30(閑話) 「娘の奇行 ~新時代の風~」

 マリア・フォン・ロンダキルアです。


 最近、愛娘アリスの奇行が目に余るのです。


 1歳の頃からファイヤーボールでお手玉をしたり、2歳からはそこらじゅうを飛び回ったり、3歳からは軍人さんたちと一緒に汗まみれ砂まみれになったり……と、心配の絶えない困った子供ではありましたけど、最近は特におかしいのです。


 フェンリルの群れと一緒に四つん這いで駆けっこをしている?


 100匹以上のブルーバードと一緒に『ていけいじん』で『へんたいひこう』をしている?


 デスキラービー・クイーンから献上された蜂蜜をお風呂に入れて入浴している?


 そうですね……確かにそれらも奇行でしょう。

 特に蜂蜜の件についてはもったいないと叱ったものでしたが、『【アイテムボックス】で精製しなおせば、汚れを除去して食べれるようになりますよ』というアリスちゃんの言葉に納得させられましたから、まぁ良しとしましょう。

 人が浸かった――漬かった? アリスちゃんの蜂蜜漬け? い、いえ、変なことを考えるのはやめましょう――あとの蜂蜜を食べるということに対する忌避感は置いておいて。


 そう……そんな些細なことなんて吹き飛ぶくらいの『奇行』なのです。


 まず、【飛翔】で飛び回るのをやめるようになりました。

 これ自体は喜ばしいことなんですが、次にスカートを履きだしたのです。


 スカート。

 それも、膝から下がバッサリ切り落とされた、素足丸出しのスカートを!!


「おか~さま~!」


 ほらまた来ました!

 膝まで丸出しにした、はしたない姿の娘が!


 娘の後ろには、最近娘が【従魔テイム】したという裁縫が得意な蜘蛛の『アラクネさん』がついて来ています。

 アラクネさんが裁縫しているところを見せてもらったことがありますが、あれは本当に見事でした!


 冒険者になる前の、実家の仕立て業を手伝っていた頃の血が騒ぎますね……。

 いえいえ、今はそんなことを言っている場合ではないのです!


「アリスちゃん! またそんなにあしを丸出しにして! はしたないと思わないんですか!」


「でも動きやすいですよ?」


「動きやすさとか、そういう問題ではないのよ!?」


「ほらお母様、これ、新作のセーラー服です! 是非着てみてください!」


 ……あぁもぅ話が通じない!


 百歩譲って、自分が着るだけなら良しとしましょう。

 でもこの子、他の女性にまで『ミニスカ』とやらを勧めてくるのです!


 実際、うら若きメイド数名が被害に遭いました。

『ミニスカメイド服』とかいう頭のおかしい服を無理やり着せられ、劣情丸出しの若き軍人たちの視線に晒され、私に泣きついてきたのです。


「だからこう……どうしていちいち丈が短いの! ちゃんと脚が隠れるように丈を伸ばしなさい!」


流行はやると思うんですけど……」


 こんな破廉恥ハレンチな服装が流行ってたまるものですか!


 いけませんね……どうにかして、娘の奇行をやめさせなければ。

 とはいえ娘は頑固なところがあるので、頭ごなしに否定するだけではやめてくれないでしょう……。


 ――あ、そうだ!


「ねぇアリスちゃん、実は私、冒険者になる前は仕立屋の娘だったの。ちょっとくらいならお裁縫ができるのだけれど……お母さんと一緒に服を作らない?」


「『おかあさんといっしょ』!?」


 …………あら? なんだか今、思っていたのと違うところに食いつきましたね。

 まぁ娘の奇抜な発言を聞き流すのにも慣れたものです。


「そう。楽しそうだと思わない?」


「思います思います!」


 ――ヨシ!(指差呼称しさこしょう

 これは娘が建築ギルド員の間で流行らせた、謎の儀式です。


 ともかくこれで、娘と一緒にお裁縫をしつつ、『ミニスカ』以外の服を作るように誘導できれば!


 はぁ……上手くいくといいのですけれど。



    ◇  ◆  ◇  ◆



「えええっ!? 立体裁断!? 『ごむ』を用いた伸縮する袖口!? 襟の表ではなくあえて裏地にカラフルな布を当ててチラ見せさせる!? 魔石を練りこんだ光り輝く刺繍!?

 アップリケ……あぁ当て布のことね、って紋章とか動物の絵柄を量産販売? 蜘蛛糸の粘液で、熱をかけることで張りつく??

 ミ、ミシンってなんなのこの便利な魔道具は!? な、ななな……」


 娘が【鑑定】LV8から引っ張り出してくる、古代文明の叡智の数々!


 ……い、いける!

 これはファッション界に新時代の風が吹きますよ!?


「――アナタ!」


 ばぁんと書斎のドアを開き、唖然とした様子の夫に告げます。


「実家に帰らせて頂きます!」


「……………………――――はぁっ!?!?!?」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 ……い、言い方が悪かったですね。興奮のあまり理性が飛んでいました。


 夫には、アリスちゃんがファッションの素晴らしい知識を披露してくれたことと、その知識を使って裁縫がしたいこと、そして人手と設備が足りないので実家の仕立屋に協力を仰ぎたいことを説明しました。


「……び、びっくりさせるなよなぁ」


「ご、ごめんなさい……そんなわけで数日の間、私とアリスちゃんで王都に行ってきますね」


「ああ。……いや、初日だけ俺も一緒に行こう。もうずいぶんと長い間、挨拶にも行っていないし、せっかく【瞬間移動】を覚えたしな!」


 そう、今の私たちには【瞬間移動】があるのです!

 王都の場所を知っており、行ったことがある私と夫なら、娘や息子ごと王都へ飛べるのです。


 本当、便利になったものですね!



    ◇  ◆  ◇  ◆



 善は急げ(これもアリスちゃんがよく口にする言葉の1つです)。


 お泊りに必要な衣類や生活用品、お土産に光り輝く白磁のティーセットやトニ君謹製のテンサイ蒸留酒等を【アイテムボックス】に放り込み、身支度を整えればもう午後3時。


 ちょうど実家の仕立屋も、ひと段落ついている時間帯でしょう。

 手紙さきぶれもなしに訪問するからビックリさせてしまうかもしれませんが、まぁ相手は実家なので問題ありません。


「お母様……裾を踏んづけてしまいそうです」


「礼儀作法の時間に何度も着ているでしょう? 立派な淑女になるためには慣れないと!」


 裾の長い簡易ドレスを無理やり着せられ、頬を膨らませている娘をあやします。娘の頬を両手で挟むと、『ぷす~……』と口から空気が出てきました。


「おーい、準備できたか?」


 ドアの向こうからは夫の声。


「はい」


 入ってきたのは略装の夫。

 いつもは軍人さんと同じ帷子かたびらや皮鎧の姿なので、妙に新鮮です。


 その後ろには、長男のディータを抱っこした乳母さん。

 私はディータを受け取ります。スヤスヤと気持ちよさそうに寝ていますね。


 ディータは顔見せだけして戻すつもりです。

 私の方は裁縫関連で忙しくなるでしょうし、乳母さんまで一緒に連れて行くとなると、大所帯になりますので……。


「じゃあ行くぞ――【瞬間移動】!」



    ◇  ◆  ◇  ◆



「ぉ、ぉぉおおおお~~~~~~! これが王都!」


「の、門だがな」


 目の前に現れた王都の巨大な城門に、感動した様子のアリスちゃん。


 城塞都市と違って王都には入城税がありますから、実家の前にいきなり飛ぶわけにはいきません。とはいえ私たちは貴族でかつSランク冒険者なので、無課税なのですが。


 城門には2つの入口があり、私たちは貴族用の窓口へ向かいます。平民用の門では長蛇の列が並んでいるのでちょっと心苦しいのですが、まぁせっかくの特権ですから使わせてもらいましょう。


【遠見】の魔法で見ていたところ、馬車ではなく徒歩の3人組(と赤ん坊)が貴族門に近づくことに衛兵さんたちが戸惑っている様子でしたが、


「あ! あなた様は――」


 顔が分かる距離まで近づいて、衛兵の1人が気づいたようです。慌てた様子で駆け寄ってきました。


「英雄様!」


「おう、お忍びだから王城へは伝えなくていいぞ」


「ははっ! ではこちらへ……」


 窓口に入り、差し出された書類へ、【アイテムボックス】から取り出したで押印する夫。

 璽は国王陛下から賜った、貴族家を証明する大事なものです。手紙の封にも押して、手紙が正式なものであることの証明にしたりしますね。従士や部下を任命するときの書類にも使います。


「じゃあちょっとそこの路地に入って……【瞬間移動】!」


【瞬間移動】は使える人がとても少ない希少な魔法。往来のど真ん中で使っては、騒ぎになります。


 娘にはその感覚がないのか、城塞都市中の至るところでぽんぽん使っているのが、悩みの1つなのですけれど……。


 そして目の前に現れたのは、実家すぐそばの路地裏の景色。よくよく見知った、懐かしい光景です。


「さ、行きましょう!」


「お、おう」


 あらあら、アナタったら……お父さんとお母さんに会うのに少し緊張気味のご様子。

 いつまでたっても可愛いですわね。


「お母様!」


「……あ、な、何かしら?」


 いけません、少し夫の顔を眺めたまま固まっていました。


「早く行きましょう。でないと私、ここでお砂糖を作り始めますよ?」


「な、な、な……」


 そこまで顔に出てたかしら!?


 娘にからかわれながらも実家の裏口に回ります。表は店舗ですからね。


 あぁ懐かしの『仕立屋テイラー』!

『テイラー』は父の名前です。ど平民の実家が家名なんて持っているわけありませんからね!


 私は懐かしき実家の扉をノックします。


「はーいどちらさ……」


 中から出てきたのは、私が小さなころからここで働いてくれている職人さんのひとり。


「えええっ!? マリアお嬢様!?」


「お、お嬢様はやめてよ……」



    ◇  ◆  ◇  ◆



「いやぁ、ロンダキルア騎士爵閣下にわざわざお越し頂けるとは!」


「か、『閣下』はよしてください……なかなか顔を出すこともできず、申し訳ありません」


 父と、緊張気味の夫が客間で顔を合わせます。


 貴族が平民に丁寧語を使うのは本来おかしいのですが、別に社交場でもなし、陰口を言うような他人はここにはいません。


 部屋には父と母、店を継ぐ予定の弟、そしてまだ幼い妹が一家揃い踏みしています。店の方は大丈夫なんでしょうか?


「紹介します。こちら、長女のアリス」


「アリス・フォン・ロンダキルアと申します」


 夫の紹介に、挨拶カーテシーをしつつペコリを頭を下げる娘。

 ああっ、膝は折っても頭は下げるなとあれほど教えたのに……これはまた、礼儀作法の特訓が必要ですね。


「これはこれは、可愛らしいお嬢様ですな!」


「そしてこちらが、長男のディータ」


「ほぉ~これはまた、玉のような赤ん坊!」


 ふふっ。実際、自慢の娘と息子ですわよ。


「あとこちら、お土産です」


 夫が【アイテムボックス】から次々と取り出す、魔の森で狩りに狩った魔物の毛皮、毛皮、なめし革、毛皮、毛皮、なめし革、蛇皮、毛皮、毛皮、なめし革、蛇皮……仕立て業に役立つだろうと思い、持ってきたのです。


「「「な、ななな……」」」


 あらあら。

 いつまでたっても底の尽きない【アイテムボックス】の容量に、父たちが目を白黒させています。幼い妹はよくわかっていないようですけれど。


「……と、こんなところです。是非使ってください」


「こ、この滑らかな蛇皮は、もしや大蛇サーペント系最上位Sランクの魔物、グレート・デーモン・サーペントでしょうか……?」


「いえ、バジリスクです」


「「「で、伝説の魔獣ぅ!?」」」


 まぁ、そういう反応になりますよね。


「じゃ、じゃあこの白くほのかに輝く毛皮は……?」


「フェンリルですね」


「「「伝説の魔獣ぅ!?」」」


「じゃ、じゃ、じゃあ……このみずみずしくハリのあるなめし革は……?」


地竜アースドラゴンの翼をなめしたものです」


「「「ドラゴン!?」」」


 ちなみに、これだけ騒がしくても愛しのディータはスヤスヤ眠ったままです。

 将来大物になるのかもしれませんね! 

 まぁ、いつも軍人さんたちの雄叫びで騒がしい砦で育ち、慣れっ子になっているだけかもしれませんが。


「あ、あはは……まぁ、家が魔の森に近いものですから」


「それにしたって……これだけの代物、本当にタダで頂いてしまってよろしいのですか!?」


「はい。5年近く音沙汰のなかったお詫びということで。それと、マリア」


「はい」


 今度は私が、【アイテムボックス】から光り輝く白磁のティーセットを取り出します。アリスちゃんがテコ入れした磁器屋さんの、渾身の逸品です。


「ま、魔法が苦手だったと嘆いていたマリアまで、【アイテムボックス】を!?」


「え、ええ、まぁ……」


 確かに冒険者になりたてのころは、やれ『魔法が使いたい』だの『魔法使いがうらやましい』だのと文句を垂れていたものです。

 でも、200年ほど鍛えましたから。


 続いて、テンサイ酒の樽を5つ取り出します。


「「「な、ななな……」」」


 ――あ、しまった。

 あまりの大容量に、父たちが卒倒してしまいました。


 ……私も、夫や娘のことを言えませんね。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 その後、目を覚ました父たちと5年分の『積もる話』をしました。


 娘は妹にアヤトリを教えていましたね。

 でもアリスちゃん、妹にタンパク質から糸を作り出す過程を説明しても、理解できないと思うわよ……。


 さて、そろそろ店じまいと夕飯の支度をしないと……という時間になって、夫は息子を連れて城塞都市に帰りました。

 お約束の『で、伝説の【瞬間移動】魔法……!?』という下りももちろんやりました。現在でも使い手は少数いるので、別に『伝説』ではないんですけどねぇ。


 そして今、客間には父と私、娘の3人が残っています。


「ふぅむ……それで、アリスお嬢様が考案した新しい製法の数々を試したいと?」


 父は娘を『様』付けして話します。ちょっとよそよそしい感じもしますが、父は平民で、アリスちゃんは貴族令嬢なので仕方ありません。

 普段、軍人さんたちがアリスちゃんにぞんざいな口を聞くのは、かく言う軍人さんたち自身が貴族家子弟だからですね。


「考案したわけではなく、過去の流行を魔法で調べたのよ。この子、本っっっ当に物凄い魔法使いなんだから!」


 親の欲目なんて関係なく、本当に王国一の魔法使いだと思います。

 国王陛下にお披露目する日が楽しみですね!


「ふむ。だが儂とてこの道何十年の大ベテランだ。そう簡単に新しい製法が生み出されるとは思えんが」


「さぁ、アリスちゃん!」


「はい!」


 やっておしまいなさい!



    ◇  ◆  ◇  ◆



「はぁあっ!? 立体裁断!? 『ごむ』を用いた伸縮する袖口!? 襟の表ではなくあえて裏地にカラフルな布を当ててチラ見せさせる!? 魔石を練りこんだ光り輝く刺繍!?

 アップリケ……あぁ当て布のことですか、って紋章とか動物の絵柄を量産販売? 蜘蛛糸の粘液で、熱をかけることで張りつく??

 ミ、ミシンってなんですかこの便利な魔道具は!? な、ななな……」


 ま、私と同じ道をたどりましたとも。


「そしてこれが、私の自信作、『ミニスカポリス』です!!」


 ――あぁっ! また変なもの作って!

 なんですかこの、ただでさえ短いスカートにスリットぉ!?


「――――……」


 父はごくりと唾を飲んだあと、


「なぁマリア……お前、娘の育て方、間違っちゃおらんか?」


「うーん……これでもいろいろ悩んでるのよ?」


「あっはっはっ! ロクに家業の手伝いもせず、王都中の射的場を荒らし回っていたお前がそんなことを言うなんて、世も末だな!」


 …………言葉も出ませんでした。






*****************************************

後半へ続く!\(^^)/

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