似たもの師弟⑩

数日後、薬学室の元へリューセルの経過を報告する書が届けられた。

ベレンチュール子爵の全快まではまだ数ヵ月かかるだろうが症状が安定したことと、体調不良に見舞われた町民は薬が効いたのか回復したと書かれていた。


「一先ず落ち着いたようで良かったですね」


薬学室からは定期的に効能の薄い抗不安薬を届けることにはなっているが、報告書をマリア伝手にサリザド研究所の所長へ提出してこの一件は完了クローズとなる。


「そうだな。報告書は書けた?」


「あー、・・・一応書けましたけど」


「『けど』?」


言い淀むノエルには手元の報告書に書かなかった気がかりがあった。


「今回亡くなってしまった粉ひきのことなんですけど、・・・あれ、ですよね?」


「__と、言うと?」


「そうくるか・・・」


反応を窺うようにおずおずと言い始めたノエルだが、ミシアが気がついているであろうことは前提だった。案の定、返答からして間違いなさそうだがまさかこちらに説明を求めてこようとは。


「最初は、俺は原因が呪いなんじゃないかって思ってたんで。人を死に追いやる程の呪いなら数日経過しても多少は残っているはずの魔力痕を感じなかったのが変だと思ったんです。あと__」


「ん?」


「・・・勘で、なんとなく」


__学者が”勘”を当てにしちゃいけねーんだろうけど。

ノエルはそう考えて口に出すのを少し渋ったがまるで杞憂だったのであろう、ミシアは「勘で物事を判断するのはいただけないかもしれないが、”違和感”は判断材料にした方がいい」と頬を緩ませた。


「確信が持てたのは”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”が原因だと明らかになってからっすね。それが死因だとしたら辻褄が合わない」


町民が”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”を口にしたのは収穫祭の一度きり。その一度で”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”に含まれる毒性を致死量ほど摂取しなければ死に至ることは無いだろう。だが、彼が亡くなったのは収穫祭から数日経過していることからその可能性はほぼ無い。


「つまりは死因が別にあるってことじゃないですか?もしかして、って__」


「うん、当たりだ。アシルに持たせたカラスは視界を共有してご遺体に詳しい奴に視てもらってたんだ。なんせは極度の出不精」


「人の事言えないでしょ」


「・・・まあ、そんなわけで彼が言うには、あれはだそうだ」


「たさ・・・!?ま、まじですか・・・」

ノエルが予想していたのは”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”が死因ではない、というところまで。真の死因までは多少予測したくらいで断定できていなかったが、まさか殺人だとは。


「外傷が無いから毒殺とかそういったところだろう。ボクも呪いの類は感じなかったし」


「殺人だとして、・・・じゃあ犯人は?このタイミングで亡くなったのは__」そこまで言いかけてノエルの思考に、ふっ、と過る。「まさか、カモフラージュ・・・?」それに「そう考えるのが妥当だろう」ミシアも同意する。


そして彼女は驚くことに「犯人は、粉ひきと仲がいいっていう妊婦が有力だな」と続けた。ミシア自身は表情も変えず淡々と。


「あ・・・、あんた、そこまで分かってんのか・・・?」


「憶測だ。これからボクが言うこともね」

ミシアは前置きをしてから自身の推理について話し始める。


「初日帰る前に、実際に夫婦めおとと話したんだが、彼女は夫との間に授かった子は三か月目だと言っていた。けど、ボクが見る限り、個体差はあれどもっと経過していると思ったんだ。だから少しカマをかけて尋ねたところ、嘘をついていそうだってのがボクの感想。・・・彼女が授かったのは夫ではない別の男__粉ひきとの子なんじゃないのか?」


「はっ!?なんすかそれ!?」


「まあ、とりあえず聞いてくれ。で、それが夫にバレるのを恐れて苦にして計画的か突発的か、男を殺してしまった。・・・ってのがボクの予想だ」


「・・・そんな理由で、人殺したりします・・・?」


「するときはするだろう。動機なんて当事者以外には理解できないものだよ。・・・それに、女はしたたかで狡猾な生き物だからな」


突如として町が呪いだか病だか原因不明の厄災に見舞われ、隠蔽してしまうには好都合だと思い付いたのかもしれない。しかし更に恐るべきはそれで実行してしまう行動力だろう。


「それ、キーファさんとかには言ったんですか?」


「言ってない。重ねて言うがこれはボクの憶測__妄想だ。証拠も見つからないし確証もない」


「・・・これは買い被りじゃないんですけど、師匠せんせいがそう思っているんなら、案外本当にその通りかもしれないですよ。あんた自身も確証はなくても実は確信はしてたりするんじゃないですか?」


「・・・・・・」ミシアは否定しなかった。彼女の沈黙は肯定の意と同義である。


「・・・たとえばそうだとしてもどうもしないさ。真実がどうであれ、数ヵ月後には父と母と子の幸せな家庭が出来上がるんだ。それをわざわざぶち壊すようなことはいくらボクだってしないさ」


『いくら空気の読めない自分でもそれはしない』ミシアはそう言っていたが、今回ばかりは『彼女ミシアだからこそ黙認という選択になったのだろう』。ノエルはそう思った。

きっと入念に調査すれば証拠の一つは浮かび上がってくるかもしれない。殺人の罰則に例外なんて作ってしまえばその罪は軽薄になる。殺人の黙認はすべきではないだろう。

しかし、現時点では手元に確証はない。ミシアがそれで何もしない選択をするならばノエルもそれに従うだけである。


「__あ?二人揃ってこっちにいたのかよ」


ふと、ミシアとノエルのいる仮眠室の扉が開かれ、顔だけ覗き込ませたジィルは二人の姿を発見するや眉間にしわを寄せた。


「嫌そうな顔だね。悪いが昼寝なら他をあたってくれ」


「ちげーよ、てめぇらを探してたんだよ。『捕まえた』ってよ」


「主語を言ってくださいよ」


「へー、思ったより早かったね」


「なんで通じてるんだ・・・。同類だからですか?」


「”族”じゃなくて”類”と来たか・・・」


ジィルから伝えられたのは騎士団からの言伝でメフェラム男爵を唆した男と所属する犯罪組織を捕獲したとのことだ。


「単独にしては随分と計画的だと思ってましたけど、組織で企んでたんすね。捕まったんならよかった」


「でも、どーせいたちごっこだろ、こんなん」

扉のへりに背中を預けて両腕を組んだジィルが珍しく、本当に珍しく仕事の会話に入ってきたのでノエルは呆気にとられながら「・・・どーゆーことですか?」と首を傾げた。


「嗜癖性を悪用した金稼ぎビジネスは今回に限らないってことだよ」

問われようとも説明する気はないのかこちらを一切見ようとしないジィルの代わりにミシアが師匠らしく解説する。


「今回捕まったってのもトカゲのしっぽ切りでもっと上がいるのかもしれないし、同じような犯罪シンジケートが既に出来上がっているのかもしれない。もともと悪用しようって言う奴等だしな。違反になったところで隠れて商売するだけ。そういう意味では”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”は。無害な”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”自体は規制されてないわけだから」


例の”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”は禁止指定魔法薬として調薬を禁止されたが世間に既に出回っている黄金の蜂蜜酒との見分けはほぼ不可能だ。


「お前ならわかんじゃねーの」


「さすがに無理。黄金でない蜂蜜酒との区別ならできるが」


「じゃあ、あの”黄金の蜂蜜酒ハニーミード”を規制したのは悪手だったってことですか?」


「しないならしないで被害者は増え続ける一方だから、これはこれで正解だと思うけどね。__で、君がやけに関心ありそうなのはなんでだ?」


「別に。騎士時代のときに似たような事件もんに出くわしたことがあるってだけだ。俺はそういう荒くれ事の対処が領分だったからな」


「へぇ、君からそういう話聞けるとは」


「・・・ジィルさんの口から騎士って単語が出るとは」


「こんの、クソ師弟が」

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