20(401歳)「道を敷く」

 朝食の後、パパンとママンへ、【瞬間移動】可能ポイント増やしの旅に出ると告げた。

 今日の行き先は南の漁村。城塞都市周辺の衛生農村はマッピング済なので。


「夕方6時までには絶対に帰ってくるんだぞ!」


「はい!」


 私とパパンの会話に、食堂でメシ食ってた周囲の軍人さんたちがクエスチョンマークを浮かべる。

 まぁ、『旅に出る』と告げる4歳児もおかしければ、晩メシまでには戻ってこいという父親もまたおかしい。

 軍人さんの中にはまだ、私が【瞬間移動】魔法が使えることを知らない人も多い。私の実力はパパンや3バカトリオに意図的に吹聴してもらっているから、じわじわ広がりつつはあるみたいだけど。


 そのうち、何人かの軍人さんが『ふふっ』と笑い出した。


「お嬢様、今日は何の冒険に出るんですかい?」


「お遣いでも頼まれたのかい、お嬢? 気をつけて行くんだぞ」


 あれだ、『はじめてのおつかい』系イベントだと思われてるなコレ。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 というわけで城塞都市入口上空へ【瞬間移動】し、南方向を眺める。


 城塞都市の門から南へ向かって、街道と呼ぶには野性味の強い、『馬車で踏み固められた何か』が続いている。

 これを10時間ほど進むと塩の製造拠点である『城塞都市南の漁村』に着く。


 いわゆる『徒歩または馬車で1日』の距離だね。


 ちなみにロンダキルア領に岩塩の産地はない。

 いや実は、魔の森には『森』といいつつ隆起した部分も多く、ざっと【探査】しただけでも岩塩を採掘できそうなポイントがいくつかあった。魔の森、広いからねぇ。

 でも魔の森で岩塩採掘はできんわなぁ……。


 それにしても粗末な道ですこと。

 重要な戦略物資の輸送路を整備することすらできないほど余裕がないのかロンダキルア領?

 私が魔法で補修するまでは、砦と壁も穴だらけだったし……。


 自室へ【瞬間移動】して、紙に『ローマ街道』と書いて【おもいだす】からの【鑑定】! ふむふむ、構造はこんな感じね。


 ――全ての道はローマに通ず。


 古代ローマが造った街道は、雨が降ってもぬかるんだりせず、2台の馬車がすれ違えるほど幅があり、馬車が全力疾走できるほどに舗装されていて、車道と歩道に分けられているという現代顔負けの超優等生だったそうだ。

 そんな優秀な街道があったからこそ、大量の交易が領内を発展させ、スピーディーな軍事行動が領土を拡大させた。



    ◇  ◆  ◇  ◆



「お父様」


「うん? アリス、急に人の背後に現れるのはやめなさい。【闘気】で分かるとはいえ、多少は驚くんだから」


 書斎でバルトルトさんと練兵か何かの計画を練っていたパパンからお説教される。


「でもこの前は、急に目の前に現れるなって言われました」


「あー……言ったっけか。いやいやそうじゃなくてだな、そもそも部屋に入る前にはノックをしなさい!」


「あっ、ごめんなさい……」


 そりゃ確かにそうだな! 私が悪かったわ。


「まったく、変なところだけ子供のままなんだから……まぁいい。ところで、旅に出たんじゃなかったのか?」


「そうなんですが……南の漁村とここを結ぶ街道が歩きにくそうだったので、舗装したいんですけど、いいですか?」


「ほう。どんなふうにだ?」


「こんなふうに」


 紙に書き写してきたローマ街道の断面図をパパンとバルトルトさんに見せる。


「「おぉぉおおおおっ!?」」


「こりゃすげぇな嬢ちゃん! 水けもよさそうだし、人身事故の心配がない。行軍もばっちりだ」


「これも【鑑定】か?」


「はい。『理想的な街道』で【鑑定】したら出てきました。古代文明のやつみたいです」


 ……まぁほとんど嘘ではない。


「便利なもんだなぁ……許可する。頼んだぞ」


「はい!」


 レベル600の私とレベル300のパパン、レベル200越えのバルトルトさんの会話だ。もはや誰も、『こんなものが魔法で作れるのか!?』とか『魔力は足りるのか!?』なんていうお約束は口にしない。

 だって私のおりチームはみんな、水準の差こそあれ、同じようなことができるんだから。



    ◇  ◆  ◇  ◆



「というわけで、【探査】で人がいないことを確認してからのぉ【アイテムボックス】!」


 城塞都市の門を出てすぐの上空で【飛翔】し、地平線までの道の土を、幅10メートル、深さ2メートル分【アイテムボックス】へ収納する。


 ちなみに私、自覚してるが独り言が多い。

 数百年の魔の森生活で、己を保つためというか精神安定のためというか、独り言が染みついちゃったんだよねぇ。


「穴の中へ【アースボール】で手のひら大のボールを敷き詰め、その上に砂利を敷き詰め、その上にセメントを流し込みぃ……アースウォールで幅4メートルのやや弓なり状の1枚岩を乗せる! 1枚岩に【ウィンドカッター】で均等に切れ込みを入れれば、なんちゃって石畳の完成!

 続いて左右にも幅3メートルの1枚岩を載せて【ウィンドカッター】! 歩道も完成!」


 10秒ほどで、なんちゃってローマ街道が見渡す限りまで完成する。

 中央の幅4メートル部分が弓なりなのは排水を考えてのこと。いや、考えたのは私じゃなくて古代ローマ人だけど。


 ってか古代ローマ人、マジパネェな! ローマン・コンクリートとかいうコンクリートも使ってたみたいだし……古代ローマ人の中に現代地球からの転生者がいても、私ゃ驚かないね。


 さてさて、地平線の果ての見えないところまで道を敷くのは無理なので、道を敷いたところまで【瞬間移動】し、見える範囲まで同じ工事を繰り返す。


 そんな感じで、道を敷きつつ南下することしばし。


「ヒヒーンッ!!」


「うわぁっ!?」


 どんがらがっしゃーん!


 前方数十メートル先から北上してきている荷馬車の横転現場に遭遇した。


「ヒヒーンッ!! ヒヒーンッ!!」


「な、ななな……」


 眼下には、突如として数十メートル先の道が消え、舗装された街道に変わったという天変地異に驚きおののく行商人さん1名とお馬さん1頭の姿が。


 あー……これ、私の所為せいだよなぁ。

 もう少しちゃんと【探査】しとくべきだった。


「【リラクゼーション】! あのぅ……大丈夫ですか?」


 地上に降りて、行商人さんとお馬さんに精神安定魔法をかけ、尻餅ついてる行商人さんに手を伸ばす。やや落ち着きを取り戻したらしい行商人さんの手を取り、【浮遊】して立ち上がらせる。


 この人、行商人にしてはいい服着てるなぁ。


「驚かせてしまって申し訳ありません。あちらの道は私が土の魔法を使って整備したもので、害はありません。

 とりあえず馬車を起こしますね。【テレキネシス】でよいしょっと!」


 横転した荷馬車を【時空魔法】で起こす。まぁ普通に腕力でも起こせるんだけど、こっちの方が荷馬車を傷つける心配がないし、何より説明が楽なので。


「なぁっ!? ……あっ! 荷物が――…」


 行商人さん、荷馬車を覆っていた布を剥ぎ取り、


「あ~~~~~~~ッ!!」


 っと叫んで頭を抱える。


 うわぁ……いくつもの壺が割れて、中身がこぼれ出てる。


【探査】! ――壺10個と塩1トン、魚の干し物が詰まった木箱が4つ。干し物の方は多少形が崩れただけで食べるのには問題なさそう。塩の方は壺が派手に割れて、だいぶ地面にぶちまけられちゃってるな。


「す、すみません……」


「すみませんで済むか!」


 怒鳴られたけど、これはごもっともだ。


「あの、魔法で元に戻させて頂いてもよろしいでしょうか?」


「はぁっ!? お前、いったい何を言って――」


「壺は新しいのをご用意しますので。【アースボール】!」


 壺の元の形は【探査】で把握済。【土魔法】でまったく同じ形状の壺を10個用意すれば、布蓋と縛り紐は流用できる。


「な、ななな……」


 目の前に現れた10個の壺を前に、目を白黒させる行商人さん。


「では改めて、周囲の塩を【探査】! からのぉ【アイテムボックス】で塩を収納し、壺の中へ【アイテムボックス】! はい、元通りです。中身をご確認ください」


「なっ……いやいやいや信用できるかそんなもの! そりゃここらに落ちていた塩は消えたが、その壺の中に砂が入っていないと証明できるのか!?」


「ま、まぁそう言わず、ひと壺見て頂くだけでも……」


「信じられるわけないだろう! 壺の中身が本当に塩なのかも怪しいものだ」


「うーん……あ、じゃあその塩、買い取ります。それで許して頂けますか?」


「弁償など当然のことだろう! 1キロ1万ゼニス。1トンだから1,000万ゼニスだ! お前に支払えるのか? お前、親は?」


「10分だけお待ちください! 必ず戻ってきますから!」


 言い残して冒険者ギルドへ【瞬間移動】!


 なんか面倒くさそうな人だったから、パパンを巻き込むのは気が引けた。


「すみませーん! 急いでおりまして、大至急買取をお願いしたいものがあるんです!」


「あなたは英雄様のお子のアリスさん! また伝説の魔獣を納入してくださるんですか?」


 いつぞやの受付嬢さんが笑顔で応対してくれる。


地竜アースドラゴンの血液1体分です!」


 言ってその場に樽を10個取り出す。

 2億ゼニスもらった時に明細ももらったんだけど、地竜アースドラゴン1体の血液だけで1,000万以上してたんだよね。


「……あ、あははは、地竜アースドラゴンの血液1体分……まぁアリスさんなら、そういうのもアリなんでしょうね」


 アリスならアリっす!(相手に伝わらない異世界語ギャグ)


「それで、とりあえず1,000万ゼニス必要なのです。正式な査定額は後日受け取るとして」


「まぁ、アリスさんが持ち込むものなら品質にも問題はないでしょう……しばしお待ちください」


 受付嬢さん、受付の奥に引っ込み、


「あなたは1,000万ゼニス用意してもらえる? あなたは人を集めて表の樽を倉庫へ。私はギルドマスターに説明に行ってきます」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 数分後、1,000万ゼニス分の大金貨が入った革袋を手に、受付嬢さんが現れた。


「こちら、ご確認ください」


「ありがとうございます! 袋の中身を【探査】! はい、確かに。お忙しい中、無理を言ってしまい、本当にごめんなさい」


「いえいえ、大切なお得意様ですから。残りの金額については、明日以降にお越し頂ければと存じます」


「はい! あ、これ、蜂蜜で作ったキャンディーです。ギルド職員さんたちで食べてください! では!」


 蜂蜜キャンディー入りの袋を押しつけ、【瞬間移動】!


 行商人さんはちゃんとその場にいた。


「――あっ! 急に消えたと思ったら! 逃げられたのかと思ってヒヤヒヤしたじゃないか! お前、子供のくせに【瞬間移動】持ちか!」


「ごめんなさい! これ、1,000万ゼニスです!」


 面倒くさいので、さっさと革袋を押しつける。


「なっ!? 本当に、こんな短時間で……本物なんだろうな!?」


「……………………ご確認ください」


「さっきからあり得ないことばかり起こってるからな! どうにも信用ならん」


 うーんうーん……落ち着け、私は加害者の立場だから、怒っちゃいかん。


「では、このお金を用意してくれた冒険者ギルドに行って、保証してもらいましょう」


 行商人さんと一緒に、冒険者ギルドへ【瞬間移動】!


「この飴すっごく美味しいわね! 可愛い可愛いアリスちゃん、私の妹にしたいわぁ――って、えっ!?」


「うおっ!?」


 受付嬢さんと行商人さんにビビられる。受付嬢さんがなんか怪しげなことを言ってたような気がするけど、スルーするぅ。


「何度もすみません。先ほどお受け取りしたこの1,000万ゼニス、本物であると証言してもらえませんでしょうか」


「え? 急に何を――…」


 戸惑っていた受付嬢さんだったが、私の隣に立つ行商人さんと、行商人さんが持つ革袋を見て、すうっと目を細めた。


「そちらの革袋、その焼印は当ギルド――冒険者ギルド・ロンダキルア領城塞都市支部の物です。わたくしが先ほどアリス様――そちらのお嬢様にお渡ししたその袋の中身は間違いなく本物の1,000万ゼニスであると、当ギルドが保証致します。

 ……【取引契約】書はご入用いりようでしょうか?」


 うおっ、美人な受付嬢さんからの冷たい瞳! お姉さんゾクゾクしちゃうよ!


「な、う、うぅ……分かった! もういい!」


 それは行商人さんも同じらしく、うろたえながらもそう言ってくれた。


「じゃあ戻りましょうか。お姉さん、ありがとうございました!

 では【瞬間移動】!」


 よしよし、これで一件落ちゃ……


「お前、その【瞬間移動】で私と馬車を城塞都市へ連れて行け! そして商人ギルドへ干し魚を納品したあと、今度は南の漁村へ連れて行け!」


 なぬぅ~~~~?


 次回、アリスはこの困った行商人にどう対応するのか!?

 乞うご期待!






*********************************************************

追記回数:4,649回  通算年数:401年  レベル:600


次回、海鮮うめぇ~ッ!!

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