第9話光の先に

 九、光の先に


 それから間もなく、ヴィーの針が0になる時が来た。じっと座ったまま、その時を待っていた。願いが叶わぬのなら、此処に戻ればよい、そう思った時には、迷いはもう消えていた。


 ヴィーの針が0になった時、ブルーノの体は一瞬にして消えていた。ブルーノの周りにいた者達も、行かれたかと、ブルーノの座っていた椅子をじっと見ていた。


 ブルーノは闇に包まれた場所の中にいた。


 次第に目が慣れ、そこが洞窟の中である事が分かった。そして、その洞窟の先に明るい光を見ていた。その光に向かって歩いていると、横から急に幾人もの人が表れた。その目は血走り、(どこだ、何処にあるんだ)と口々に喚きながら、走り回っていた。そこに光があると言っても、聞こえていないかのように、只々走り回っていた。そんな人々を見ながら、光に向かって歩いて行った。


 そこには、青く光り輝く泉が、姿を現していた。

 アルトネリコの泉だった。その泉に導かれるように泉の畔に着いた時、ハープの音色が何処からか聞こえてきた。その方向に目を向けると、一人の美しい女性がハープを奏でていた。

 その女性の前まで行くと、

「ようこそ我が泉へ、ブルーノ様」

「貴女は?」

「私の名はフィネス、願いを叶えます」


 やはり願いを叶えると言ったが、自分の願いは聞き届けられるのだろうか?もし、無理なら、訓練場に戻ればいいと思っていたが、この場所に来て、願いをかなえてほしいという思いが強くなっていた。

「どうすればいいのでしょうか?」

「頭の中に、強くその願いを思い描きなさい」

「どんな願いでもですか?」

「どんな願いでも構いません。その代わりに、二つ三つでは無く、只一つの願いを強く思いなさい」

「もし、願いが叶わなかったら・・・・」

「それを考える必要はありません」

「願いが叶わない事はないのですか?」

「それは、分かりません。私は貴方の願いの方向を指し示すだけです。その方向に向かえばいいのです」


 願いが叶わない事があるのか?それは、分かりませんという言葉を聞いた瞬間、叶わないのなら、訓練場に行きたいと言おうかと思った。が、叶わなくてもいい、叶わなくてもいいから、もう長い間づっと思い続けて来たたった一つの願い、その願いを叶えてくださいと思っていた。


「よろしいでしょうか?これから願いを受け付けますが、一つだけ注意してください。私がさししめした方向に行く時、決して後ろを振り向かないでください」

「もし振り向いてしまったら、どうなるのですか?」

「もう貴方もお会いしたかと思いますが、闇の中を永遠に彷徨う事になります」


 此処に来る途中に逢った、あの人々だったのか?もう、恐れていてもしょうがないだろう。さししめされた方向に向かって行けば、その結果が分かる。叶わなかったらと考える事に意味はない。


「よろしいですね?」

「はい」

「それでは本当に叶えてほしい願いを、強く思いなさい」


 ブルーノは震える体を押さえながら、両手を握り締めて、願いを強くおもった。息を殺しながらその時を待った。


「願いは聞き届けました。この先の、光に向かって歩きなさい。決して、振り向いてはなりませんよ」


 さししめされた方向には、光の輪が見えていた。ハープの音が聞こえて来た時、振り向きたいと思う気持ちがあったが、それを押さえて、光の輪に向かって歩いた。


 そして、光の輪を抜けた時、そこには光り輝く風景が表れていた。初めて見る景色のはずではあったが、何故か懐かしさを感じていた。目の前の道を歩いていると、一件の家が見えてきた。見覚えは無かった。誰の家だろうかと考えながら、家の前までくると、二人の子供が姿を現した。そして、私を見付け声を上げた。


「ママっ!パパが帰って来たよ」

「パパだよ!パパだよ!」


 家の中から妻のマリーが出てきた。


「貴方、お帰りなさい。さっ早く家に入って」


 そこには、もう二度と会えないと思っていた、愛する妻と二人の子供達の顔があった。


「パパ、この前私の誕生日に送ってくれたこの人形、とっても可愛いくて大好き。ありがとうパパ」

「パパ、送ってくれた道具で、いつもキャッチボールをしているんだよ。上手くなったの見てよ」

「まあ、この子達ったら、パパが帰ってきたのが余程嬉しいのね。良かったわ」

 思わぬ展開にドギマギしながら、子供達を見ていた。

 妻のマリーに向かって、


「ごめん、君への贈り物を今持っていないんだ」

「なに言ってるのよ。貴方がお金と共に送ってくれた、ネックレスや指輪。いつも大事にしてるのよ」

「パパ、早く遊ぼうよ」


 何が何だか分からなかったが、これが願いがかなった結果なんだろうと思っていた。

 久しぶりに見る家族に、思わず涙を流していた。

 妻のマリーが僕を呼んでいた。

「貴方、この花を見て!綺麗に咲いてるでしょ。いつも手入れをしていたのよ。好きだったでしょ!」

「ママ、お腹空いた。御飯にして」

「はいはい、今すぐ用意しますよ」


 子供たちの声を背に訊きながら、その花を見ていたが、ブルーノの頭の中には、DEATH GODの記憶は一切残ってはいなかった。

 

 そこには、見事な薔薇の花が咲いていた。

その薔薇の花を見詰め、何かを思い出そうとしていたが、何も思い出す事はなかった。

 そして、薔薇の花を手に取った瞬間、バラの花の先に、オペラハットを被り、黒いローブを纏い、その手に一本の薔薇の花を持つ男の姿を見た。お前は誰だ?そうつぶやきかけた時、

「貴方!御飯よ」

 その声に振り向き、

「今行くよ」


 そう答え、オペラハットに黒いローブ、そして、手に薔薇の花を持っていた男の姿を探したが、もうそこには居なかった。いつも見ていたような気がしたが、何も思い出す事は出来無かった。


 そして、家の中からは、ブルーノがずっと思い描いていた、幸せな家族の笑い声が聞こえていた。       


               完



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DEATH GOD 誠 育 @kktomakoiku

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