35(414歳)「西へ」

 5歳になった。

 まぁ数え年で5歳だから、実質4歳だけど。


 季節は春。

 街に住む人のほとんどが初級魔法を覚えたことで、今年は餓死者も凍死者も1人も出なかったとパパンが大喜びしてた。


 というか、今までは越冬の度に餓死者や凍死者が出てたの!?

 どんだけ厳しいのこの土地!!


 その話を聞いて、内政チート発動をもっと早めるべきだったと後悔したけど、まぁ2歳や3歳では無理があるし――いや4歳でも十分無理あるけど――こうしている間にも私のあずかり知らないところで誰かが苦しんでるんだし死んでるんだ。


 ……私は全知全能神ではない。抱え込むな。深く考えすぎるな。

 それに、『私なら救えるのに』って考え方は、パパンを侮辱することでもあるし。


 私の表情から察したパパンも、『お前が気にすることじゃない』って言ってくれたしね!


 5歳といえば節目の年。

 軍人さんたちや街の人たちからは、自室に収まりきらないほどのプレゼントをもらったよ!

 紙と読み書きの普及で、感謝のお手紙もたくさんもらった。


 いやぁ、いろいろとがんばった甲斐があったってもんだよ!



    ◇  ◆  ◇  ◆



「背筋をビシッと伸ばす! 礼をする時は頭を下げずに膝だけ落とす!」


 ――バサバサ!


「ほら、頭を下げすぎるから本が落ちてしまうのよ?」


1日が100年になるワンハンドレット・部屋ルーム】のパパン・ママン用自室にて、スパルタ・ママンの挨拶カーテシー講座。

 貴族モノの漫画とかで見たことはあったけど、まさか自分が頭に本を載せて歩いたり礼の練習をすることになるとは!


「もう1回!」


「はい!」


「……あら、今度は完璧に――ってアリスちゃん! 【探査】と【闘気】と【思考加速】は禁止!」


「ぅわバレた!」


「この子は本当にもぅ……」


 あきれた! って感じの顔になるママン。

 だって【思考加速】100倍状態で【探査】し続けて本の角度を把握し、【闘気】をまとった体術でバランスを取り続けなきゃ本が落ちちゃうんだもの。


「完璧な姿勢を学ぶために本を置いているのに、本を落とさないことに気を取られていては本末転倒でしょうに」


 本が転倒するだけにね!(相手に伝わらない異世界語ギャグ)


「そもそも【思考加速】下では相手との会話がままならないでしょう」


 それは確かに。

 相手が喋ってることはスローモーション再生した音声みたいな感じで聞き取れなくもないんだけど、話すのは全然無理なんだよね。

 めちゃくちゃ早口になったり、イントネーションや、特に促音ちいさい「っ」が変に聞こえるらしい。


「おーい、まだかー」


 部屋にパパンが入ってきた。


 パパンは旅装。

 そう、結局、辺境伯様パパンのパパンからは音沙汰がなく、パパンのプランだった『王都でのお披露目会に間に合うように旅に出る』時期が来てしまったのだ!!


 だというのに私の礼儀作法はこのありさまで、怒り心頭のママンに【1日が100年になるワンハンドレット・部屋ルーム】へ連れ込まれたというわけ。


「アナタ、あと15分ください!」


「はぁっ!? 内部時間であと1年かかるって……アリスぅ、お前どんだけ運動神経ないんだよ」


「えへへ……」


「笑っている暇があったら、はいもう一回!」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 1年かけて、ようやくママンから及第点をもらえた。


 時間は朝。

 朝食のあとすぐにも出立しないと、暗くなるまでに隣の宿場町に着かなくなるからだね。


「それじゃあ出発だ!」


「「「「「「「「「行ってらっしゃいませぇ!!」」」」」」」」」


 砦の門で、パパンの号令にバルトルトさんと軍人さんたちが一斉に声を張り上げる。


『ドキッ! 男だらけのメイド喫茶!』かな?

 筋肉モリモリマッチョマンの軍人さんに『萌え萌えキュン!』ってされるところを想像して、死にたくなった。む、胸が躍るよね、大胸筋が……。


 パパンとママンと私は、貴族家の馬車にしては無骨なデザインの2頭引き馬車に乗り込む。

 可愛い弟ディータは乳母さんと一緒にお留守番だ。ハイハイしてる赤ちゃんを旅には連れて行けないわな。

 まぁママンは毎日【瞬間移動】で様子を見に戻るみたいだけど。


 そして護衛兼御者役として、最近正規の従士になった3バカトリオ。

 今はトニさんが御者席に座り、アニさんとジルさんはそれぞれ馬に乗っている。


 バルトルトさんも一緒に行きたがってたけど、従士長と副従士長がダブルで不在はさすがにマズい。

 まぁ不測の事態が発生した時は、砦の従魔ブルーバードが私を呼び出す手はずになっているんだけどね。


 護衛の人数が随分少ないけれど、まぁ騎士爵家と考えればこんなもの。

 人数はともかくとして、実体は合計レベル600越えのバケモノ集団。レベル30の一般兵20人分だぞ!? 1個小隊か!

 私たちも入れれば、合計レベルは実に1,700。


 馬車が門を出ると、中央通りにはたくさんの観客であふれていた。


「人気者ですね、お父様!」


「いや、お前の方だろう」


「「「きゃ~アリス様ぁ~こっち向いて~!!」」」


 ぶふぉ! マジか!


 窓から手を振ると、女の子集団がきゃいきゃい喜んでた。

 ――アイドルか!


「人気者だな、アリス」


「あははは……」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 馬車が城塞都市の門にまで至る。

 私は上空へ【瞬間移動】。旅装なのでズボンだよ!


 眼下からは、観客の『今日はズボン姿か……』みたいな声が聞こえて来てて、おいおいおいスカートだったら覗く気じゃなかろうな!? パパンに殺されるぞ。


 そして視界の先には、街道と呼ぶには野性味の強い、『馬車で踏み固められた何か』が続いている。


 結局今日まで城塞都市と周辺の村までしか行ったことがなかった私は、辺境伯領都方面への道をまだ敷いていないんだよね。

 で、今日から始まる旅路の中で、ついでに道を敷くことを公示しておいたんだ。

 門の中どころか外にまでたくさんいる野次馬は、私の魔法ショーを見に来たってわけ。


「そこの人たち、もうちょっと下がってください。危ないですよ」


 道を敷くところにまで入り込んでる人たちへ告げる。

【物理防護結界】をパイプのようにして相手との間に生成することで、声を張り上げずとも相手に届く。最近気づいた、結界の便利な使い方だ。

 まぁ急に耳元で声がした人たちはビビるんだけど。


「【探査】――ヨシ! それでは始めます!

 街道上の土を【アイテムボックス】! からのぉ【アースボール】! からのぉ【アースボール】!  からのぉ【アイテムボックス】! からのぉ【アースウォール】! からのぉ【ウィンドカッター】!

 むふー、完成です!」


 目の前に急にできる大きな穴、そこに急に出てくる無数の石のボール、砂利、セメント、そして弓なりの一枚岩。岩には鋭い風で切れ込みが入れられ、なんちゃって石畳になる。


「「「「「「「「うぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!」」」」」」」」


 野次馬は大興奮。

 あはは、みんなノリがいいねぇ。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 そんな感じで道を敷きつつ馬車ごと【瞬間移動】して進むことしばし。


 あ、2頭のお馬さんは訓練済なので、【瞬間移動】を含めた魔法の数々にもビビったりはしないよ!


「アリス、次は父さんがやるぞ」


 城塞都市の城壁も見えなくなり、周囲に誰もいなくなったころ、私の隣に【瞬間移動】で出てきたパパンが宣言した。


「ほほぅ、お手並み拝見といきましょう」


「ふっふっふっ……吠え面をかかせてやろう」


 んま、娘に対してなんて口ぶり!


「【探査】――いくぞ!

 【アイテムボックス】! 【アースボール】! 【アースボール】! 【アイテムボックス】! 【アースウォール】! 【ウィンドカッター】!

 ――どうだ?」


「【探査】! ぉ、ぉ、ぉおおおおおお……」


 強度は十分。水捌けもヨシ! 石畳の曲線なんて、私より滑らかかもしれない。


「どうだ、見直したか?」


「……は、はい」


 驚きの余り、語尾に感嘆符をつけてヨイショすることすらできなかった。


「――ヨシ!」


 ぅおっ!? パパンから指差呼称しさこしょうされた!?


「世辞抜きの、その顔が見たかったんだ。特訓した甲斐があったってもんだよ」


「あ、あははは……」


 驚きはなおも続く。

 なんと、ママンと3バカトリオも全員、同じ水準で道を敷いて見せつけてきた!


「な、ななな……」


「「「「「――ヨシ!」」」」」


「あ、あははは……」


 こりゃ一本取られたな。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 そんな感じで、順番に道を敷きながら進んでいく。


 それにしても、置換前の道のひどさよ。

 辺境伯様は、いざという時に砦街へ派兵するつもり、あるのかしら。


「では次に道を敷く範囲を【探査】! ……あれ? 真っすぐじゃないんですね」


 上空で【探査】したところ、『馬車で踏み固められた何か』が、緩やかに左に曲がっている。


「ああ。もっと上に行って、前方をよく見てみろ」


 ちょうど隣にいたパパンからの指示。

 上昇しつつ【遠見】を使うと、


「ほら見えるだろう、あの切り立った岩以上山未満」


 なんだその『友達以上恋人未満』みたいなのは。


 けど納得した。

 山というには小さいが、岩というには随分と巨大なものが進路を塞いでいた。

 ……なんかドラ○ンボールの荒野のシーンによく出て来そうなやつだなぁ。


【瞬間移動】で近くに寄り、【探査】してみると半径1キロメートルくらいの円錐だった。


「切り取っちゃってもいいですか?」


【瞬間移動】でパパンの元に戻り、聞いてみる。


「お、頼めるか?」


 はたから聞いてたら頭おかしい会話だけど、私たちの間じゃごく普通。


「はーい。じゃ【瞬間移動】!」


 岩山上空へ転移し、【探査】!


 人間はいない――ヨシ!

 虫はいるけど――ムシ!


「では――【アイテムボックス】!」


 岩以上山未満が消えた。


【瞬間移動】で戻ると、なぜか全員がそろってた。

 私の【山消しアイテムボックス】を見物していたらしい。


「いやぁ、さすがはお嬢様っすね! 自分なんかの【アイテムボックス】じゃ、あんな巨体は飲み込めないっすよ!」


「まったくだ! あの綺麗な断面もさすが嬢ちゃんだぜ!」


 な、なんだなんだ? みんながやたらとヨイショしてくる。

 さっき一本取られた時に機嫌を悪くしたとでも思われてるの?


 でも、最近はみんな私の魔法に慣れっ子になっちゃって、ちっとも驚いたり褒めたりしてくれなかったから、素直にうれしい。


「すごい? 私の魔法すごいですか!?」


「「「「「すごいすごい!」」」」」


「えへ、えへへえへへ……」


 心が満たされていく……これはもしや、商人欲求?


 あ、商人としての欲求はもう十分満たされてたわ。

 私がプロデュースした店や工房は、どこも軒並み大繁盛してるもの。


「そんなに褒めても何も出ませんよぉ~……あ、これ新作の蜂蜜レモンジンジャーキャンディーです」


「「「「「――ヨシ!」」」」」


 んなっ、適当に褒めてればオヤツが出てくるってか!?


「上げて落とさないでよぉ!!」


 人をチョロイン扱いしやがって!






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追記回数:4,649回  通算年数:414年  レベル:600


次回、アリス教育される。

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