Samhain②

祝祭であるサウィン祭は今日、十月三十一日から、十一月一日までの二日間盛大に開催される。

祝日として仕事を休み、ごちそうを囲んで家族と一緒に新しい年を迎える習わしだ。

俺も昨年までは養父や義弟妹と一緒に、教会から分けてもらったバーンブラックで占ったり。

なのだが__


「今日も薬学室は通常運転、ですか」


誰も里帰りせず、薬草を採取したり、生薬を作ったり、調薬したりと通常業務をこなしていた。

俺はというと、(有事を除いて)一年は帰省しないよう養父じいさんから言い付けられているので、今日も書類整理と生薬づくりをしていた。


「まあ、薬学室ウチ世帯持ちいないしな。例年いつもこんな感じだ」


「ラウルさんは帰らないんですか?」


「ああ。少し遠いしな」


「あれ」そこでふと何かに気づいた様子を見せたベルさんが「でも妖精と人間の間で生まれたって事はご両親がいるのは妖精界だったりするんですか?」とラウルさんに尋ねた。


「いいや。妖精と人間が結婚したとして妖精界に行くことは無い。親父も母さんも健在だ。それに、ベルテインとサウィンこういう日は魔力が溢れて調薬が捗るから、依頼を消化しておきたい」


俺は魔法の使えない魔力無しリジェクターだが、ラウルさんの言う事は漠然と肌で感じていた。いつもより空気が澄んでいる、とでもいうのだろうか。


「それよか、僕はお前のが気になるんだが」


「え?」


何を指摘されたのか、一瞬理解できず首を傾げた俺の頭頂部には香箱座りのブラウニーうさぎ。パーカーのフードにはマンドレイク。そして肩からうなじにかけてのしかかっているのは”サラマンダー”と呼ばれる全長三十センチくらいの赤いトカゲ。

ラウルさんとベルさんが「重くないのか?」と俺を心配する素振りを見せるが、不思議な事にもそれらの存在を触覚で知覚していても重みはほとんど感じない。


「そのサラマンダー、動物園から脱走したやつ__じゃなくて野良か?」


研究所の敷地内にある植物園の温室が地上にあるのに反して、学者らが魔法動物を保護飼育している動物園はその地下にある。

俺が薬学室事務員として常駐するようになった時に一度だけ案内がてら足を踏み入れたことがあった。

魔法石によって施されたいくつもの環境整備が収容された植物園も相当だったが、動物園は更に広大で、地下だというのに太陽が照り付けていたり、草原地帯があったり、海が波打っていたりする中で自由奔放に暮らしている魔法動物たちの様は小さな国家を眺めている気分だったものだ。

その動物園の中には俺の肩に乗っているようなサラマンダーも飼育されているが、コイツには、動物園の魔法動物一匹一匹に括りつけられている番号の書いたタグが無い。


「職員寮の廊下にいて、なんか気づいたらひっつかれてて」


「お前、もうちょっと警戒とかしたらどうだ・・・」


ラウルさんの言い分はもっともだが、現時点では杞憂であるかのようにサラマンダーは俺の肩ですっかりくつろいでいた。


「マンドレイクといいブラウニーといい、聞いていた通りアシルは”祝福”を受けているんだな」


「”祝福”?」ベルさんの口から出た聞きなれぬ単語に俺はまた首をかしげる。


「妖精からの贈り物の事よ」俺たちの話を聞いていたマリアさんが整理し終わった書類を纏めながら言った。


この国に言い伝えられる噺の一つ。

かつてのフィンディラの国王と王妃の間に授かった娘が誕生した日。国王と王妃は国に住まう七人の妖精を祝宴に招待したのだが、国にはあと一人妖精がいた。

そして当日、六人の妖精が姫に贈り物をしたところで八人目の妖精が現れた。彼女は祝宴に招かれなかったことに腹を立てて、姫に死の呪いをかけた。

そこで、まだ贈り物をしていなかった七人目の妖精が呪いの力を弱めた。


「他にも妖精が人間に贈る言い伝えはいくつもある。その贈り物が良いモノであれば”祝福”。悪いモノであれば”呪い”。それが転じて、妖精から好かれやすい人間を『祝福を受けている』って言ったりするのよ」


「へぇ。・・・でも俺じゃ、宝の持ち腐れですね」


魔法使いは妖精の力を借りる場面が多いのだそう。使い魔ファミリアがその一例だ。魔法使いであれば、その祝福は最大限のアドバンテージとなる。


「そうでもないだろう」


しかしそんな卑屈をラウルさんが、励ましでも慰めでもなく事実を述べるように否定した。


「妖精の助けはこの上ない加護だ。そこに魔法使いであるか否かは関係ない」


「俺も同意だ。魔法が使えないからこそ、祝福それはお前にとっての武器になるんじゃないか?」と続けざまにベルさんもフォローを入れる。


「俺の武器・・・」


すると、その時薬学室の扉が開放。

「ただいま戻りましたー」


帰還の報告と共に薬学室へ入室したのは仕事を済ませて来たノエルさんと、同じくして戻ってきたミシア。何かが不満だったのかしかめっ面をしている彼女は足早に、自身の領域テリトリーである仮眠室へ。


「マリアさん、コレ騎士団から預かってきた書類です」


「ありがとう、ご苦労様」


「で、今度は何があったんだ、ノエル」ミシアが完全に姿を消したのを見計らったラウルさんが呆れながら問うた。


サウィンでは妖精の訪れや魔力の増幅といった恩恵を受けられる反面、深夜には悪霊や魔獣の活性化などの厄難もある。そこで、収穫祭と同時に開かれるのは騎士団と”ギルド”による”ワイルドハント”と呼ばれる大々的な魔獣狩りだ。

魔獣討伐の成功報酬が凶暴性に比例して跳ねあがり、高額な報奨金目当てに各地で夜の狩りが行われる。そして魔獣討伐には、魔力増強剤や回復薬といった魔法薬の携帯が必須。ワイルドハントでは特に。皆がここ最近忙しくしていたのはそれが理由だ。

ミシアとノエルはその魔法薬を届けに行ったというわけだ。おそらく、その往来でミシアが不機嫌となる要因があろうことは想像に難くない。


「あー、その・・・、”教団”の役人と遭遇しまして・・・」ノエルさんが言い淀みながら答えると、俺を除いだ皆はすべてを察したようで「あー・・・」と揃って声を上げた。


俺がソレに首をかしげていたところで、ミシアが仮眠室から姿を現し、まっすぐに素材保管庫に移動したと思えば一分と経たないうちに少し開いた扉の隙間から頭だけ出して「カルタは?」と特定の誰にでもなく聞く。

それに対してノエルは「何言ってんですか。サウィンなんだからいないでしょ」と答えた。


「あ」


ミシアが声を上げると同時に俺もふと気づく。

「そういえば、カルタさん見てないですね。あとジィルさん」


ジィルあいつはどうせどっかの嬢とでも一緒だろ」ほぼ投げやりの回答だった。もはやジィルさんの所在は彼らにとって気に掛けるものではないらしい。


「カルタは実家だな。っつっても休暇の帰省じゃねーんだけど__」

「ノエル、お腹空いた」俺の質問に答えようとしていたノエルさんにミシアがいつもの調子で割り入る。

「あー、ハイハイ」


二人のやり取りを耳にしたマリアさんが部屋の隅に設置された柱時計を見て「もうこんな時間か」と日が暮れ始めているのに気づいた。


「ノエルくん、ベルくん。お願いできる?」

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