11(401歳)「そして、数百年の年月が流れた……」
そして、数百年の年月が流れた……【
夜間は危険だし暗くて不便すぎるので、外の世界が日中の間、【
途中、破損した道具や欲しくなった作物のタネなどを求めて外に出たりもしたけど、まぁざっくり300~400年ほど
部屋の中では時間の感覚があいまいになるし、ずっと昼間な
「……う~んっ!」
ベッドから這い出し、伸びをする。
ここは50年間ずっと昼で時間の概念があいまいなので、眠くなるまで起き、眠くなったら寝る、という生活を送っている。
パパン・ママン・バルトルトさんチームと3バカトリオチームがローテーションを組んで私の護衛兼お
今いるのは3バカトリオチーム。
【探査】すると、3バカトリオが3人とも起きていて、それぞれトニさんが酒蔵、アニさんが畑、ジルさんが解体場にいるのが分かった。
私が今いるのは『居住区』の私室。ベッドと机、椅子、本棚があるだけの質素な部屋だけど。
同じような私室があと4つあり、他に居間、食堂、キッチン、風呂場、そして
ちなみに井戸や水道はない。水は各自が【水魔法】で出せるからだ。風呂も各自が魔法で沸かす。
風呂場横の洗面所に立つ――『立つ』と言いつつ身長が足りないので【浮遊】している――と、寝ぼけまなこの美少女がこちらを見てくる。私特製の姿見だ。
相変わらず、この超絶美少女が自分だというのには慣れない。
何十年何百年と日に当たっているが、鏡の中の美少女はまったく日に焼けていない。常時身にまとっている【闘気】が、紫外線を跳ね返すからね。
【闘気】万能すぎだろマジで。【闘気】があれば何でもできる!
ママンに日焼けのことを聞かれ、【闘気】のことを話した時、私は人の目から鱗が落ちる瞬間を見た。
その日からママンは来る日も来る日も気絶するまで【闘気】の修行に励み、数年かけて【闘気】をうっすらまとい続ける
【闘気】をまとい続けるのって、MPは減り続けるし神経使うしで結構しんどいんだよね。常時スーパー○イヤ人でい続けるみたいな感じ。
実際ママンは何度も何度もMP切れで気絶したし、そのおかげでMPが爆上がりしたらしい。
お肌かー……今は4歳肌だからとぅるんとぅるんだけど、そのうち気にしだすのかしら。
前世では肌の手入れも化粧も必要最低限しかしてなかったからなぁ……まぁ享年26歳。まだまだ心配するほどの年齢ではなかったけど。
そんな私でさえ、化粧水も乳液もハンドクリームもないこの世界ってホント信じられない。
なんとかして乳化材を手に入れて、乳液やクリームで化粧業界に殴り込むのも面白いかもね。
……とかなんとか考えながら、顔を洗う。歯磨きは食後にしよう。
ちなみにこの世界、『手洗いうがい』や『歯磨き』という習慣がちゃんとあった!
ママンやメイドさんからは、小さい頃から――今も小さいけど――『外から帰ったら、手洗いうがいをしなさい』とよく教えられたものだ。
たぶん先代勇者様が
――閑話休題。
メシを作ろう。
キッチンで【浮遊】しながら、【アイテムボックス】から食器とジャガイモと解体済ベヒーモス肉を4人分出す。
ベヒーモス肉はガチムチなだけに硬いんだけど、噛めば噛むほど味が染み出してくる極上の牛肉って感じ。硬さはデスキラーホーネットの巣から
ここではいろんな魔物の肉を食ってきたが、ベヒーモス肉と
ちなみに、魔の森には竜種は
なお、取り出した食器の中にはナイフやフォーク、箸もちゃんとある。ほんまもんの中世ヨーロッパは手づかみだったらしいけど、これも先代勇者様の功績だ。
続いてお塩の小瓶を1つ。
小瓶は私の【土魔法】製。
お塩も私特製。そこら中にうじゃうじゃいる血の気の多い肉食魔物を屠り、その血肉から【アイテムボックス】で分離・精製したもの。
最初は食べるのにちょこっと抵抗があったけど、なぁに、肉も食ってるんだから今更だ。
胡椒もあったら嬉しいんだけど、アフレガルド王国には胡椒がないらしい……少なくとも砦での食事に出てきたことは一度もなかった。まぁ温室でも作らなきゃ育たないからねぇ。
その代わり、辛味成分としてはトウガラシがよく使われている。
臭み消しにはコリアンダーやパクチーが使われる。肉の香草焼きってやつだ。あぁ、ショウガもよく見るね。
そして最後に取り出したるは、なんとバター!
メスのベヒーモスをとっ捕まえて、搾り取った乳から作った、ベヒーモス・バターだ!
強ささえあれば、魔の森は何でもくれる恵みの森だ。
……まぁ、ベヒーモスから乳を搾れるだけの戦力が前提になるけど。
「【物理防護結界】のセイロの底にお湯を張って、ジャガイモを投入! 蒸かして蒸かして~、取り出して【ウィンドカッター】で切込みを入れてバターを乗せて、お塩を振れば完成、特製じゃがバター! 冷めないうちに【アイテムボックス】へ。
お次はベヒーモス肉を切って、【アースニードル】! の串に刺して、お塩とコリアンダーを振りかけて【ファイア】! 定番串焼き肉完成!」
皿に盛った串焼き肉も【アイテムボックス】に仕舞い、外に出る。
まずは居住区の正面、畑だ。
ざっと50メートル四方くらいの畑が広がっていて、ジャガイモ、キャベツ、レタス、タマネギ、カブラ、ニンジン、大豆、ニンニク、ショウガ、テンサイ……様々な野菜が、季節感もへったくれもなく並んでいる。
なんせこの空間は時間がほぼ止まっているに等しく、野菜たちは成長もしないが枯れもしない。作物の成長は全て植物成長魔法【グロウ】と肥料頼みだ。
ちなみに柵とか壁はない。それでなんで魔物に荒らされないのかというと、上級時空魔法の【
通常、【
まぁ、数十年、数百年と研鑽してれば……多少はね?
「お~きくなぁれ! お~きくなぁれ! うひゃひゃ!」
畑では、アニさんが謎の踊りを踊りながら、野菜に【グロウ】をかけてぐんぐん成長させてるところだった。同時に【ウォーターシャワー】も発動させていて、いずれも無詠唱。
MPが2桁しかなかったアニさんも、今ではすっかり大賢者レベルだ。
「アニさーん! ご飯にしますんで、もうちょっとしたら戻ってきてくださーい」
私が声をかけると、アニさんは変な踊りをやめて恥ずかしそうな顔になり、
「……ご、ごほん! もう少ししたら行くわね」
さてお次は居住区の隣、『解体場』だ。トイレ(汲み取り式だけど)もついている。
そこらへんで狩ってきた魔物を解体し、解体場で出たゴミと糞尿を合わせて、乾燥魔法【ドライ】と【グロウ】の亜種魔法【発酵】を駆使することで堆肥が出来上がり、それを畑に撒き、【グロウ】で強制成長させた芋や野菜を魔物肉と一緒に食う――ここでは、そんな生活をしている。
「けっけっけっ……細切れになれぇ! 血よ舞い上がれぇ!」
ジルさんは解体場で、薄ら笑いを浮かべながらオーク・エンペラー4体を解体してるところだった。
【サイコキネシス】で宙に固定し、【ウィンドカッター】でスパスパ切り、飛び散る血液は、発言とは裏腹に【物理防護結界】で丁寧に受けて【アイテムボックス】へ。可食部以外は【ウィンドカッター】で粉微塵にされ、【ドライ】で乾燥されて肥料になる。
実に滑らかな魔法さばき……それをそれを4体に対して同時に行ってるんだから大したものだ。
「ジルさん、ご飯ですよ!」
「いっひっひ……んぉ、メシ? おう、今行くぜ!」
最後は解体場とは反対側の居住区の隣、『酒蔵』だ。
コンコンッ
入口の扉をノックするが、返事はない。……まぁいつものことだ。
「入りますよー」
中には整然と樽が並べられ、中にはテンサイから作られたお酒が保管されている。
「うふ、うふふ、うふふふ、この色、つや、美しい……」
酒蔵の奥では、トニさんがマッドサイエンティストみたいな顔つきで、テンサイから取れた液体を【発酵】魔法でお酒に変えてるところだった。
――突然ですが、『砂糖チート』をご存じだろうか?
お砂糖というのは普通、サトウキビからできる。
サトウキビは亜熱帯~熱帯地域でしか栽培できない植物で、『中世ヨーロッパ』と呼ばれる地域には砂糖が存在しなかった。
ヨーロッパに砂糖がもたらされたのは中世~近世の境目頃。
イスラム圏に侵攻した十字軍が砂糖の存在を知り、ルネサンスを経て羅針盤を手に入れたコロンブスら航海者たちが亜熱帯~熱帯の島々を支配し、サトウキビを持ち込み、現地住民を奴隷として働かせたことで量産化した。
つまり、中世ヨーロッパ社会には、砂糖は存在しなかったのだ。
……あれは【
私に、限界が訪れた。
甘いものが食べたい! という欲望に対する、我慢の限界が。
さっそくママンに『サトウキビはないですか!?』と尋ねるも、『さとーきびって何かしら?』という衝撃の返答。
……まぁ、この国の気候を考えれば当然の結果だった。サトウキビは亜熱帯~熱帯地域でしか栽培できないのだから。
『じゃあお砂糖は!?』という私の切羽詰まった質問に、『テンサイがあるじゃない』というママンの衝撃の返答ふたたび!
そう、このテンサイこそ中世ヨーロッパにおける『砂糖チート』! 別名の通り、こいつは糖分を多量に含み、砂糖の原料に成り得る! しかも寒冷地帯でも栽培できるのだ!!
実際の中世ヨーロッパでは普通に存在するにも関わらず、テンサイからの砂糖精製はついぞ発見されなかった。だからこその『砂糖チート』というわけ!
この知識を知ってる現代人が中世ヨーロッパに転生したら、砂糖チートで億万長者になれるってわけだ。
そして恐らく先代勇者は、その砂糖チートに成功したのだろう。甘いものが食べたいという、元日本人の強い欲求に突き動かされて。
さっそく【
これでも女子の端くれ。簡単な焼き菓子くらいなら作れなくもない。
10年ぶりくらいに食べるお菓子は、涙が出るほど美味かった。
……そんなわけで、我らが畑のスタメンとなったテンサイくんなんだけど、糖分があれば当然、お酒になる。
で、元々真面目で研究者気質なとこがあったトニさんが酒造研究に目覚め、お酒の美しさに魅入られ、今に至るというわけだ……。
「トニさん! おーい、トニさーん!」
「――はっ!? は、はい、何でしょうお嬢様!?」
「ご飯できたから、食堂に来てくださいね」
「あ、はい!」
◇ ◆ ◇ ◆
「相変わらずお嬢の作るじゃがバターは、めちゃくちゃうめぇな!」
「こぉらジルったら! もうちょと静かに食べなさいよ。ほら、ほっぺたにお弁当つけちゃって……」
イチャイチャイチャイチャ……
あの、そういうのいいんで……ラブコメの波動を発するアニさんとジルさんに対して、私とトニさんからの【威圧】スキル発動!
対するアニさんとジルさんはどこ吹く風。【威圧】LV7にも達した私の睨みも、まるで利いた様子はない。
……ま、ドラゴンやフェンリルやグリフォンが飛び交うこの地に長く暮らせば、誰でも自然とそうなるよねぇ。
3バカトリオは今や、単騎で
なんたって全員レベルは200越えで、トニさんは【片手剣術】LV7、アニさんは【弓術】LV7、ジルさんは【槍術】LV7持ちだと聞いている。
LV6以上は達人レベルだ。
魔法も全属性を上級まで使えるようになり、大量に増えたMPを湯水のごとく使い倒して修行した結果、全員が時間停止機能つき【アイテムボックス】と【瞬間移動】、【飛翔】、【鑑定】LV6が使えるようになった。
【グロウ】や【発酵】もお手の物だし、先ほどジルさんが見せてくれたような曲芸も全員ができる。
そしてそれは、今はこの場にいないパパン・ママン・バルトルトさんも同じだ。
ちなみに、魔法の手ほどきは私が行った。
こいつらはワシが育てた!! むふー。
パパンとママンも、私が育てられつつ育て返した!
特にパパンの鍛えようったらなく、レベルは300越え、【片手剣術】に至っては、前人未到のLV10に到達したそうだ。
「ご飯のあと、ひと狩り行きたいんですけど、誰か付き合ってくれます?」
「だったら俺がついてってやる。トニは酒造り、アニは畑仕事で忙しいだろうしよ!」
「あんたそれ自分が飲みたいだけでしょ?」
「あはは……まぁ切りの良いところまでやりたいし、お嬢様のお供はジルにお願いするよ」
「そういえばトニさんって、お酒造りは好きなくせに、自分ではそんなに飲まないですよね」
「そうっすねぇ……飲むのが目的じゃなくて、美味しいお酒を造るのが目的になってるかもしれないっすね」
「それって楽しいんです?」
「楽しいっすねぇ。胸の奥がざわざわします」
「「「へ、へぇ~……」」」
今はメシ食ってだいぶ理性を取り戻した様子だけど、3人ともいい感じに壊れてるのはご愛敬。
何十年も日の光を浴び続け、精神的疲労は【リラクゼーション】で、体力的疲労は【リカバリー】で回復し、時間を忘れ、月日を忘れ、年月を忘れるうちに、人間誰でもこうなるもんだ。
心がマヒしてくるんだねぇ。怖い怖い。
――というわけで、ひと狩り行きますか!
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追記回数:4,649回 通算年数:401年 レベル:599
通算年数が某伊号潜水艦や確定拠出年金と同じなのは偶然です。
次回、ひとり歩きの許可をかけて、
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