36(414歳)「川辺の街で河川工事を手伝う」

 それは城塞都市を出発した昼下がりに起きた。


「では次に道を敷く範囲を【探査】! ――んぉ!?」


 1キロメートル前方に、人1名・馬1頭・ゴブリン3の反応!


「お父様、前方1キロ先で人が襲われてます!」


【瞬間移動】で馬車内に戻り、パパンに報告すると、


「なっ? ……あぁ、そうだな」


 とっさに【探査】したらしいパパンの、なんとも味気ない反応。

【空間魔法】LV6に至っているパパンに、ことの重大さが分からないはずないのに。 


「……アリス、あれは助けなくていいぞ」


「はぁっ!?」


 何を言って――…

 隣を見ると、ママンも平然としている。


 ……り、理解できない。


「行ってきます!」


 言い残して【瞬間移動】!



    ◇  ◆  ◇  ◆



 ゴブリン3体に襲われていたのは、例の困った塩商人ザルツさんだった。


「ゴブリンたちを【首狩りアイテムボックス】! ――大丈夫ですか!?」


「……た、たたた助かっ――痛っ」


 ありゃりゃ左腕がざっくり切られてる。


「【エクストラ・ヒール】!」


「え、痛くない……? ――あ、あなたはアリス様! ありがとうございます、ありがとうございます……」


 土下座し始めるザルツさん。別にそういうのは要らないんだけど……。


 あ、お馬さんは怪我してない? 【探査】! ――大丈夫そうだね。


 そして、一緒に【探査】した積み荷の中身は塩だった。

 馬車の向き、時間帯、宿場町との距離からして、こりゃ宿場町『行き』だな。


 西から塩を運び入れるんじゃなく、砦方面から塩を引き上げるとか、塩ギルドと辺境伯様は何考えてんの!?


「はぁ~~~~……【瞬間移動】!」


 馬車に戻ると、パパンとママンが険しい顔をしていた。


「アリス! 教育の時間だ!」


「……へ?」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 パパンから、『さっきの行商人をなんで助けたりしたんだ』って、物凄い勢いで怒られた。


 まるで理解できない。

 人が魔物に襲われてて、助けることができるんだったら助けるのが当然でしょ?


 そういう主旨で言い返すと、パパンが盛大にため息をついてから、


「アリスお前……例えば妙齢の女が深夜に裏路地をウロウロしてて、それでゴロツキに襲われたとして、女がまったく完全にこれっぽっちも悪くないと言い切れるか?」


「え……」


「深夜の裏路地にもくまなく見張りを立たせるのが領主の義務だと思うか?」


「うぅ……それはさすがに少し、女性が不用心だと思います。人員にも予算にも限りがありますし……」


 ここは現代日本じゃない。街灯も防犯カメラもない世界。

『人権』なんて言葉のない、人の命が安い世界……。

 元日本人の感覚で考えてはいけない。


「だろう? 最低限の自衛は必要だ。

 じゃあ貴重な塩を運んでいる行商人が、護衛の1人もつけず、ましてや武器すら持たずに、子供メシごらくが豊富な町の近くにある森のそばを不用心にちんたら進んでいて、まんまとゴブリンに襲われて。それでも悪くないと言い切れるか?」


「ううぅ……」


 確かにザルツさん、護衛をつけるどころか武器すら持っていなかった。


「ありゃ自業自得。自然淘汰だ。むしろ今までよく生きてたなってレベル。相手があのいけ好かない塩商人だから言ってんじゃねぇぞ?

 そりゃお前なら、従魔ブルーバードたちによる連絡網と【瞬間移動】を駆使して、どこで誰が襲われてもすぐに駆けつけることができるだろう。だがな、襲われても必ずお前が助けてくれると分かれば、旅をするやつはどうすると思う?」


「安心する、と思います」


「そうだな。安心して、護衛代をケチるようになる」


「――――あっ!」


「で、冒険者たちの食いぶちが減り、その不満がお前や父さん、領主おやじに向く。

 そんで極めつけには、なんらかの理由でお前が助けに行けなくて、襲われてたやつが死ぬ。その不満も当然、お前に向くだろうな」


「なんてこと……」


「前にも言っただろう? 良かれと思ってやったことが必ずしも良いこととは限らないし、正しいと思ってやったことが必ずしも正しいわけではない。

 ザルツはきっと宿場町の酒場で、お前が助けてくれたことを言いふらすぞ。本人は美談のつもりで。ほら、早く口止めしに行け!」


「は、はい!」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 というわけで再びザルツさんの元へ【瞬間移動】し、『絶対に言いふらすな』『次は絶対に助けない』『護衛をつけろ。武器を持て』と散々に脅した。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 宿場町へは夕方に到着したよ!


 宿場町も城塞都市と同じような有様で、パレードか! って感じだった。

 私が馬車の中から手を振ったら、女子がきゃいきゃい喜んでたよ……。


 そんで、あらかじめ手紙で予約してた町一番の高級宿に馬車を預け、町長宅へご挨拶。

 特に山場もトラブルもなく、和やかな歓談を経て撤収。


 宿では砦メシよりもずっと塩の利いたメシを食い(高級宿だからか? 砦が薄味すぎるのか?)、部屋に入っておのおの【瞬間移動】!


 パパンはバルトルトさんからの日報を聞きに。

 ママンはディータの様子を見に。

 私はディータの顔を見たあとチビを吸いに。


 毎日吸わないと、切れてくるんだよ……。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 さらに西へ馬車で1日の距離にある『ロンダキルア領・川辺の街』には、翌日の昼下がりに到着した。

 私も含めた全員が道敷きに慣れて、移動スピードが上がったからね。


 そんで街に入り、パレード再びからのぉ町長宅へのご挨拶の時に、町長宅で見知った顔に出会った。


「ありゃ、建築ギルドのギルマスさん?」


「これはこれは、英雄様と奥様、お嬢様! お待ちしておりました」


 建築ギルマスさんは、私単体と話すときは『嬢ちゃん』呼びでタメ口だけど、さすがにロンダキルア騎士爵様相手には丁寧に話す。


 で、まずは町長さんとのご挨拶と、当り障りない世間話。

 その話がひと段落着いた頃、建築ギルマスさんが本題を切り出した。


「実は、お嬢様に情報を開示頂いた『コンクリート』と『セメント』を用いた河川の補強工事を行っておりまして」


 あぁ、暖かくなってきて、かつ雨季の手前となると、今がちょうど工事しやすい時期か。


「川の側面と底面をコンクリートで補強するわけですが、工事中は当然、川の水を止めなければなりません」


「ああ」


「はい」


 私とパパンが相槌を打つ。


 ママンはこういう時、大抵は空気になっている。

 男尊女卑を地で行くこの世界、夫人は3歩下がって後ろを歩くものだからだ。

 何事にもベラベラと口を出す私の方が異質と言える。


「北の山脈から川が流れ込んでいるこの街には何本もの川がありますが、その中に1本、とても太い川があります。その川をせき止めてしまうと、水があふれ返ってしまうわけです」


「ああ」


「はぁ」


「それを、なんとかしてもらいたいのです」


「「はぁ?」」


「お嬢様の魔法で」


「「あー……」」


 日頃、城塞都市で散々暴れ回っているので、私の魔法の威力は知れ渡ってる。


「もちろん、対価はお支払い致します」


「いや……領内の治水の話だし、金はいらん。アリス、行けるか?」


「はい! それでいつからやります? 今から?」


「今からでも大丈夫なのですか!?」


「もちろんです!」


「ははは、さすがお嬢様だ」


 さすおじょ!



    ◇  ◆  ◇  ◆



 というわけでやって来ました街一番の河川!


【探査】したら川幅は500メートル前後。

 あれだな、大阪への通勤電車でよく見下ろした、淀川と同じくらいの大きさだ。


「野郎どもぉ! アリスお嬢様が魔法で川を止めてくださるぞぉ! 気合入れていけぇ!」


 河川敷に集まった作業員数十名に対して、ギルマスさんが発破をかける。


「「「「「「「「ぅぉぉおおおおおおおお!!」」」」」」」」


 あはは、威勢がいいねぇ!


 お、元浮浪者の人発見! がんばってるんだね!


「ではまず、この地点から100メートル分をお願いする」


「はい!」


【飛翔】で飛び上がり、


「【探査】で空間把握! からのぉ、どこでもド……げふんげふんオリジナル時空魔法【魔法の鏡】!」


 ギルマスさんに指定された地点とその100メートル下流に、川をせき止めるような形で光り輝く鏡がそそり立つ。

 川上側の鏡に流れ込んだ水は、すぐさま川下側の鏡から流れ出る。


「続いて鏡と鏡の間の水を【アイテムボックス】へ格納!」


 一緒に入った魚は、旅の道中で食べよう。


「「「「「「「「「ぅぉぉおおおおおおおお!!」」」」」」」」」


 アリスちゃん魔法劇場に作業員さんたちは大興奮。

 見ればギルマスさんも大興奮してた。


「ついでに水が引いた空間を【ドライ】!」


 これで川底含めカラッカラに乾いたはずだ。

 ギルマスさんの元に降り立って、


「ではこの状態を維持しておきますので、作業が終わったらこの子に伝えてください」


 実は何匹か連れて来ているブルーバードをギルマスさんの肩に止まらせる。


「お、おう!」


 どこからともなく飛んできた魔物に肩を掴まれて、ギルマスさんは若干ビビってる様子だけど、ブルーバードはちっちゃくて可愛いからセーフだ。

 これがグリフォンとかサンダーバードとかだったら失神モノだろうけど。


 元気に生コンを作り始める作業員さんたちを残し、私は宿へ。


 正直言うと、コンクリートを流し込んで乾かすのも魔法で一気にできちゃうし、【アイテムボックス】内には生コンがごまんと入ってるんだけど……それをすると作業員さんたちの仕事を奪うことになるし、人が育たないからね。

 この話は内緒だ。


 そんな感じで上流から徐々にコンクリート舗装していき、夜はもちろん休み、3日後の夕方に工事が完了した。


 翌朝、『これで川の氾濫の心配がなくなりました』と涙を浮かべて喜ぶ町長さんに見送られ、私たちは出立した。


 次はいよいよ、ロンダキルア辺境伯領都だ!






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追記回数:4,649回  通算年数:414年  レベル:600

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