告するよう、改めて各領民に公示をお願いします」


「そうですな」


「分かったぞい」


「承知」


 領主の皆様や各ギルマスさんたちが頷いてくれる。

 この場に、あのロンダキルア辺境伯様と、結局最後まで仲良くなれなかった一部内部閥の領主様たちがいないのが悔やまれる……。


 ま、後悔してもしゃーない。切り替えていこう。


「というわけで、ひとまずこの場は解散にしようと思いますが、よろしいでしょうか?」


「うむ」


 頷いた陛下が【瞬間移動】で姿を消し、三々五々【瞬間移動】で消えていく面々。

 いやぁ、領主様方やギルマス様方も養殖したよ、もちろん。

 この部屋を使い、秘密を厳守するための最低限の自衛力だ。レベル300が最低限? ってのは置いておいて。


「じゃ、今日からアタイらは砦に住まわせてもらうよ」


 ホーリィさん、ノティアさん、リスちゃんがやってくる。


「はい。よろしくお願い致します!」



    ◇  ◆  ◇  ◆



1日が100年になるワンハンドレット・部屋ルーム】内で姫騎士風衣装に着替えて城塞都市の教会に行き、朝5時だけど特別に鐘を鳴らしてもらった。

 3時間毎の時を告げる普段の鐘と異なり、せわしなく鳴る鐘の音――警急呼集だ。

 この鐘を聞いたら、戦闘員は速やかに砦へ、非戦闘員は中央広場へ集合する手はずになっている。


 砦の方はパパンに任せる。

 私はというと、非戦闘員が集まるまでの間に農村2つ、漁村1つの村長さん宅へ『突撃! 隣の朝ごはん』して各村の人々を集めるよう指示する。



    ◇  ◆  ◇  ◆



「先ほど、全知全能神ゼニス様より魔王復活とのお告げを受けました!」


 城塞都市の中央広場。集まった人々に向かって、私は声を張り上げる。


「しかし恐れる必要はありません! 私はこの2年間、兵を鍛えに鍛え、砦を徹底的に補強してきました。たとえ魔の森から地竜アースドラゴンの群れが現れようとも、砦の壁はビクともしないでしょう!」


 群衆の歓声。


 ……まぁ、嘘なんだけど。さすがに地竜アースドラゴンの群れに突進されたら、ダイヤモンドの壁でもどこまで耐えれることやら。

 とはいえレベル300超えの100名以上の超精鋭が、どんな魔物であろうと壁までの到達を許すはずもない。

 なので実質、嘘ではない。


「魔の森方面は心配ありません! しかし問題はその他の山や森や海です! 今この瞬間より、非戦闘員の山・森・海への立ち入りを禁じます! お肉や毛皮等の素材は私の方から卸しますのでご心配なく! 魚は……まぁ、ガマンしてください」


 群衆から悲しそうな声が聞こえる。ごめんて。

 108名の【瞬間移動】持ちが増えたことで、彼らに漁村から新鮮な魚を輸送してもらってたんだよね。漁村も儲かるし城塞都市でも新鮮な魚が食べられる。ウィンウィンというわけ。

 で、今まで干し魚の味しか知らなかった住民が鮮魚にどハマりし、からのぉ私の『ガマンしろ』宣言。子供におもちゃを与えてから取り上げるが如き、悪魔の所業。


「城塞都市近郊から離れるのも禁止! 城壁が見える範囲は歩いて構いませんが、必ず数人以上で行動し、武器を携帯すること! 行商も禁止となりますが、塩・砂糖・酒・衣類・娯楽品その他物資は軍の【瞬間移動】持ちが輸送するので心配の必要はありません!」


 群衆から歓声。

 いくら戦時とはいえ、お酒や娯楽がないのはしんどいもんねぇ。


「アリス様、お魚も!」


「どうかお魚を!」


 一部熱烈なお魚ファンから嘆願の声が。緊張感ねぇなコイツら。


「分かりました分かりましたから! 王都方面からお魚も輸送させるようにします」


「「「「「「うぉぉぉおおおおお! アリス様万歳!!」」」」」」


「どんだけ! ゴホン! で話の続きですが、どうしても他の街へ移動する必要がある人は砦に申し出てください! あと王都への避難も引き続き受け付けておりますので!

 最後に、これが一番重要なことですが、魔物の姿、それも群れを見たならけっして戦おうとせず、大至急、砦へ通報すること!」


 魔法教本の普及で、『八百屋さん』とか『床屋さん』とかでもゴブリンやオーク幼体くらいなら倒せる力を持ってるからね。でも生兵法は大怪我の基だ。


「では皆さん、緊張感は持ちつつも、普段通りに生活してください! 以上!」


 ちなみに、森や山に入ったり、移動しないと仕事にならない系の人たちへは、2年前から新産業へご案内したり、私と懇意な工房・店舗等へご案内したり、農民スターターキットを提供している。


 続いて農村2つでも同じような演説。

 特に北側の農村は山――千数百12年前にオークの集落を殲滅した山――があるので、くれぐれも入るな、絶対に入るな、絶対だぞと脅しつけた。

 まぁブルーバードちゃんがしっかり監視してて、緊急通報が来ればレベル300以上のメンバーたちで対応する体制を構築済なので、心配はないと思うけど。


 基本、私は甘ちゃんなので、ひとりの犠牲者も出したくないんだよね。


 最後の漁村でも演説。こちらは海に出るのを一切禁じた。

 だって大海蛇シーサーペントがウジャウジャ出てくる海だよ!? 食われるわ!



    ◇  ◆  ◇  ◆



 一番心配なのはもちろん魔の森。

 次に心配なのは漁村の海。

 いずれも私が演説し、ブルーバードちゃんたちが警戒を厳にしているから問題ない。


 そして、その次に心配なのが、ロンダキルア辺境伯領だ。ここから馬車で1日の距離にある宿場町なんて、近くに森あるし……。

 ってことで、とても仲良しとは言えないあの人に、魔王復活のことを告げ、領民に注意を促しつつも安心させるよう言わねばならない。気が重いねぇ。


1日が100年になるワンハンドレット・部屋ルーム】内で手紙さきぶれを書き、【瞬間移動】でロンダキルア辺境伯領都の領主邸へ飛び、門番さんに渡した。

 手紙の内容は『お昼に来るよ』とだけ。


 砦に戻り、軍人さんたちを鼓舞しつつ、片目は魔の森のブルーバードたちに『視覚共有』して様子を見る。

 お昼までそうしていたけど、今のところ、魔の森の魔物は平常運転のようだ。

 王国全土に散っているブルーバードたちからの緊急通報もない。


 それからママンにお願いして正装ドレスに着替えた。いや普通はメイドさんに頼むもんなんだろうけど、ママンにやらせてあげないとスネるんだよ。可愛いなぁ……。

 パーティーじゃないからマーメイドラインではなくプリンセスラインで、そこまでスカートは盛らない。正装だからね……丈は地面すれすれだよ。



    ◇  ◆  ◇  ◆



「……冒険者ギルドマスターから聞かされとるわっ」


 応接室に入ってきた辺境伯様は、私の挨拶を遮りながら、吐き捨てるようにそう言った。


「本当なのか、疑わしいものだ!」


 えー……。


「単なる夢や、勘違いかも知れんだろうに」


「いや……陛下のお考えを否定なさるおつもりですか?」


「なっ!? そ、そんなわけなかろう!」


 こういう手合いには、陛下のご威光をお借りするのが一番。


「とにかく、いい加減領都と川辺の街と宿場町に私の従魔を置く許可をください」


「貴様の従魔が人間を襲わないという保証がどこにあるというのだ!?」


「はー……じゃあ、ご自分の領民の命は、ご自分でお守りくださいね?」


「当然だ!」


「見殺しはなしですよ?」


「当たり前だろう!? この私を侮辱するのか!?」


「言質取りましたからね? 本当に危険なんですからね?」


「うるさい!」


「……これで失礼致します」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 そこから3日の間は、何もなかった。

 ……嵐の前の静けさだったってわけだ。






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追記回数:4,649回  通算年数:1,241年  レベル:2,127


次回、数の暴力 VS レベリングの暴力。

第1章最終回まで、あと 2 話。

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