31(閑話) 「ファッション業界へ殴り込みをかけるのです!」

 翌朝、店の奥の裁縫室でアリスちゃん劇場開始です!


 アリスちゃんの叡智の数々に驚いた父が急遽、非番の方も含めた全職人・針子を集め、母に必要最低限の店番を任せ、万全の協力体制を敷いてくれました。


 そりゃ、またとない絶好の商機なんですもの。

 私が父の立場でもそうします。


「それで、蜘蛛糸って肉の中に含まれる『タンパク質』からなるんですけど、こうこう、こーんな感じで糸にするんです」


 アリスちゃんはすいすいと糸を編んでいますが、職人さんたちは、その様子を脂汗を浮かべながらじっと眺めています。


 その気持ち、分かりますよ。

 私も200年ほど鍛える前は、娘の魔法の数々に驚くばかりでしたから。


「で、糸を乾燥させつつ凝固しきらないうちに、魔石の粉をパラパラパラ……」


【アイテムボックス】から出てくるタンパク質に微細な【ウォーターボール】で加水しつつ【テレキネシス】で寄り合わせ、適度に【ドライ】しつつ【テレキネシス】で粉を振りかける……こんな芸当、できるのはアリスちゃんくらいですね。


 まぁ今の私なら、1年ほど【1日が100年になるワンハンドレット・部屋ルーム】に潜ればできそうな気はしますけれども。


「はい完成! どうですこの、光り輝く糸!!」


「「「「「おぉぉぉおおおおおおおお!!」」」」」


「しかも塗料で色をつけると、その色で輝きます!」


【アイテムボックス】から取り出した7色の塗料で綺麗に塗り分け、あっという間に出来上がるのは、虹色に輝く糸!


「「「「「おぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」


 アリスちゃん、相変わらずやることが派手ですねぇ!


「名づけて『ゲーミング糸』!」


 時々意味の分からないことを口走りますが、まぁ【鑑定】で得た、いつかの時代のどこかの国の知識なのでしょう……深くは考えないようにしています。


「ですがお嬢様、これほどの魔法、我々には使えません……他の毛糸では粉がこぼれ落ちてしまいますし……」


 父が根を上げました。……まぁ、普通はそうなりますよね。


「うーん……じゃあとりあえずここ数日は私が作って、当面必要になる分をご提供します。それ以降は城塞都市で販売しますので、買いつけて頂ければ。あーでも王都から城塞都市までって遠いんですっけ? じゃあ私が定期的に売りに来ましょう」


「なっ……ま、まさかお嬢様まで【瞬間移動】を?」


「はい! というかお母様も使えますよ」


「マリアまで!?」


 あー……またお約束が始まりました。


 私や夫がまだ、アリスちゃんの魔法を始めとする一挙手一投足にいちいち驚いていた頃、アリスちゃんがよく『またかー』とか『そういうのもういいので……』みたいな、面倒くさそうな顔をしていたのですが、今となってはその気持ちがよく分かります。

 いちいち話が止まって、前に進まないんですよね。


「――――あっ!」


 と、そんなお約束を打ち破る、父の声。


「ど、どうしたのお父さん?」


「絹! 絹糸なら製造段階で魔石の粉末を混ぜ込めるのでは?」


「おおお! それ! それですよ!!」


 父とアリスちゃん、大盛り上がり。父にせよアリスちゃんにせよ、職人気質なところがありますからねぇ。


「お嬢様からの糸の買いつけは定期的に行わせて頂くとして、今度、絹糸工房に相談に行ってみます!!」


「いいですね!!」



    ◇  ◆  ◇  ◆



「こ、これが『ゴム』ですか……ほほぉ~伸びて縮む素材とは!」


「これを輪っか状にして袖口に入れれば、ご令嬢の細い手首をさらに細く美しくせることができるでしょう!」


「仰る通りですな! 袖口といえば手を通すために大きくせざるを得ず、中途半端に開いた袖をフリルで誤魔化すのがドレス作りの常でしたが、これは革命的ですぞ!!」


「ただ、このゴムは魔の森の『ラテックス・トゥレント』からしか採取ができなくて……とりあえず今日はこれだけ差し上げます」


 目の前にどんっと置かれる木箱に、目を白黒させる父。


「お、お嬢様までそんな大容量の【アイテムボックス】が使えるのですか!?」


「「あー、そっちかー……」」


 あら、思わずアリスちゃんと同じことを口走ってしまいました。



    ◇  ◆  ◇  ◆



「じゃ次は立体裁断! とりま【アースボール】でマネキン作ってー」


 ずももももももももも……


「「「「「ぅわぁぁあああああ!?」」」」」


「「「きゃぁぁああああ!?」」」


 目の前にいきなり等身大の人型が現れたことに驚く父・職人・針子一同。

 まぁ規模の小さい糸ならともかく、急にこんな大きなものが現れたら、普通驚きますよね……。


「ぅおっ!?」


 そして、びっくりされたことにびっくりするアリスちゃん。

 相変わらず、どこか抜けている娘なのです。


「それでですね、このマネキンにこう布を当てて――」


「はぁ~……【エリア・リラクゼーション】!」


 落ち着く間もなく説明を始める容赦のない娘に代わって、私は部屋中に精神安定魔法をかけるのでした。



    ◇  ◆  ◇  ◆



「続いてアップリケですな!」


「【アイテムボックス】! 例えばこんなやつです」


 アリスちゃんが取り出したのは、犬や猫を抽象化して描いたもの。


「なんとも可愛らしい!」


「えへへへ。まぁ見た目の通りメインターゲットは幼い子供――の親ですね。あとは……」


 続いて取り出したのは、適当に描かれた、竜の横顔っぽい架空の紋章。


「紋章とか」


「むむむ……しかし実際の貴族家の紋章となると、盗難や悪用が怖いですな」


「そうそう、そうなんですよ! だから紋章に関しては、おとぎ話のとか勇者様のとか、といういうのに留めておいた方が無難ですね」


「仰る通りですな」


 ほぼ初対面なのに娘と対等に議論を交わす父。肉親ながら大したものです。


 続いてアリスちゃんが取り出したのは子供用の古着。アリスちゃんは【ウィンドカッター】でわざと穴を開けます。


「で、この犬のアップリケを【ホットウィンド】! で接着面を温めると、ほらこの通り!」


 古着の穴にペタっと張りつけると、古着をぶんぶんと振り回しても外れなくなりました。


「ははぁ~……なんと手軽な!」


「もちろん熱は魔法じゃなくてもいいです。あとこれは蜘蛛糸を使ってますが、普通に糊を使えばいいですよ」


「ほぉ~~……」



    ◇  ◆  ◇  ◆



「最後がミシンです!」


 でんっと作業台の上に現れるミシン。

 アリスちゃんが実演し、目にも止まらぬ速度で縫い上げられていく布。


「「「「…………」」」」


 そして、顔面蒼白の針子さん一同。


 ……まぁ、そうなりますよね。

 これは私の失態ですね。ミシンのことは黙っておくように言い含めておくべきでした。


「……ん? ――あっ!」


 アリスちゃん、ようやく針子さんの失職の危機に気づいたようで、


「い、今のなし! 今のなしです! ミシンなんて私知りません!」


 慌ててミシンを【アイテムボックス】に仕舞い込みます。


 く、苦しすぎる……けれど、父や職人さんたちも話を合わせてくれるようで、


「そ、そそそそうですな!」


「あ、あぁ、俺たちゃ何も見ませんでしたぜ!」


 ……な、なんとかなりそうです。



    ◇  ◆  ◇  ◆



「それとお嬢様、お嬢様が作った奇抜な衣装も見せて頂けませんかな?」


「き、奇抜って……」


「ダメですよお父さん! あんな脚剥き出しの衣装なんて……」


「それはそうなんだが、しかし見たことがない衣装というのは創作意欲を掻き立てるだろう?」


「その通りですよ! さすがはお母様のお父様!」


 あぁ……アリスちゃんが調子づいちゃった……。


「ではでは~こちらセーラー服! ブレザー! ナース服! チャイナドレス! ミニスカメイド! ミニスカポリス! サンタコス! 迷彩服! リクルートスーツ! テニス風ユニフォーム! 膝丈フレアスカート! タイトスカート! 3段式ティアードスカート! ボタン付きトレンチスカート!」


 いったい何が、娘をここまで突き動かすのでしょうか!?

 奇抜な衣装が続いたかと思えば、後半は怒涛の膝丈スカートたち!


 あら、ティアードスカートとかいう段を重ねるのは、ドレスに使えそうですね。

 それにボタンがあしらわれたトレンチスカートの、硬めでありながらも落ち着いた雰囲気。ドレスには使えそうにありませんが、街歩きにはオシャレで良いかもしれません。


 あとは……


「「チャイナドレス……」」


 あら、今度は父と言葉がかぶりました。


「おおっ!? このエグいスリットが分かるとは、さすがは――」


「このスリットはないです」


「このスリットはないわね」


「えー……」


「でもこのピッタリとしたシルエット……」


「ドレスに使えそうな気がするな!」


「あら、お父さんもそう思う?」


 私と父は、にやりと笑みを交わします。

 

 さぁ、実験開始です!!

 理想の新作ドレスを創り上げ、ファッション業界へ殴り込みをかけるのです!



    ◇  ◆  ◇  ◆



 それから父と職人さん・針子さん一同、そして私は、母から夕食で声をかけられるまで、一心不乱に議論し、布を断ち、縫い上げました。


 みんながみんな異様に興奮し、バタバタと作業しているものですから、針を指に刺したり刃物で手を切ったりと生傷が絶えませんでした。

 そのたびに私が治癒魔法を披露して、『魔法が苦手で冒険者時代に苦労していたはずのマリアが、よもや治癒魔法まで……』と父を驚かせることになりました。


 娘は部屋の片隅で、ひたすら無地の魔石入り糸を練っていましたね。

 あの子の根気といったら凄まじく、一日中でも同じことを淡々とやっています。


 そして夜には、懐かしい自室で娘と一緒に眠りました。

 日中集中し過ぎた所為せいか、目を閉じた途端に眠りましたとも。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 それは、2日目の日中に起こりました。


「くそっ、時間が惜しい! なんとかこう、思い描いたものを即座に形にする方法はないものか!」


 という父の言葉を聞いたアリスちゃんが、


「あ、じゃあアラクネさんを呼んできましょう」


 言うや否や【瞬間移動】で消えるアリスちゃん。


 ま、まままマズイマズイマズイです!


「お父さん、職人・針子のみなさん、今からアリスちゃんが【従魔テイム】した魔物がここに来るけど、驚かないでね! 気を強く持ってね!

【エリア・リラクゼーション】!」


「連れて来ました~」


 そして現れる、全長1メートルの蜘蛛・アラクネさん。


「「「「「「「「ぎゃぁぁぁああああああああああ!?」」」」」」」」


 ――もう! なんだってこう、この子は迂闊うかつなんですか!



    ◇  ◆  ◇  ◆



「【リラクゼーション】! 【ホットウォーターシャワー】! 【ドライ】!」


 結局、漏らした父や職人さん・針子さんたちの服と体を私と娘で洗浄して回ることになりました。


「アリスちゃん!」


「ご、ごめんなさいぃ……」


「まったく本当に、この子はもぅ……」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 とはいえここからの快進撃は凄まじいものでした!


 私や職人さん・針子さんたちの意見を父がまとめ、それをアリスちゃんに伝えるや否や、アラクネさんがものの数分で形にしてしまうのです!

 おかげで私たちは、アイデア出しや構想練りの議論に集中することができました。


 アラクネさんは、お肉さえあればいくらでも糸が吐けるとのこと。

 ただし糸を出せば出すほどお腹が減るとのことで、アラクネさんがドレスを作り上げている間に、私が未解体の地竜アースドラゴンを裏庭で捌きました。


 …………え、ええ、大騒ぎになりましたよ、もちろん。


 そして、『生きている蜘蛛なら驚かれても仕方ないけど、死んでいるドラゴンなら大丈夫よね』なんて軽く考えていた私自身の非常識振りに、改めて気づかされ、驚かされました。


 アリスちゃんのことを叱れない……。

 すっかりアリスちゃんに毒されていたんですね、私。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 その日も終わり、翌日の昼下がり、ついに新作ドレスが完成しました!


「「「「「「「「ぉぉおぉおおおおおおおおおおおお……」」」」」」」」


 完成したのは2着のドレス。


 1着は従来のプリンセスライン――下着の腰回りに詰め物か枠組みを入れて、スカートを膨らませたドレス――に、立体裁断による体のラインに沿った上半身とゴムを入れた手首ピッタリの袖口、そして魔石が練りこまれた光り輝く色とりどりの刺繍。

 色は華やかな赤を基調とし、黒や白の光り輝く刺繍を散りばめています。

 貴族令嬢なら誰もが見慣れた形状でありながらも、明らかに一線を画した、洗練されたデザイン。


 ちなみに、モデルは私がやりました。

 恥ずかしいですが、身長と体格が一番適していたので……。

 伊達に鍛えてはいませんから、お腹の引き締まり具合には自信がありますよ。


 そして、目玉はもう1着の方!


 娘が作った『チャイナドレス』のような流麗な上半身から膝辺りまでのラインと、膝から下はふわりと広がる形。

 言わずもがな立体裁断とゴム入り袖口によって体のラインをしっかりと出しています。

 色は落ち着いた濃紺を基調とし、上半身にはあえて胸元にワンポイントしか刺繍は入れず、膝から下の広がったところに色とりどりの花々の刺繍を入れています。


 これを着た女性が歩いた時に、ふわりと花畑が広がるように見えることでしょう!


 むふー、成し遂げました!

 ……あ、これは、娘が大きな仕事を終えた時によく使う言葉です。 


「このフォルムどっかで見たような……あぁっ! マーメイドライン!」


 おや? また娘が何か言っていますね。


「お母様、これマーメイドラインのドレスです! 古代文明で大流行したって【鑑定】さんが」


 ――な、ななな、なんということでしょう!

 図らずも私たちは、かつて大流行したドレススタイルを、再び現世へ蘇らせてしまったようです!



    ◇  ◆  ◇  ◆



 売れましたよ、それはもう。


 その2着を店頭のショーウィンドウに飾っただけで、翌日からは採寸予約の手紙がひっきりなしに届くようになりました。

 そして私と娘は、業務過多で阿鼻叫喚の地獄と化した実家を残してさっさと退散しましたとも。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 これは後日談ですが、『マーメイドラインのドレスがなくては来季の社交シーズンに出られない!』と泣きついてきた貴族令嬢たちのために、実家は冬の間もずっと働く羽目になりました。


 あ、おかげ様で針子殺しの『ミシン』も無事導入できました。

 ミシンなしではとても捌ききれない受注量になりましたから。


 私やアリスちゃんやアラクネさんも、時々手伝いましたよ。

 アラクネさんなんてすっかり救世主扱いで、『全長1メートルの蜘蛛の姿を見て、泣いて喜ぶ人たち』という、それはもう意味不明な光景が、そこには広がっていました。

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