第5話いくつかの条件

 五、 いくつかの条件


 私は、訓練場の統轄責任者とDEATH GODの両方の仕事をそつなくこなしていた。以前の私は必死だった。そうすることが義務とも思っていた。

 ヨハネスと、オーチャリの二人により、今の私がある、その思いに報いる事が私に課せられた使命だとも思っていた。それがある瞬間から、心の何処かに空白の部分が生まれていた。

 あの、法廷でよく会っていた、ステッキをリズミカルに動かしながら、夜の闇に溶けて行った、あの男の言葉に心を奪われてしまっていた。

 (「私と常に1,2位を争っていたDEATH GODが、やはり嬉しそうにしながら、言ってきたんです。もうすぐ消えますって」)

その言葉が妙に引っ掛かり、オーチャリはどうだったのか?その事が気になりだしてしまい、他の訓練官に訊いてみることにした。


「ミスター、ジェイスン訓練官」

「何でしょうか」

「少々お聞きしたい事がありまして、お留め致しました」

「どんな事でしょうか?」

「実は以前いたオーチャリについて、お聞きしたいんです。彼のDEATH GODとしての成績はどうだったのですか?とても良かったのでしょうか?それとも酷いものだったのでしょうか?」 

「そうですな、以前の彼はとても優秀な成績をあげていたDEATH GODでした。それがあるときから、どんどん下がっていってしまったんです。周りからは一体何をやってるんだと、お叱りの声もあったんですが、本人はそれに応えるどころか、嬉々として駆けずり回っていましたよ。あれだけ動けば、少しは成績が上がるはずなのに、うんともすんともです」

「そうですか、お留めして申し訳ありませんでした」


 以前成績の良かったオーチャリが、ある時を境に成績が下がった。そして、嬉しそうにしながら、消えて行った。ステッキをリズミカルに動かしていた男が話していた、1,2い位を争っていた男、その男もまた消える前には成績がさがっていたのだろうか?オーチャリの話と、ステッキをリズミカルに動かしていた男の話には、何か共通点がある。その共通点が何なのか?はっきりしないもどかしさを覚えていた。


 ブルーノはもどかしさを覚えながらも、薔薇の貴族の異名どうりに、極悪人を多数見付け出していた。そんな日々の中、一通の手配書が置いてあった。中を開いてみると、


 ○月○日 〇時 フェルマン通りにネール現る。急行し確認されたし


(ん?これは手配書なのか?今迄の手配書には必ず見付ける事と書いてあった。見付ける事は捕まえることである。それが、この手配書には、その見付ける事という記載が無かった。書き忘れたのかと思い気にもしなかったが、心の何処かに何か引っかかるものを感じていた)


 手配書の通りにネールが現れた。


(此奴はどんな悪事をしでかすんだ?同じやるなら派手にしてくれた方がよい)

 などと思いながら、その時を待っていた。


 ネールはみすぼらしい衣服を纏い、今にも倒れそうにしながら街を歩いていた。そして、一軒の店の前に差し掛かった時、目を瞑り、顔を横に向けて歩き去ろうとしていた。

 その時、微かな風が吹いた。目を瞑り、顔を横に向けて、歩き去ろうとしていたネールに、目の前の店の、いい香りが鼻を衝いた。その瞬間、ネールの閉じられていた両目が大きく見開らき、彼の手はワゴンに置かれていたパンを握り締め、一目散に駆け出していた。


 街並みの途切れた公園で、ネールは泣いていた。自分が犯してしまった事への罪の意識であった。自分の不甲斐なさのせいで、離れて暮らさざるをえなかった家族への思いでもあった。いままで必死に生きてきたのに、ついに罪を犯してしまった。これでは、家族の元へ行く事も出来ない。そんな思いが彼の心を悲しみで埋めていた。


 涙が枯れたかのように、ぼーっとしていたネールが、自分をじっと見詰めている二つの目に気付いた。


 その目は、オペラハットを被り、黒いローブを纏い、その手には、一本の薔薇の花が握られていた。ネールは後ずさりしながら、

「お前は誰だ?」

 その問いかけに、薔薇の男は

「俺はDEATH GOD、通称死神だ」

「その死神が何の用だ」

「DEATH GODだ」

「俺がこのパンを盗んだけで、お前に命を奪われてしまうのか?」

「奪うのは命ではなく、命を意味するヴィーだ」

「ヴィーだと、何を訳の分からない事を言ってるんだ。俺はまだ死にたくない。このパンは返す、返すから助けてくれ」

「お前の罪は軽い…」


 この言葉を発した時、以前の光景が蘇って来た。あのオーチャリとの出会いの場面だ。

(お前の罪は軽い、ヴィーを奪う迄ではないだろう)

 その言葉が思い出されてきた。そして、ネールの心には家族への思いが溢れていた。

 仕事仲間に騙され、家族との別れを余儀なくされていた。その悲しみが延々と映し出されていた、一瞬も止まる事無く。

 

「ネール、お前の罪は軽い、今回は許してやろう。その代わり、また同じような事をすれば、俺が許しても他のDEATH GODが許さないだろう。パンを返すと言っても、返されたパン屋も困るだろう。今の、この姿をしたお前からではな。有難く頂戴しろ。

 どんなに小さな罪でも重ねて行けば大きなものになってしまう。そのまま行けば、他のDEATH GODに見付かり、ヴィーを奪われて家族にも会えなくなるぞ、もう二度としない事だ、わかったな」


 男の言葉に茫然としていたネールは、涙ながらに許しを請いていた。そして、顔を上げてみると、いつのまにか、薔薇の花の男は、その場から立ち去っていた。

 ネールはパンをかじりながら、パンの味と頬を伝う涙を味わっていた。後悔と共に。

 ネールの前から立ち去ったブルーノは、何か釈然としない面持ちでゆっくりと歩いていた。

(何故?俺のところにこんな手配書が来たんだろう?他の誰かでも良かったんじゃないのか?何故おれだったんだろう?)

 その時、オーチャリとの出会いの場面を思い出した。

(俺は空腹の余り、干してあった肉を盗んでしまった。罪を許されたが、その結果自信がDEATH GODになってしまった。ネールはパンを盗んだが、DEATH GODになることを言うつもりはなかった。ではオーチャリは何故あの時俺に言ったのだろうか?そこには、どんな理由があったのだろうか?) 

 依然として靄が掛かる道を歩いているようだったようだった。


 その後の手配書には、見付ける事という文字そのものが、まるで消えてしまったかのように、書いてある事は二度と無かった。

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