37(414歳)「パパン VS パパンのパパン&パパンの兄」

 川辺の街を出て、道を敷きながら進んでいると、ほどなくして広大な小麦畑が見えてきた。

 麦は秋に植え、初夏に収穫する作物。春先の今、もっとも見ごたえのある光景だと言えるだろうね。


 それにしても、本当に見ごたえあるな!


「お父様、小麦、めっちゃ実ってますね」


「だなぁ……」


「城塞都市では軍人さんたちが訓練しながら畑を耕してるのに……」


「だなぁ……」


「周辺の村は、魔物に怯えながら畑を耕してるのに……」


「だなぁ……」


「辺境伯様のお仕事って、魔の森からの侵攻に備えて城塞都市を支えることなんですよね?」


「そうなんだけどなぁ……」


 歯切れの悪いパパン。

 暗い表情のママン。


 こりゃあ、本日行われるであろうパパンと辺境伯様の会談は、一筋縄ではいかなさそうだね……。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 ロンダキルア辺境伯領都が見えてきたけど、な、な、なんなんだこの立派な城壁は!?

 穴なんてひとつも見つからない、ピッカピカの壁がそそり立っている。


「こんなに立派な壁が作れるなら、あのボロボロで穴だらけだった砦と壁を先になんとかするべきだったのでは……? 結果的には私が魔法で補修しましたが……」


「親父は臆病な人なんだよ……」


 さすがに人通りも多いので、【瞬間移動】は使わずにちまちまと道を敷きながら進んでいくと、城門の方から騎兵が駆け寄ってきた。


「そこの馬車、止まれ!」


 言われた通り馬車が止まり、馬車の屋根に座って1メートル間隔ごとに道を敷いていた私も魔法を止める。


「な、な、な、なんなんだそれは……ま、魔法?」


手紙さきぶれは出しておいただろう。街道を作りながら領都に入る、と。話が通っていないのか?」


 面倒くさそうなパパンが馬車から降りてくる。


「あーっ! ジークフリート坊ちゃま!!」


 騎兵が馬から降りて駆け寄り、パパンの前にひざまずく。


「坊ちゃまはやめろよな……」


 良かった、顔見知りのようだね。


「そんな、我々領主軍の者たちにとって、坊ちゃまは永遠の10歳なんですから! あぁ……目を閉じれば、まるで昨日のことのように思い出せる、坊ちゃまと一緒に剣を振るった日々……」


「は、恥ずかしいからやめろって! とにかくこのまま門まで道を敷くから、通行人を捌いてくれないか? あと、親父への連絡さきぶれも頼む」


「かしこまりました!」


 馬に乗って去っていく門番さんを見送り、


「ちょっと心配してましたけど、普通に仲よさそうじゃないですか」


「領主軍の従士たちとは良好なんだ。ただ親父と兄貴がなぁ……。たぶん不快な思いをすると思うから、イラっと来たら無詠唱で【リラクゼーション】するんだぞ?」


 そこまでか!

 あ、降りてきたママンが私の手を握ってきた。


「あとアリス、お前は基本、黙っててくれ。お前の言動はトラブルを起こしやすいから」


「んなっ、人をトラブルメーカーみたいに……」


「「「「「……え?」」」」」


 キョトンとするパパンたち一同と、


「…………え?」


 呆然とする私。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 辺境伯領都はデカかった!

 城塞都市で人口(戦闘員・非戦闘員含め)1万人弱なんだけど、辺境伯領都はその数倍。人口数万人なんだそうだ。


 城壁外の『馬車で踏み固められた何か』とはまったく異なる、整備された中央通りを馬車で進む。サスペンションなんてなくて、車輪の振動が直にくるはずなのに、まるで揺れないという道の滑らかさよ。


 そんな中央通りに広がる、色とりどりの街並み!

 中央広場の市場を遠目に見たときなんて、目を剥いた。


 果物! 果物だよ!? 葡萄以外の干してない果物なんて、転生してから初めて見た!

 しかも色とりどり!

 見た感じ平民らしき人たちが、ポンポン買ってる……ってことは安価なのか。


「めちゃくちゃ豊かじゃないですか」


「うーん……」


 そして、歯切れの悪いパパン。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 領主様のお屋敷でっか!

 城壁たっか!

 庭の内外にこれでもかって数の警備員!


 幸いだったのは、出迎えてくれた門番さんや警備員さん、執事さん、メイドさんのほぼ全員が、パパンを見て嬉しそうな顔をしてくれたこと。


 執事さんに案内してもらい、応接室に入ると、


「貴様ッ、ジーク!!」


 先客さんが、パパンの顔を見てソファーから立ち上がった。

 辺境伯様パパンのパパン? にしては若すぎるような……あ、年の離れたパパンのお兄さん、私の伯父上様だ。


「先ぶれから聞いたぞ! 勝手に街道なんぞ作りおって……魔王軍の進行速度が上がったらどうするのだ!」


 開始10秒から火の玉ストレートォ!!


 オイオイオイオイ!

 それを城塞都市の砦で食い止めるのがあんたと辺境伯様と私たちの仕事だろう!?


 ……この人はマジでヤバい。

 ヤバいのは辺境伯様だけじゃなかったのか。


「……ん? そいつが問題の娘か」


 入室した私を、『汚物を見るような目』で見てくる伯父上様。


「ふんっ、娘の魔法とやらを使って、田舎でずいぶんと名声を稼いでいるようじゃないか? 領民を豊かにするのは賛成だが、次期当主である私に相談もなく勝手にやるとは何事だ!」


「親父――辺境伯にはちゃんと報告している」


 ひどく平坦な、感情を感じさせない声で答えるパパン。


「なっ――裏でコソコソと! 辺境伯の座がまだあきらめきれないのかっ!?」


「当主にはならないと、10年以上も前から言い続けているだろ。だから俺は家を出て、冒険者になったんだから」


「だが竜殺しの名声とともに貴族社会に戻ってきたではないか!」


「俺は騎士爵位を持つ独立貴族だ! 野心はない」


 伯父上様に引きずられ、徐々にヒートアップしていくパパン。


「だったらなぜ、我が辺境伯家の従士長を務めておるのだ!」


「俺より強いやつが王国にいないからだ!」


 事実だけどすごいセリフだな!

 あと魔法込みならたぶん、私の方が強いよ?


「いつ魔王が復活するとも知れないんだぞ!? あの砦を守るやつには強さが必要だ! それとも、兄貴が代わりに戦ってくれるのか!? ――あっ……」


 売り言葉に買い言葉。

 だけどさすがにこれは言い過ぎたと思ったのか、パパンの顔色が悪くなる。

 まぁ確かに、伯父上様のあのぷよったお腹では、並みのゴブリンと立ち会うのも苦労するだろうな……。


「くっ……ぶ、無礼者めが!」


 吐き捨てて、伯父上様は部屋を出て行ってしまった。


 ……まぁ、伯父上様の気持ちも分からなくはない。


 パパンは子供の頃から『神童』だとか『武神の申し子』だとか呼ばれて周囲から持ち上げられていたらしい。

 『兄よりすぐれた弟なぞ存在しねえ!!』とは言わないまでも、伯父上様も心中穏やかではなかったのだろう。

 そしてやっと出て行ったと思ったパパンが、【竜殺し】の称号と共に騎士爵に叙された日には……。


 私にも覚えがある。

 前世の職場で、私は個人的な開発力はそこそこ高くて重用されたが、持ち前のコミュ障のせいで、プロジェクトリーダーにはついぞなれなかった。

 そんな中、後輩たちが続々と昇進してリーダーになり、忘年会なんかでプロジェクトの武勇伝を語っている姿には、胸にチクリとくるものがあった。


 パパンは、伯父上様が出て行った扉を悲しそうに見ていた。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 空気に徹していた執事さんから淡々と席を進められ、これまた空気になっていたメイドさんたちがお茶を入れてくれた。そして出てくる焼き菓子。


 お茶うめぇ~!

 焼き菓子も、私が魔の森産の高級材料を使い倒して作るのには及ばないものの、十分美味しい。


「【リラクゼーション】【リラクゼーション】【リラクゼーション】……」


 パパンが精神安定魔法を重ねがけしてる。


「ふ~……いやぁ、この魔法は本当に便利だ。アリスは大丈夫か?」


「まぁ私は別に。ゴミを見るような目で見られたのはびっくりしましたけど」


 称号【能天気】が仕事してるのかもね。


「すまんなぁ……」


「アナタが謝ることじゃ……」


「さぁ、次はいよいよ親父だ。覚悟固めろよ? ――来るぞ」


 ……がちゃ


 ドアが開き、辺境伯様が入ってきた。

 タイミングばっちり、というか私たち3人とも【探査】で把握してたからなんだけどね。


 私たちは立ち上がる。


 でっぷりと太った辺境伯様が、私たちの前に座った。


「……座れ」


 辺境伯様の言葉に、パパンとママンが座る。


「ひさしぶりだな、親父。まずは紹介させてくれ。こちら、俺の娘のアリスだ」


「お初に御目にかかります、アリス・フォン・ロンダキルアと申します。どうぞよろしくお願い致します」


 ママンに仕込まれたカーテシーでご挨拶する。


「…………」


 私を『汚物を見るような目・再び』で見てくる辺境伯様だったが、ふいっと視線を外された。


「……アリスも座れ」


「……はい」


 パパンに言われて席に着く。


「それで親父、『娘の件』は国王陛下へ上奏してくれたのか?」


 辺境伯様が壁際の執事さんへ視線を送る。執事さんとメイドさんたちが一礼し、部屋を出て行った。


 この場には辺境伯様と、私たち家族の、計4人だけが残る。


「陛下へはお伝えてしておらん」


 一瞬、辺境伯様がなんと言ったのか分からなかった。

 じわじわと理解が追いついていき、パパンが代表して、


「………………………………………………は?」


 うん、そうなるよね。私もそう言いたかった。


「…………じゃあ、魔王復活のことも?」


「無論だ」


「はぁっ!? 何でだよ、一刻も早くお伝えして、準備を始めなきゃならんだろうが!!」


 とここで辺境伯様、青筋を立てて『はぁぁああ~~~~ッ!!』と盛大にため息をつき、


「王都にも魔王国領の間者が紛れ込んでいるやもしれんのだぞ!? 我が領に勇者が生まれたなどと魔族どもにバレてみろ、明日にも魔族が攻めてくるかもしれんではないか!!」


 うひゃあ、去年パパンが言ってた予感大的中!

『勇者がいるから魔王軍が攻めてくる』系の人だった!

 勇者がいようがいまいが、魔法神は魔族を使って人族を滅ぼすつもりだから心配ないんだよ?


「ジークフリート、お前まさか、その娘が勇者だと喧伝してはおらんだろうな?」


「なっ、勇者のことも魔王のことも最重要機密だ。言いふらして回るような……こ……と……は……してないぞ? もちろん」


 額から汗が吹き出す私たち家族3人。


 けっして言いふらした覚えはない。が、いろいろとやらかしているのは事実なわけで……。

 村や砦で一夜城かべづくりとか、道を一瞬で敷いたりとか、伝説の魔獣の死体を冒険者ギルドへぽんぽん納入したりとか、じたくの庭でフェンリルの群れが遊んでたりとか、城塞都市だけ新発明連発ルネッサンスで大盛況だったりとか……。


「じゃあ、あぶみのことは……?」


「あんな、戦いを激化させかねないもの、広められるわけがなかろうが! その鐙やらも、その娘が考えたと言ったな? まったく、面倒事ばかり持ち込みおって。魔王復活を呼び寄せる疫病神めが!!」


 忌々しそうな目で私を睨みつける辺境伯様。【威圧耐性】がなければ泣いていたかもしれない。


「なっ――今の言葉は取り消せ、親父!! アリスは女神様から神託を受けただけだ。こいつの存在が魔王を復活させるわけじゃない!」


「ヒッ――」


 顔色を悪くして、目をそらす辺境伯様。


 私はパパンの手を握り、無詠唱で【リラクゼーション】。

 はいしどうどう……威圧感、漏れてますよ。パパンの威圧はマジで死ねるんだから……。


「き、き、貴様、親に向かって――そ、そもそも、私はその娘をこの屋敷に入れたくないのだ! お前の報告にある異常な魔法の数々が、今ここで暴発しない保証がどこにある!!」


 辺境伯様が立ち上がる。


「きゅ、急用を思い出した。金は用意するから、今日は領都の宿に泊まってくれ」


 出て行ってしまった。


「「「――――……」」」


 ひえぇ~……なんというか、怒涛の会談だったな。


 普通こういう時って貴族のプライドを守るためにもホストが歓待するものって習ったんだけど、泊めてくれるつもりはないらしい。


「……悪いな、アリス。臆病な人たちなんだ」


 パパンは悲しそうだった。

 ママンは、まるで能面のような無表情だった。


 しばらくして、執事さんがお金の入った革袋を持ってきた。


 金額は、宿代にしては随分多かったらしい。

 少なくとも、辺境伯様にも親心はあるようだった。






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追記回数:4,649回  通算年数:414年  レベル:600


いつもお読み頂きありがとうございます!

今回、ストレスの溜まる話で申し訳ありません……ストーリ上、どうしても必要だったもので……。

次回はリアル王子様現る!

数百31年生きた彼女が、生まれて初めて恋に落ちます。

是非ご覧ください!m(_ _)m

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