第3話師匠と弟子

 三、 師匠と弟子


 ウィンダミア湖北岸アンプルサイドに、このDEATH GODの訓練場がある。この訓練場がいつ頃作られ、誰の手によって、また何処にあるのかさえ、誰も知る者はいなかった。


 DERTH GODの契約が完了して間もなく、DEATH GOD

になる為の訓練が始まった。

 この訓練場では、感情を抑える為のものが多かったが、そのあまりの悍ましさに訓練者達の多くが涙し、倒れるものが続出した。

 人間の持つ悪と呼ばれるありとあらゆるものが、そこに映し出されていた。自分達のしてきた悪事と呼ばれたものが、まるで稚児の戯言と思えるほどの内容であった。

 

「今年の訓練者は情けないね。ピーピー泣き喚きやがる。ほんとに情けないね」

「おや?貴方もここに来た時には、泣き喚いたり、おまけにぶっ倒れていたんじゃありませんでしたっけ?」

「そ、そんな事ありませんでしたよ。誰か他の人と勘違いされているんじゃありませんか?」

「それならそれで構いませんがね。ここに来る訓練者達が、なんと可愛いく思われてくるじゃありませんか?不思議なものですね。同じ人間なのに…」

「はい、だからこそ私達は一人でも多くの優れたDEATH GODを育てないといけないんです。      

 それが私たちの使命なんです」

「ほほお、燃えていますね、それでは私も見習って腕をふるいますかね」


 訓練官達はそれぞれ会話を交わしながら、訓練者達を見ていた。その訓練官達の中でも

一際厳しい目つきで訓練者達を見ている者がいた。長老 ヨハネス・ドゥンスである。


「ふう~っつ、これでは先が思いやられるわい。これでは悪の根絶など、夢のまた夢じゃ。何とかせんといかんのう。見込みのありそうな者はおらんのか?」


 彼が何時の頃からここにいたのかは誰も知らない。おそらくここの訓練場が開設された時からではないのか?まるでこの長老の事を畏怖するかのように、 誰もこの長老の傍に近寄ろうとする者はいなかった。


「DEATH GODそのものの質が落ちているのかもしれんな。だから、次のDEATH GODを見つけ出す時も優秀かどうかの見極めもつかんのかもしれん。困ったものだ。あのお方、あのお方さえおられたら、こんな事にはなってはおらんかっただろうにな」


 ヨハネスが思わず漏らしたあのお方とは、アンセルムスの事である。神学者であり、哲学者でもあった。勿論彼がいたことなど知る由もない。彼もまたこの訓練場創設時のメンバーなのかもしれない。


 彼がこの訓練場にいた頃は、余りに多くの罪人が出てしまい、裁判自体が開かれないという状態になり、少し控えてくれと裁判官からクレーム出るほどの、厳しい取り締まりであった。

 指導法においても、DEATH GODに同行し失敗したとしても、途中では一切口出しをする事はなかった。それぞれに考えさせ、DEATH GODの決定に異論を挟む事はなかった。ただ、安易に楽をして罪人を見付けようとした時には、誰もが恐れる訓練官になっていた。

 それだけに、DEATH GOD自体が各々考え、行動しなくてはならず、かえってそれがDEATH GODの成長を生んでいた。当時どれくらいのDEATH GODがいたのかは分からないが、それぞれが千の眼を持つ者と呼ばれ、広域な視野と出来事の善悪を見極める眼を持っていた。

「私にもう少し力があれば、変えていく事も出来るのにのう。うむっ、あ奴に期待してみるか」

 その目には、DEATH GODになりたてのブルーノの姿が映し出されていた。なりたてではあったが、ものの覚え方の速さ正確さ、機器の扱い方、そして的確な判断、そのすべてがヨハネスの眼鏡にかなっていた。

「あ奴が独り立ちするにはまだもう少し時間が掛かるかもしれんが、その時が楽しみじゃわい」

 ブルーノも自分からDEATH GODになりたくてなった訳では無かったが、黒のローブを貰ったあの金縁眼鏡の顔が、いつも頭に浮かんでいた。まるで、これで俺もやっと楽になれる、といったような顔をして、笑いながら消滅したいった、あのDEATH GODだ。

 

 全てに於いて、その成長は他の者の追随を許さなかった。早く一人前のDEATH GODにならなくてはと、その思いが自然に身体から発するオーラのように、光り輝いて見えてくるようだった。そしていつしか、訓練官の殆んどに彼の存在が知れ渡って行った。


「彼は誰が見つけ出したんですか?」

「ほら、ほら、あの最近消えた、オーチャリ・ ドラッティですよ」

「ほう、あの彼がですか?良く見つけましたね」

「そう、皆不思議がっていましたよ。何故彼がこんな優秀なDEATH GODを見付けられたのかって」

「そういえばこんな事も言ってましたな。間もなく俺の後を託す者が出来るってね」

「随分前から目を付けていたのかもしれませんね」

「私でも後を託したくなるくらいですからね」

 それを聞いていたヨハネスは

「そんなに後を託したいなら、早く優秀な奴を探して来い!」


 その声に驚き、訓練官たちは声には出さなかったが、慌ててその場を後にした。

「全く、訓練者も訓練者じゃが、訓練官も訓練官じゃ、けしからん。

 儂もその時期が来たのかもしれんのお」


 ヨハネスは、自分の役目がもうそろそろ終わりを迎えているのではないかと、自分に問い掛けていた。


「それが事実なら、あいつを仕込んでみるかの。私がアンセルムス様から仕込んでもらったように。

 まだ、少し早い気もするが、期待に応えてくれるかもしれんしな」


 ブルーノは、あの金縁眼鏡の男を思い出しては、出来る事は精一杯やろうと手を抜かずに、一つ一つ問題をクリアしていった。そして、暇を見付けては訓練場の傍に咲いているバラを眺めていた。


 ある日ブルーノはヨハネスに話しかけられた。

「お前の名は?」

「私の名はインノケン・・いえ、ブルーノです」 

「ブルーノか?」

「はい、そうです」

「お前は覚えが大層早いそうだな?」

「いえ、自分では良くわかりません。ただ、金縁眼鏡のあのDEATH GODの為にも、今自分に出来る事はしようと、一生懸命やっているだけです」

「うむ、それで良かろう。

 どうじゃ、儂が優秀なDEATH GODになれるように直接教えてやろうか?優秀なDEATH GODになれたら、家族も安心じゃろ、どうじゃな?返事は?」

「はい、お願い致します」


 その日から、ヨハネス直々の指導が始まった。指導はこうしろ、ああしろでは無く、全てに於いて自分で考えて行動するものであった。初めての事ではあったが、的確な指導と聡明な頭脳のお陰もあり、瞬く間に次々と極悪人を見つけ出していった。そして、多くの極悪人がブルーノに見付けられたときに、

 

「彼奴の薔薇の花を見た時、俺の中の何かが壊れた。今の生活を続ける事が嫌になってしまっていた。彼奴は誰なんだ?」


 わずかな期間に、ずば抜けた成果を収めていったブルーノの噂は、瞬く間に広まっていき、訓練者の中には、ブルーノを崇拝する者まで出て、羨望の的になっていた。訓練官達からも一目置かれるようになり、次第に時の人と脚光を浴び、極悪人を見付ける際に、必ず薔薇の花を見せる事から、いつの間にか薔薇の貴族と呼ばれるようになっていった。


 そして数年が過ぎ、ブルーノは史上最高のDEATH GODとして、世界中にその名を轟かせていた。


 ヨハネスとブルーノの関係は、相変わらず師匠と弟子、の関係ではあったが、もはや、師匠が弟子に教える事は何一つ残ってはいなかった。師匠と弟子から、大切な友人、そして父と子、となっていった。


「なあブルーノ、お前は十分に成長した。お前に教える事は、もう何一つ残ってはいない。儂の役目も終わりを迎えたようだ。最後に一つ頼みを聞いてほしいのだが、良いかな?」

「貴方の望む事なら、何なりとお申し付けください」

「そんなに畏まるな!お前にとっては大した事ではないはずだ。それはな、この訓練場の統轄責任者になって欲しいのだ。今すぐでなくても良いから、儂の後を託したいのだ」

「分かりました、そうおっしゃるなら喜んでお受け致します」

「そうかそうか、引き受けてくれるか、これで儂も安心した。良かった良かった。この続きはまた後日話そう」


 ヨハネスはこの訓練場を託す者が出来た事に大いに満足していた。しかも自分が最後に教え込んだ優秀な弟子だったからだ。


 そんな大喜びするヨハネスを見ながら、今の会話を思い出していた。そして、儂の後を託したいのだ、その言葉を思い浮かべた時、急にあのローブを引き継いだ、金縁眼鏡の男を思い出していた。そしてあの男と会話した内容が、脳裏に蘇ってきた。(後を託した後俺は消滅する)その言葉が浮かんだ瞬間、ヨハネスもまた、消滅してしまうのか?そんなことは嫌だ、父を慕うかのような気持が溢れ出していた。


 インノケンティウス家の嫡男に生まれ、王位継承の為の帝王学の学びに、多くの時間を割いた結果、父と子の触れ合いは無きに等しかった。

 ヨハネスが消滅する、そう思った瞬間ブルーノは駆け出していた。そして、真っ青な顔をしながら、ヨハネスに訊いた。


「ヨハネス、貴方も消滅してしまうのでしょうか?」

「うむっ、その話は誰から聞いた?」

「オーチャリ・ドラッティです」

「そうか、安心しろ、儂はまだまだ消えんよ。それに、この話には色々あってな、続きは明日でも良いかな?お前にもきちんと説明しておかなければならない事なんだ。お前もびっくりする事かもしれん。もしかすると、腰を抜かす事になるかもしれんわ。わっはっは、わっはっは」

 ヨハネスを観ている時、ブルーノは何か?違和感を覚えていた。


 何かがおかしい。ヨハネスの不自然な程の上機嫌な顔、そして、ローブを託した金縁眼鏡の男、オーチャリ・ドラッティの最後に見せた顔。これで俺は消滅すると言いながら、悲しそうな顔ではなく、何か嬉しそうに見えたのはなぜなのだろう?そして、お前が信頼を寄せるDEATH GODが出来たら、そいつに聞いてみれば案外面白い事を訊けるかもしれない、そんなことを言っていた。何かそこに秘密が隠されているように思えてならなかった。


 ヨハネスから、話は明日にでもと言われてはいたが、忙しさの余り中々話を聞く機会を得る事が出来なかった。


 ブルーノは、ヨハネスの顔と、謎のような話、そして、オーチャリの何故か嬉しそうな顔と何かを暗示したかのような話を、それぞれ交互に頭に描きながら、考えを巡らせていたが、その答えは、容易に出て来る事はなかった。


 そんな時、一筋の閃光と共にある答えが浮かび上がってきた。その答えとは?しかしすぐその後に、まさかそんなはずはない?という言葉が打ち消していた。そんな馬鹿な事があるはずはない、オーチャリは一瞬にして消えてしまったのではないか!そう思ってはいたが、これだ、という答えとそんなはずはないという答えが、頭の中をぐるぐるといつまでも駆け巡っていた。

 あの金縁眼鏡の男オーチャリと会った時も何かおかしかった。散々脅された後、他のDEATH GODが来たという事。本当に来ていたのだろうか?愚図愚図している時間はないぞ、直ぐに返事をしろと言われたが、その前には随分長い話をしていた。あれは、返事をさせる為だったのだろうか?疑心暗鬼にも似た思いが沸々と沸き起こっていた。

考えが纏まらぬ中、オーチャリが言った、いつか、お前が信頼を寄せるDEATH GODが出来たら、そいつに訊いてみれば案外面白い事を訊けるかもしれないな。その言葉が、お前にこの意味が分るかと、 問いかけているようだった。



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