57(別話) 「ダンジョン街にて」

 僕は今、人生のどん詰まりにいた。

 冒険者だった父が死に、僕と妹のために働き詰めだった母が倒れた。


 母の病の原因は分からなかった。

 なけなしの貯金で教会にお布施をしてシスターに来てもらったけど、治癒魔法をかけてもらっても治らなかった。

 治らなかった以上はお布施を返してほしいと交渉したんだけど、そんな話は通らないと突っぱねられた。街で教会を敵に回して生きていけるわけがない。泣き寝入りせざるを得なかった。


 隣では、お腹が空いたと妹が泣いている。

 Gランク冒険者である僕の稼ぎだけでは、食費どころか家賃すらままならない。


 このままでは、きっと母は死んでしまうだろう。


 …………だから、覚悟を決めることにした。


 手元にあるのは父の形見のCランク冒険者カードと片手剣。

 

 ダンジョンの下層部で一定数ドロップするという万能薬エリクサーを手に入れるしかない。

 もし万能薬エリクサーが手にはいらなかったとしても、何か珍しいアイテムを1つでも手にできれば金に換えられる。少なくとも、このどん詰まりからは1歩前に進める。


 妹には『必ず帰ってくるから』『母さんを頼んだ』と言い残して、目深いフード付きのマントを羽織って家を出た。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 この時期、街はCランク以上の冒険者であふれ返る。

 ダンジョンの前には長蛇の列ができるから、入場者の確認が雑になる。


 前の人にピッタリくっついて、フードを目深にかぶり、必死に背伸びをし、チラリとだけCランク冒険者カードを門番に見せたら、無事ダンジョンへの潜入に成功した。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 必死だった。

 前を歩く冒険者パーティーに気づかれないよう息を潜め、そこらをうろつくネズミを食べて飢えと乾きを凌ぎ、夜には死の恐怖に震えながら、壁の隙間に潜り込んで眠った。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 あれから何日たったろう……何階層進んだろう……いくつもの宝箱を見かけたけど、どれも空っぽだった。


 冒険者の数もどんどん減ってきている。父の形見の剣こそ持ってきているけれど、何度か素振りをしたくらいでしかなく、とても魔物相手に戦えるとは思えない。

 周りの冒険者に倒してもらって、コソコソついて行くしかない。


 ドロップ品は見つからない……。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 ……ふと、迷宮の壁に隙間を見つけた。僕のような小柄な子供でなければ入れないような隙間。

 もしかして。もしかしてもしかして!


 無我夢中で隙間に潜り込む。進んだ先は小部屋のようになっていて、その片隅に、み、未開封の宝箱があった!!


「お願い……お願い……女神様!」


 果たして、宝箱の中身は液体入りの小瓶――万能薬エリクサーだ!!


「や、やった! は、早く帰らないと!」


 隙間から元の場所に出て、ダンジョンの外に向かってしばらく歩いていた時に、それは起こった。


魔物の集団暴走スタンピードだぁッ!!」


 迷宮の奥の方から悲鳴のような声が聞こえ、続いて無数の足音がこちらに近づいてきた!

 見えてきたのは、剣士風の男を先頭にした数名の冒険者パーティー。

 そしてその後ろからは、通路いっぱいの魔物の群れ!!


「た、助けてくださいっ!」


 魔物の集団になんて、敵うわけがない。

 とっさに、先頭にいた冒険者に助けを求めた。


「なっ、ガキぃ?」


 冒険者は一瞬、呆然としていたけれど、


「悪く思うなよ! 恨むんならルール無視したてめぇを恨め!」


 次の瞬間、信じられないことが起こった。

 冒険者が、剣で僕のお腹を突き刺したんだ。


「…………え?」


 熱い、痛い痛い痛い!


「クルトは【物理防護結界】準備! ダニーは手を貸せ! こいつを投げ込むぞ!」


「おい、いくら違反者だからってそれは――」


「言ってる場合かよ! 俺たちが全滅しちまう!」


 ……せっかく万能薬エリクサーを見つけたのに。

 母さんを助けられるのに!


 嫌だ、こんなところで死ぬわけにはいかない!


 僕はいつの間にか這いつくばっていた。這いつくばって、出口の方へと進もうとするけど、意識が朦朧として、力が入らない。


 目の前が暗くなってゆく。



 母さん――――……





























「――【アイテムボックス】! 【探査】、【エクストラ・ヒール】!」


 そして、再び。

 信じられないことが起こった。


 あれだけ騒がしかった魔物や冒険者たちの喧騒が、一切なくなった。

 恐る恐る振り向くと、暗い通路には誰ひとりいない。


 ……た、助かった? いや、でもまだお腹の傷が痛む……。


「【灯火トーチ】……はぁ~!」


 ふと、声がした。

 顔を上げると、妹とそう歳の変わらない少女――それも天使と見まごうばかりの美しい少女。薄っすらと白い光に包まれている。


「こんな雑魚集団のいったいどこが魔物の集団暴走スタンピードか! まったく、魔物のトレインを発生させた挙句に子供をおとりにして逃げようとか、冒険者の風上にも置けない……」


 天使様が何か仰っている。

 そうだ、僕はもうダメだけど、せめてこの万能薬エリクサーを届けてもらうことはできないだろうか……?


「天使……さ……ま…………?」


「……おん? 私?」


「お願いします……僕の代わりに、この薬を母に届けてもらえないでしょうか……?」


「あー……キミ、いい空気吸ってるとこ悪いけど、もうお腹の傷は治ってるよ? まだ痛いんだとしたら、悪いものでも食べたんじゃない?」


「……………………え?」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 本当だった!

 服に穴は開いていたけど、お腹の傷は綺麗さっぱり治っていた!

 そして腹痛も、天使様の追加の魔法で治ってしまった。


「あの、天使さ――」


「あぁいたいた! いきなり消えるからびっくりしたじゃあないか」


「アリスちゃんレベルの『【瞬間移動】移動』、いつか必ず会得してやるわよ!」


「さすがお姉様!」


 通路の奥から、3人の女性が現れた。

 見た感じ、天使様のお知り合いらしい。


「ところでキミ」


「は、はい、天使様!」


「あー……私ゃ天使じゃなくてただのCランク冒険者だよ」


 なんと天使様は人間だった!

 あんなに大勢の魔物を一瞬で消し去って、怪我まで治せるのに!?


「そしてキミは、Cランク冒険者じゃないね?」


 ……ドキッ


「Dランク以下の冒険者がダンジョンに入るのはルール違反なの、知らないの? っていうか入口で止められなかったの?」


 命の恩人に嘘をつくわけにはいかない。

 全て打ち明けることにした。


「実は――…」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 母が病気なこと、父の形見のギルドカードを使って忍び込んだことなどを話すと、天使様――じゃなかった、女の子が『その万能薬エリクサーとやらを見せて』と言った。


「【鑑定】! あー……これはただのハイ・ポーションだねぇ。まぁ並みのポーションよりは強力だけど」


「そ、そんな……せっかく下層まで来たのに……」


「「「「ん……?」」」」


 僕の言葉に、女性陣が変な顔をする。


「んーと……言い難いんだけど、ここまだまだ上層部だよ?」


 なんてこと……。


「それで、お母さんはどこにいるの?」


「…………え?」


「病気のお母さん、どこに住んでるの? って」


「え、えぇと……」


万能薬エリクサーはないけど、同じ効果のある治癒魔法が使えるよ。キミのその気概に免じて、治してあげよう」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 そこからは驚きの連続だった。


 まず、何日もかけて潜ったはずのダンジョンから、一瞬で外に出てきた。

 そして、出た先はなんと空だった!

 思わず悲鳴を上げてしまったけど、女の子が『これも魔法だから大丈夫』と言った。

 そして、上空から僕の家を指し示すと、今度は家の前に一瞬で移動した。


「あ、お兄ちゃん!」


 扉を開けると妹が出てきた。


「お兄ちゃん、お母さんが昨日から目を覚まさなくて……」


 そ、そんな、間に合わなかった……!?


「【探査】、【エリア・パーフェクト・ヒール】!」


 パァッと家全体が輝いた。光が収まり、


「お母さん、治ったよ。行ってあげな」


 女の子がそう言った。

 母さんのそばへ駆け寄ると、母さんがむくりと起き上がった!!


「あらふたりとも、どうしたのそんな顔して……あれ? 胸が苦しくない?」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 本当に、母さんがこんなにも元気に動き回る姿なんて何ヵ月振りだろう!


 でも、喜んでばかりもいられない。

 母の病を治せなかったシスターですらお金を取った。

 僕の命を救い、そして母の命を救ったこの女の子に、僕はいったいいくら支払えば許されるのだろう?


 とにかく、聞いてみるしかない。


「あの……だ、代金は?」


「ん、お金あるの?」


「ない……です」


「んー……じゃあ今日1日、森での狩りを手伝ってもらえるかな? ハイこれ追加報酬の前払い」


 そう言って女の子が虚空から取り出したのは、真っ白で柔らかそうなパン6つと、山盛りの串焼きと、色とりどりのサラダ。


 なんで虚空から急に、とか、なんでホカホカのお肉が、とか。

 そんなことを考える余裕もなく、僕たち一家は本当に久しぶりのまともな食事にむさぼりついた。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 食事のあと、街外れの森に連れてこられた。


 父の形見の剣を構えるものの、正直魔物相手に勝てる気がしない。

 でも母と僕を助けてくれた恩には報いなければ!


「アリスちゃん、ゴブリン5、正面から来るわよ」


 女の子のお連れの人で、魔法使いっぽい人が淡々と言う。

 この人たち、魔物が怖くないのかな?


「ハイハーイ。【エリア・スリープ】!」


 女の子がそう言った瞬間、草むらから飛び出してきたゴブリンたちがその場に崩れ落ちた。


「ハイじゃあキミ、この剣貸したげるから。切れ味いいから気をつけてね」


 虚空から取り出されたのは、ずっしりと重く頑丈そうな鉄の一振り。


「こいつら今眠ってるから、首を切り落としてから右耳外して、血ぃ抜いてからこの袋に入れて」


「は、はい!」


 眠っている相手なら、僕にだって倒せる。

 そうか、こういう雑用だったら、僕でもこの人たちに貢献できる!



    ◇  ◆  ◇  ◆



 そんな感じで、夕方まで手伝った。

 出てくるのはゴブリンだけじゃなく、オークやオーガなんかも出てきて、どれも女の子の魔法で眠ってしまい、僕はまったく危険な目に遭わなかった。


 強いて言うなら、レベルアップ酔いがひどくて嘔吐を繰り返したことくらいかな?

 人がゲロ吐いてるのをケラケラ笑いながら見ている女の子が、少し……いやかなり怖かったけど。


 ……気が付けば。

 いっぱしの、ソロでもオーク狩りができるレベル30になっていた。


 もう、とっくに気づいている。

 これは手伝いなんかじゃなくて、僕を育ててくれたのだと。


「あのっ、今日は本当にありがとうございました!」


「ん、何が?」


 女の子はキョトンとしていたが、


「――あぁっ! 忘れてた!」


 急に叫んだ。


「キミ、今から冒険者ギルドへ行くよ!」



    ◇  ◆  ◇  ◆



「実はかくかくしかじかで……こいつ、Gランクのクセにダンジョンに忍び込んだ極悪人です! 奉仕依頼でたっぷり絞ってあげてください!」


 えぇぇえええええええええ!?

 なんか冒険者ギルドに突き出された!

 正面ではギルドマスターっていう肩書の、物凄く怖い顔した男の人が物凄く怖い顔をしている。


「あ、でも冒険者カードを取り上げるのだけは勘弁してあげてください。レベルも30あるから十分役に立つと思いますし、ここにいるSランク冒険者2名に免じて」


 え、えええ、Sランクぅ!?


「嬢ちゃんだって潜在Sランクじゃねぇか」


 ギルドマスターさんが苦笑しながら言う。

 って、この女の子もSランク!?


「まぁ、理由が家族のためってんならしゃーねぇか。坊主、嬢ちゃんたちに感謝すんだぞ?」


「は、はい!」


 僕はこの女の子に人生を救われた。

 そのことは、一生忘れることはない。


「続いて【アイアンウォール】で簡易牢屋を作って――【アイテムボックス】! こちら、ダンジョンで勝手にトレイン発生させて、逃げるためにこの子のお腹を刺してからエサにしようとした極悪人と、そのパーティーメンバーです」


 ギルドマスターさんの部屋の一角にいきなり生み出される鉄の牢屋と、その中に急に現れる、僕を刺した冒険者とその仲間。


「「「「な、ななな……」」」」


 冒険者たちは、何が起こったのか分かっていないようだ。

 その気持ち、よく分かる。

 僕も今日1日、そんな気持ちの連続だったから。


「城塞都市のギルマスから聞いちゃいたが、やることが派手だねぇ嬢ちゃん」


 ギルドマスターさんは、女の子の滅茶苦茶度合いを知っているらしい。


「まぁ結果として死者は出なかったし、自分や仲間の命を思ってのことでしょうから。キミも、別にこの人に死刑までは望んでないでしょ?」


 女の子の笑顔。


「え、えぇと……」


 正直、お腹を刺されたのは物凄くショックだったけど……


「ね、Gランクのクセにダンジョンに潜った極悪人さん?」


「は、はい! 望んでないです!」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 そんな感じで、怒涛の1日は終わった。

 女の子とその仲間の人たちは僕を【瞬間移動】とかいう物凄い魔法で家に送り届けたあと、これまた【瞬間移動】でどこかへ消えてしまった。


 ロクにお礼すら言われてもらえなかったな……。






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アリスの勇者ムーブを一般人の目から見るとこう見える、というお話でした。

次回、爆速ダンジョン攻略!

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